第3話 初めての破壊 無限の魔力を操る赤子

 あの悪徳貴族が帰った日の深夜、俺はこっそりベッドを抜け出して家のリビングにいた。


 家族が寝静まったのを確認し、小さな木箱に足を組んで座る。

右手には子供用のマグカップを持ち、窓から差し込む月光が、ゆったりコーヒーを飲む俺を照らす。


初めてのコーヒーは寝かしつけられる前に飲んだ母上のマンマミルクには遠く及ばない。しかし、赤子なので少し気を抜くと、すぐにうとうとして寝てしまう。ゆえにカフェインの力を借りる必要があった。


スーパーハードボイルドな赤ちゃんだ。


 あの胸糞悪い貴族をぎゃふんと言わせるためには、早々に化け物とやらを退治しなくてはならない。一日中、家の中で情報収集した結果、どうやらその化け物は街道沿いの山に住んでいるとのこと。


ソイツがいるせいで、物流が滞り住民が困っているようだ。

本当なら冒険者に倒して貰うのがセオリーみたいだけど、ここは辺境の地で凄腕の冒険者はいないらしく、依頼するには莫大な費用がかかるようだ。



 なら最強の俺がやるしかない。


俺は母上に迷惑をかけないように、飲み終わったコーヒーのマグカップを丁寧に洗い、キッチンに置いてあった料理包丁を手に取った。

月あかりにてらされ、綺麗に光る刃に、赤子の顔がうつる。


——今宵、俺は修羅になる。


 本当ならもっとカッコいい武器が欲しかったが、いまの体のサイズに合う武器はこれしかなかった。戦闘経験なんて一度もない俺は、試しに素振りしてみようと家の外にでた。


大量の魔力を流し込んだ料理包丁を両手で上段に構え、振り下ろす。

すると、遠くにあった巨大な岩石がスパンと小気味良い音をたてて真っ二つに割れた。


(まさか、初手から斬擊が飛ぶとは思わなかったぜ)


切れた岩石の近くまでより、切り口を確認する。

見事にブレ一つなく綺麗に切られている。


(これが無限魔力の威力か。これならどんな化け物でも倒せそうだ)


技術も、努力も必要ない。

ただ魔力で武器と体を強化して、適当に剣をふるだけで、神速の斬擊が生み出される。


ガハハハハ圧倒的な力だ。

俺は自分の実力を確認できたので、急いで家に戻り、冒険の準備をすませた。

化け物討伐クエストは、朝母上が起こしに来るまでに終わらせる必要がある。


 俺はベッドから、普段眠るときに使っている漆黒のタオルケットをマントように羽織り、宣言する。


ばぶぶ、ばぶば今宵、闇にばぶぶぶ紛れてばぶぶばぶ悪を断つ


 そして俺は部屋の窓から飛び降りて、目的地へと向かった。




■■■■■■■■■■■■■■



 街道沿いの小高い崖の上にソイツはいた。

巨大な赤い体に、赤い翼。口元には鋭く太い牙をちらつかせている。

俺が歩いて近づくと、ソイツは恐ろしい眼光で睨み付けてきた。


(ハッハッハ、これは珍妙な客よ、まさか人間の赤子がくるとはな)


 どうやらテレパシーのようなもので直接脳内に話しかけているようだ。

ふっ、ならば俺も最強を名乗る者として、やり返してやろう。

俺はすぐさまその技術をコピーして言い返す。


(こうべを下げ、許しを乞え畜生ちくしょうよ。俺はお前より遥か高みに座する者ぞ)


(クハーッハッハ! 驚いたぞ、まさか赤子が能力を真似るとは! だが聞き捨てならんな、我がお前に劣る? この星竜族の末裔であるレッドドラゴンの我がか!?)


そう言って、威嚇するように翼を広げたドラゴンは口から炎のブレスを俺に向かって吐いてきた。


────が、俺は反応せずにその場から動かなかった。


いや、動く必要がなかったのさ。一瞬で殺気とブレスの軌道を読み取り、ドラゴンに当てる気がないと判断した。


(クハハハ、怖じ気づいて動くことも出来ないか?)


(そう思うなら、そこがお前の限界だ)


(ふん、この減らず口がぁぁっ)


頭に血がまわったドラゴンが怒って、尻尾を振り回して攻撃してきたので、俺は四分の一歩うしろにさがった。


ビュンっと、尻尾が起した風圧が、僅かに生えている俺の頭のうぶ毛をふさぁと揺らす。


(むっ、間合いを見誤ったか、だが今度こそ終わりだ!)


しつこく同じ攻撃を繰り返してくるが、何度やっても無駄だ。俺はスレスレで避けて、その度に頭のうぶ毛が揺れるだけ。


(き、貴様っ、一体何者だっ! ただの赤子じゃないな?)


(言っただろ、お前の遥か高みに座する者だと)


(ふざけるなぁ、認めてなるものか我はドラゴンだぞ!)



ドラゴンが怒り狂い、鋭い爪で俺を切り裂こうとしてきた。

俺は実力の差を教えてやるために、あえて目をつむり両手に持つ包丁を一閃させた。

結果は火を見るよりも明らかだった。


俺の命を奪おうとしたドラゴンの鋭い爪は、ことごとく切り落とされて地面に転がる。


(ばば馬鹿なっ!? 一切見えなかったぞ!?)


(当然だ。俺の剣は天の剣。この世の理から外れているのさ)


なんたって無限の魔力をもっているからな。扱えきれてるとは到底言えないけど、力任せの一振で理不尽級の威力を発揮する。


(そ、そんな剣術、今まで戦った人間でも見たことがない!)


(ふっ、この剣術を編み出したのはこの俺自身だからな)


その言葉に目を開き驚いた様子のドラゴンは、俺から距離を置こうとして空に浮かぶ。


(な、なんと恐ろしい赤子じゃ!! その齢で自らの流派をつくるとは)


まぁ、間違ってないけどスペックのごり押しで適当に振っているだけなんだよなぁ。


(面白いっ、全力で戦いたくなった。我も最終奥義でお前に挑むとしよう)


(望むところだ)


(最後に、お前の剣術の流派を教えてくれないか?)


流派、流派かぁー、考えてもいなかった。

んー、無限魔力ありきの剣術だから、それにあやかって……


(無限一刀流だ、いずれ世界はこの剣を知ることになるだろう)


(ふふふ。無限一刀流か、その名前我が生涯に刻んでおこう。いくぞ、人間の赤子よ!!)


ドラゴンが吠えると、全身に高温の炎が包まれて周囲に熱波を放つ。

周囲の土が溶け始め、草木は一瞬にして枯れ、灰となった。

そのまま捨て身で突撃してくるつもりか。なるほど、良い攻撃だ。最終奥義というにふさわしい。


ならば、こちらも無限流、最終奥義でむかえうとう。

俺は左足を半歩下げて包丁を横に構える。居合いの姿勢だ。


そして、即席で魔法と剣による複合技を完成させる。無限流は最強剣術。負けは許されない。


魔力を解放すると、巨大な魔法陣が展開される。


精神を研ぎ澄ませ、目を瞑ると、自然と呪文の詠唱が脳内に湧き上がってくる。これも、転生時に流れてきた知識の一部のようだ。 


詠唱のため限界まで声に魔力をのせると、声は赤ちゃん言葉から、透きとおる青年の美声へと切り替わり、魔力の渦が体を包み込んだ。


「集え魔力、廻れ螺旋よ、星が天を穿ち、叫ぶ血潮で体を濡らせ。我、破壊の使徒となりて、全てを薙ぎ払う、最終奥義、無限一刀!」


俺が剣をふると膨大なエネルギーがあたりに拡がった。


それは力の奔流。


目視できるまでになった濃密な漆黒の魔力が解き放たれ、衝撃波を起こす。

その威力に周囲の空気が押しだされて真空空間が形成された。

それだけでドラゴンの魔力を打ち消して、全身を覆っていた炎のベールが剥がされる。


飛翔する斬撃が、無防備な姿になったドラゴンの胴体を通過し、遥か上空で爆発して形をかえた。


爆発により空から雲が消え失せ、閃光で夜のとばりすらも消し去る。

上空に残った魔力残滓が、眩しい光を輝かせ巨大な星となった。


―――圧倒的な破壊力


―――生命の冒涜


―――それは生きとし生けるものへ、俺からおくるアンチテーゼ


形あるものは無となり、無限の彼方へ消えてゆく。

全てが過ぎ去ると、目の前には倒れたドラゴンの半身が転がっていた。

まだ息があるようで、苦しそうに話かけてくる。


(見事だ・・・我が生涯最高の敵に会えたことに礼をいう)


「かまわん。誇り高きドラゴンを殺した者の名はルーク・ベルモント。最強の存在だ。その胸にしかと刻め」


(ふははは、ああもちろんだとも。死して地獄の地までその勇名をもっていこうぞ)


「勘違いするな。回復魔法はかけてやる。お前にはやってもらうことがあるからな」


(やることだと?)


「それは後で説明してやる」


その後、ドラゴンに回復魔法をかけてやり、俺とドラゴンの戦いは圧倒的蹂躙劇で終わりを迎えた。そして、俺は最大の目的を果たすために次の行動にうつるのだった。

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