[R]ove[R]etter

やしぬぎ もか

Out Of Place [R]eading Actor



「ジュン。あんた今日おかしくない?」


昼休み。教室で一緒にお昼ご飯を食べていたカナンちゃんが唐突に言ってきた。


「そう? そうかな。……そうかも」


なんていつもの調子で適当にはぐらかそうとするけど、カナンちゃんは訝しげに眉を寄せながらお弁当の卵焼きにお箸を突き刺した。


「やっぱりおかしい。朝からずっとぼけ~って……いや、ジュンはいつもそうだけど。今日は本当にうわの空」

「う~ん。ボクそんなにぼけぼけしてるかな?」

「自覚が無いところがまた」


幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしている、いわゆる幼なじみの彼女にはどうやら解るらしい。でも、幼なじみだからといって、下駄箱にラブレターが入っていた事を打ち明ける訳にはいかない。墓場まで持っていく覚悟すらある。

そんなボクの心を読んだかのように、カナンちゃんは卵焼きを頬張ると言葉を続けた。


「何? 隠し事?」


君みたいな感のいいガキは嫌いだよ。


「まさかまさかの平将門の乱」

「935年……じゃなくて!」


自慢のハーフツインをぶんぶん振り回しながら怒るカナンちゃんを素直に「可愛い」と褒めると「うるさい」と叱られてしまった。


「なんや。また夫婦喧嘩かいな」


どこかのアニメで聞いたような台詞を口にしながら、カリヤ君が近付いて来てボクのメロンパンをひょい、とつまみ上げる。


「ジュン。これ貰って良い?」

「良いけど。もしかしてご飯忘れた?」

「そーなん。食堂行こうにもお金無くて、しかもだーれもなーんにも奢ってくれなくてさ。こうして物乞いして回ってる」


それを聞いてカナンちゃんは鼻で笑うと、カリヤ君の手からメロンパンを奪取する。


「自業自得。これはジュンの物」

「あ、こら! ジュンがくれるって言ったんだからオレのだろ」

「バスケ部エースと帰宅部エースじゃ、昼ご飯の価値が変わってくるの。解る?」

「ふーん。じゃあ、美術部エースは運動しないから飯要らないな」


言うが早いか、帰宅部エースは美術部エースの唐揚げをつまみ食い。


ご馳走様ほひほうはま

「ちょっと! ワタシの唐揚げ!」

「ど~ど~。それはカリヤ君に渡して? ありがとう、カナンちゃん」

「……もう」


メロンパンを受け取ったカリヤ君は「サンクス」と托鉢たくはつに行ってしまう。カナンちゃんは釈然としない様にボクを見つめた後、大きな溜息を吐き出した。


「あのね、ジュン。優し過ぎるって良いことじゃないんだよ? そんな感じだから……。ごめん。忘れて」

「大丈夫。ボクは大丈夫だから」

「……あんなテキトーなヤツ相手にしたらダメだよ?」


『そんな感じだから』。

イジメられる、か。

小学校の頃、名前イジりをされていて、ボクはイジってくる子達と一緒になってただ笑っていた。それをイジメだと思ったことも無かった。むしろ自分からイジられにいった。その方が平和だったから。

でもカナンちゃんはそれを許さなかった。

今でも覚えている。

休憩時間中、いつも通りボクがイジられている時、急に椅子を投げつけて窓を粉々にした。静まり返った教室中にカナンちゃんの吐き出す様な呟きが響いた。

「ジュンをイジメるな」。

それからボクへのイジりは無くなった。けれど、ボクは……。


「――ジュン? またボーッとしてる」

「うん? うん。ごめん、ボーッとしてた」

「悩み事なら相談してよ?」

「成績が上がりません」

「頑張りなさい」


一蹴されてしまった。



**



『放課後 第3校舎裏で待ってます』

器用に封筒型に折られた罫線けいせんノート紙のラブレターには明らかに女の子であろう丸っこい字でそう書かれていた。差出人の名前もないし、ラブレターなのかも解らないけれど、だからこそ確かめないといけない。

でもラブレターなんて時代錯誤もいい所だよなぁ。今時スマホもあるっていうのに。

そんな事を考えながら放課後の廊下を第3校舎目指して歩く。


「あれ、ジュン。部活は?」


振り返るとカリヤ君がホウキをぶんぶん振り回しながら近付いて来た。当たると痛そうだからボクは1歩後退りする。


「部活は休み。カリヤ君こそ何してるの」

「遅刻スタンプカードのポイントが溜まったから、奉仕作業中~」

「あぁ……」


ホウキを器用にくるくる回すそれのどこが奉仕作業なのか気になったが、深くは考えないようにした。

その時、カリヤ君の手からホウキがすり抜ける。


「っやべ」


ホウキは宙を舞い、ボク目掛けて加速してきた。

しかしその刹那、部活で培われた動体視力と反射神経により。


「わたっ」


頭頂に直撃した。


「すまん。大丈夫かジュン?」

「大丈夫、……かな。そんなに痛くないから」

「本当にすまん」

「そんなにぺこぺこしなくても」


カリヤ君はホウキと一緒に何かの紙を拾い上げる。その紙が、いつの間にかボクが落としていたラブレターだと気付くのに数秒。それのたった1文を彼が読むのには、あまりにも充分過ぎる時間が経った頃だった。


「あぁあああああぁああぁぁあああ、っダメ!」

「うおっ、いきなり叫ぶなよ。ビックリするだろ」

「返して!」

「そんなに叫ばなくても返すよ。ほら」


差し出されたラブレターを半ばひったくるように受け取ると、ボクはカリヤ君を睨みつける。


「……読んだ? ……読んだよね」

「ん。まぁ。読んだ、と言うより、読んでしまった、と言うか」

「……はぁぁ」


溜息と同時に肩を落とす。

墓場まで持っていくつもりだったのに、迂闊だった。これじゃ元も子もない。

カリヤ君は少し考える素振りをしてから、ゆっくりと口を開いた。


「なぁ、聞いていいか?」

「……何?」

「それってラブレター、だよな」


ボクは黙った。知られてしまった以上、隠す必要も無いのだけれど、そもそもこれがラブレターだと断言はできないから。もしかしたらただのイタズラかもしれない。むしろ、イタズラであって欲しいなんて思っている自分もいる。


「ジュン宛……? いや逆か。そんな訳無いもんな」


「お盛んですねぇ」などとはやし立てる彼はどうやらボクが書いたラブレターだと勘違いしているらしい。


「って『そんな訳無い』ってどういう意味」

「『どういう意味』って、そういう意味だよ。ジュンが書いたようにしか見えない、って意味。でも、ジュンの字っぽくなかったような……」

「やっぱり、そうなのかなぁ。……そうなのかもね」

「?」


カリヤ君はボクの言葉にしばらく首を傾げていたが、理解するのを辞めたのか「じゃ、生活指導に怒られるから」と、ホウキを振り回しながら去っていった。



***



第3校舎裏の花壇にはヒマワリが咲き乱れていた。一心不乱に天を目指して伸びるその姿に釣られてボクも空を見上げた。茜色の空。白い雲。五月蝿うるさい蝉の大合唱。

夏だ。


「――先輩?」


不意に声を掛けられ、振り返るとそこには小柄な女の子が立っていた。


「良かった……来てくれたんですね」


安堵したように胸を撫で下ろす彼女が、どうやらラブレターの差出人らしい。透き通るような白い肌、夕日にきらめく長い黒髪。くりっ、とした瞳。まるでお人形さんみたいな子だった。


「えっと、はい。どうも、こんにちは」


思わず見とれてしまって狼狽うろたえてしまう。そんなボクを見て彼女は小さく笑った。その僅かな所作には上品な、目を離さずにはいられない優雅さが溢れていた。


「突然呼び出してしまってごめんなさい。ワタシ、1年A組のクルミヤ ミコと申します」


ぺこり、と頭を下げる彼女に釣られてボクも「ども」なんて言いながらお辞儀をする。


「ワタシ、ジュン先輩の部活動をふっ、とお見掛けする事があったのですが。そのお姿に感激……いえ、感動……? ごめんなさい。お話の準備はしていたのですが」

「あ、いえ。ゆっくりで。ええ。大丈夫ですよ。はい」


なんて間抜けな返事をしながら、ボクは彼女の一挙一動に釘付けになっていた。

……っていやいやいやいやいやいやいやいやいや!

「コホン」とクルミヤさんは咳払いを1つ。


「単刀直入に言いますね。――ワタシとお付き合い頂けませんか?」


返事は、決まっていた。


「えっと、気持ちは嬉しいんだけど、ごめんなさい」

「……周りの目なんて気にする必要無いですよ?」

「うん。そう、なんだけど。やっぱり世間一般的にはちょっと、ね。もちろんクルミヤさんの気持ちは有難いし、キミみたいに可愛い子に告白されたのは凄く嬉しいのだけれど」

「……ワタシってやっぱりおかしいのでしょうか」


そう言うとクルミヤさんは急に泣き出してしまった。

ボクは慌てて、どうしようかと考えあぐねた結果、彼女の隣に寄り添う事にした。


「解るよ。『男だから』、『女だから』って二元化されるのは嫌だよね。……ボクもそうだった。

でも、おかしい事なんか、無い。クルミヤさんが感じたその全てが、クルミヤさんにとっての正解だから」


小さい頃の、ボクを嘲る声が蝉の鳴き声に混じって聴こえてくる。純心無垢、故の心無い声。

『女なのに』。

ボクはかぶりを振ってそれをかき消した。

クルミヤさんには同じ様な思いをしないで欲しい。

だからこそ、ボクはここに来たのだから。


「……ありがとう、ございます」


嗚咽混じりにそう言うと、彼女は一層泣き出してしまった。ボクはただ、隣に寄り添う。

――いい加減、この一人称も辞めないとなぁ。

2つのセーラー服の影がヒマワリと一緒に、茜色の斜陽に揺れていた。



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