第10話 記憶

 祈ること――

 祈りとは原始的な魔法。

 もし祈りが古代の神に届いたら、神が代わりに呪文を使うと言われている。



 裁判の会場は古い建物に移った。

 歴史ある古びた壁面に、薄暗い照明がともされ、演芸ホールのような舞台を中心に、多くの座席が設置されていた。舞台には棺桶のような装置に長い管がって、巨大なホログラム投影機がある。これが記憶詮索魔法装置。棺桶のような装置に入った人の脳、海馬にアクセスし記憶を抽出し、ホログラム投影機を通して、その人物の記憶を表示することができる。

 歴史の教科書には記憶を覗く魔法を作った魔法使いが、自身が死んでも動くようにと、呪文を魔法札に変えて装置の中に埋め込んだとあった。今やこの魔法装置さえあれば誰もが操作できる魔法なのだ。


 私は頭にヘッドセットを取り付けられ、棺桶のような台に入れられた。人生は記憶詮索魔法装置に握られた。私は祈ることしかできなかった。


「では、準備はいいですか」

 トレントが装置の前に立って、それは舞台挨拶のようだった。

「これからアンヌ・ャ・ベネットさんの記憶を覗き、彼女が異世界転生者であったことを証明いたします」

 会場には裁判官たち、検察官と公選弁護人と、その他多くの聴衆が詰めかけていた。

 準備が整うと、助手のクーリエが装置の魔法が発動させて、私の意識が飛んだ――。


〇  〇  〇


 ――私の意識に関係なく記憶が再生させられる。


 最初に現れたのは、国道に面した実家のベーカリー看板。大きなロールパンのモニュメントを魔法の雑巾でこすっている私の記憶だった。雑巾がけが終った部分がピカピカと輝いている。


 ――記憶はブラックアウトして、また次の記憶に切り替わる。


 今度は子供の私だった。実家のパンを食べている。パイ生地でチョコを挟んだパンを食べながら、席を立ってうろうろしている。

「おいし~」

 パンを嚙むごとに、パイ生地のカスが床に散らばる。それを見たお母さんが、あーあー何やってるのと、私を持ち上げて椅子に座らせる。


 ――また記憶はブラックアウトする。


 次も子供の私だった。お父さんの横で小さなパン生地をこねている。パン生地を粘土のようにして遊んでいる。

「できた~」

 パン生地でいびつなニコニコマークを完成させていた。

「ははは、すごいぞ! アンヌの将来は凄腕のパン職人だ!」


〇  〇  〇


 私はパッ目が覚める。どうやら装置の調子が悪いようだった。


「原因は何だ?」

 トレントは苛立っているようだった。

「わかりません。手順通りにやってますが……。マニュアル通り再起動を掛けます」


 装置が光って、また私の意識が飛ぶ――。


〇  〇  〇


 ――また自分の意思に関係なく記憶が再生される。


 装置はまたしても転生後の私が子供のころの記憶を再生させた。

 冬景色の実家のベーカリーで、雪だるまを作っている私。


 ――しかし、すぐにテレビのチャンネルを変えるように、切り替えられていった。


 パンを食べる記憶。

 学校の記憶。

 友達と遊ぶ記憶。


 ――見たい番組が見つからないテレビのようだった。


〇  〇  〇


「(トレントさんダメです。ありません)」

 助手のクーリエは小声で話していた。


「代わりなさい」

 トレントが代わりに操作した。


〇  〇  〇


 ――映し出されたのは、夜遅くまで働くお母さんの姿だった


 帳簿を付けるお母さんとの横で、私はお札と硬貨を数えている。

「お母さんできたよ、これがお札が100枚、こっちが30枚、残りが7枚」

「ありがとう。よく出来ました~。経費や税金とか計算するからちょっと待ってね」

「けいひ? ぜいきん?」

「まだ難しいね~。でも残ったお金はアンヌのおこづかいになるのよ」

「やった~、いっぱいある~!」

「私はね、貧乏な家庭で苦労して育ったから、アンヌにはお金に困らず生きてほしいの。アンヌのためならお母さんはがんばっちゃうからね」


 ――両親との姿、楽しい思い出が映る。


「ほら、新作の菓子パンを作ったぞ~、アンヌも味見してくれ!」

あむっ、むんぐむんぐ、

「おいし~、お父さん美味しいこれ、もっと食べていい?」

「いいぞ、もっと食べろ」

「ちょっとあんまり食べ過ぎないでね。太っちゃうわよ」

「何言ってるんんだ母さん、若いんだから好きなだけ食べたらいいだろ! もしアンヌをデブ呼ばわりしてイジメるやつがいたら、父さんが懲らしめてやるから言いなさい。アンヌがどんなふうに育っても関係ない、永遠に父さんのかわいい娘だからな」


 ――その後も両親との思い出が映る。


 誕生日プレゼントをお母さんからもらうところ。学校の勉強する私に、お父さんが夜食を持ってきてくれたことろ。学校の卒業式のあと、家を飾り付けして小さなパーティーをした思い出。


 ――ベッドで寝かされる私にお母さんが言ったこと。


「アンヌ愛してる、また明日ね」


 魔法が映し出した記憶は家族の風景だけだった。この異世界の大切な思い出の数々。


〇  〇  〇


 裁判所は静かになって、傍聴席のほうからぼそぼそとしゃべる人々の雑音が聞こえていた。

「転生者じゃなかったの」

「ただのパン屋の娘じゃないか」

 検察官たちも自信を無くし、首をかしげていたをしていた。


 裁判官はガベルをダンッダンッと叩いて、裁判所を静まらせた。

「もういいでしょう。被告を装置から出してあげなさい」


 私はヘッドセットを外されて、棺桶の前に用意された椅子に座らされた。

 また、ざわついた会場を裁判官が制止させると、質問をされた。

「被告は何か言いたいことはありますか」

「……家に帰りたい」


 判決は無罪になった。

 証拠不十分。


 その場で私は釈放された。

 釈放手続きをすませ荷物を取り戻し、頭を抱えるトレントの横を通り抜けて、裁判所の外に踏み出した。

 記憶探査魔法の後遺症か、いつも以上に夕日が輝いて見えて眩しい。


 通りに出ると空飛ぶタクシーを呼び止めて飛び乗った。

 窓から見えるの異世界の大都会の景色は、夕日に照らされてキラキラとしている。ファンタジックな大きな建物が建ち並び、その周りを空飛ぶ車が飛び交う。そんな風景にタクシーから流れるBGMが重なった。それは冒険の終わりを示す物語のエンドロール。


 空港に到着した私は、ずっと買わずにいた実家へ帰るための飛空艇チケットを買った。

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