少女は春に咲こうと、

糸葱 糸目

プロローグ

春の宇宙

 5月5日子供の日。

 「春」に出会って間もない私。

 

 九州、私の生まれの地熊本から、私の育った東京に帰る。

 

 その日の朝は早かった。

 私は朝に弱いから、「起きたくない」と駄々を捏ねて出発が遅れる。

 勿論、スッピンじゃない。しかし、家族には本当に敵わない。まさか、こうなることも見越されているなんて。私は車に乗車してから、みんなの顔色を伺うように見て、不自然な程に黙った。

 

 早朝の空港は、思いのほか賑わっていた。私は「食べ納め」と言って、熊本ラーメンを汁まで食べ尽くす。

 頭の中は殺風景だ。ラーメンのコッテリと、朝の日差しが私を鈍らせてゆく。


 時間だ。

 

 私は、ボーディング・ブリッジから外を眺め、熊本に、いや、従姉妹に「さよなら」と言って、飛行機の機体の空いた扉の中へ入って行く。

 今日はいつもより良いグレードの席に座って、窓側の席で外を眺めた。

 7時35分飛行機は滑走路に着く。いよいよ飛び立つのだろう。

 

 私はいつも、空にたくさんの期待を込めて、飛行機に乗る。


『今日はどんな空に出会えるだろうか。』

 

 飛行機は、轟音を轟かせて、滑走路から空へ駆け上がって行く。


 街はどんどん遠ざかって行くけれど、雲は…空は、宇宙は私にどんどん迫ってくる。私は謎の浮遊感に襲われた。


 なんだろう、この感覚…


 気づいたら私は雲の上にまで来ていた。空は開けた。雲は、地面に落ちた雪のように地平線を描いている。空は、空じゃなくて宇宙に見えた。その宇宙は、青いんじゃなくて、碧かった。雲は、二次元から、三次元になって、二層にも、三層にも、縦長の世界に形成されていた。

 立体的なそれは、限りなく白いのに、どうしてこんなに3Dなのだろうか。

そんなことは、神様でも知らないのだろうか。

 雲は形を変えていく。風に乗って動いていく。


 私は地上を見下すように、小さな窓から曇った地面を見ながら、ゆっくり目を閉じ眠りについた。


 春を見つけた私の、初めての充実した帰宅はこんなものだろうか。そして、私の心を最後に綴っておこう。


 私は、上空12000mから思う。

『1秒1秒、同じ雲はないように、1秒1秒同じ自分はいない。

 だから、鬱陶しい1秒間でも、幸福な1秒間でも、等しく大切にしていこう』と。


 私は変わった。

 きっとあの時…いや、もっと違う瞬間からだったかも知れない。しかし、確実に自分がいいと思える方に変わった。

 だからどうか、「春」を見つけるまでの私も肯定して欲しい。

 

 もう一度言う。私は変わった。

 これは、私が「春」を見つけるまでの物語である。

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