9 異なるもの

 しかし、根拠となる理屈がよく分からず、純也じゅんやが黙っていると、三つ目の唐揚げを取りながら紀美きみは続ける。


「神様も仏様も妖怪も妖精も幽霊も、全部が全部、生きた人でないもの、俗界のものでないもの、異界のもの、異域いいきのもの、つまるところ生ける人の埒外らちがい。その区分は、そこに付随ふずいする傾向と、僕ら人間がいだく感情のベクトル、そうした無意識の恣意性しいせいで切り取った異界の一部、と言ってもいいはずで、その根本的な本質は生ける人のものでない、その一点に尽きる」

「……結構、雑把ざっぱで乱暴なくくりじゃないですか、それ」

「それは、勿論もちろん。でも、鳥瞰図ちょうかんずと拡大図、両方そろえた方が、片手落ちより知識はあると言えるだろ?」


 ――全体像も詳細も、押さえられるなら押さえておくべきである。

 紀美きみがそう言わんとしているのを理解できないわけではないが、そういうものでいいのか、と思う自分もいる。


「ま、そこはポリシーの違い、とも言える。僕がこういう事に寛容なたちだからこそできる恐れ知らずの物言いだ、と言われれば、否定はできないしね」


 三つ目の唐揚げをたいらげて、紀美きみはしれっとそう言った。

 丁度店員がだし巻き卵を持ってきたのを、紀美きみの隣のロビンが受け取って、空いてるスペースに皿を置く。


「センセイに限らず日本人は割と寛容なヒト、多いとは思うけど……でも、善き隣人達good fellowsは多くの場合、土着信仰の中の上位存在がキリスト教の影響で神と名乗れなくなった結果、みたいなもの。それに古語Old Englishだと、悪夢nightmareは妖精の病、ælfadl、ドイツ語の悪夢alptraumもスウェーデン語の悪夢mardrömも、直訳ならだから、ヨーロッパで妖精が夢に現れるのはそうおかしくない。だから今回はそうとした方が辻褄つじつまが合う」


 そのまま自分の分のだし巻き卵を確保して、ロビンが続ける。


「イェイツはリャナン・シーLeannan-sidheを詩人の運命の女famme fatale、その才能をぎ澄ます代わりにとり殺すものとして取り上げたけど、リャナン・シーLeannan-sidheには死を告げるバン・シーBean-sidheついとなる生命の息吹をつかさど丘の人々daoine si、なんて説明が付けられることもあるから、元がspiritsでもなんら不思議はない」

「あー、バンシーというと泣き女とか言って有名だもんな……アレが有名になった初出ってなんだろうな? 英国児童文学ブーム?」


 ももの焼き鳥を持った直人なおとの言葉に、それは知らない、とにべもなく返しながらロビンは確保しただし巻き卵を口に運ぶ。


「その獲物の才能を引き出すとこから芸術の女神ミューズの側面がある、なんて言ったりもするわけだし、超常のものなので、夢を介して現れるのも不思議じゃない。のだけれど……高橋くん、肝心の夢自体はそんなに覚えてないんだっけ?」

「ええと……」


 紀美きみにそう問われて、単に思い出せないというよりは、女性関係がトラウマゆえ、その記憶を拒否しようとして思い出せない方が近い、と純也じゅんやは分析している。

 だから、たぶん思い出そうと思えば、思い出せるのではないか。


 そう思って、思い出そうとして、耳を怖気おぞけの走る笑い声がくすぐった。

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