2 辛味という味覚はない

 そんな男にちょいとつらを貸せのノリで連れ出されたので、体育会系のノリとか今まで御免ごめんこうむってきた純也じゅんやは引き気味に、けれど背に腹は代えられないので引きずられるように連れ出され、直人なおとの車に乗るよううながされた。


「外だと話しにくい事もあるだろ」


 まあ相手がこんなオジサンで申し訳ねえな、と付け足して豪放磊落ごうほうらいらくに笑う直人なおとを見て、気安いタイプのおじさんだとホッとした。


「一応、夢見が悪いとしか聞いてねえが、たぶん同じ夢でも繰り返し見てんだろ?」

「ええと、そう、ですね。その、よく覚えてないんですが、たぶん、そう、です」


 助手席に座って、すぐに発進させるわけでもないのに生真面目きまじめにシートベルトを締める純也じゅんやを面白そうに見ながら、直人なおとはふむ、と少し考えるような素振りを見せた。


「ところで、高橋くん、君、最近すごいみたいね。記事」

「いえ、僕なんてまだまだつたないです……ああでも、思えば最初のバズったのより少し前からですね、夢見が悪くなったの」

「これでつたないって言われたら、オジサン困るぞ、ってレベルだと思うんだがね」


 で、とそこで話を区切った直人なおとは、じっと純也じゅんやを見つめて言った。


「本当に覚えてないのか? それとも気後きおくれするような内容なのか? 俺の伝手つてに嘘はつくなよ、絶対にバレるし、心象が悪くなるからな。今の内に俺に吐いてくれりゃ、俺から言ってやってもいいし」

「……後者、です。俺、その、ロクな青春ていうもんを送った気がしなくて、その、潔癖、なのかなあって」


 中学ではクラス一のガリ勉の立ち位置、高校は私立の進学校、大学でほろ苦いを遥かに通り越した焦げ付いた砂糖に唐辛子――それもカロライナの死神キャロライナ・リーパー(百五十万スコヴィル値超え)をまぶしたような失恋。そして辿たどり着いた今である。

 純也じゅんやの心のそのあたりは、もう女性に対してぺんぺん草すら芽生えようもない不毛の土地と言っても過言ではなかった。


「お、おう。なんか、デリケートくさいな?」

「……女性の夢、ではあるんです。ただ、美人、なのはわかりますし、体つきも確かに好みだとは思うんですが、顔はよく覚えてません」

「あー、なんだ、その、端的に言って、猥雑わいざつなヤツ?」


 もうそう言われると純也じゅんやは両手で顔をおおうしかなく、その反応で全てを察したらしい直人なおとはちょっと待ってろ、と声をかけて車から降りた。

 耳をそばだてていると、どうやら電話をかけているらしく、顔をおおう手を離して後方を見ればまさしく電話をかける直人なおとの後ろ姿があった。

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