憑き物 4

「……犬だらけ」

「わかった」


 ぽつりと言ったロビンに小さく返す。

 確かに厄介事だし、いつきさんの憔悴しょうすい具合にも納得がいく。


ひろちゃん、今、大丈夫かな?」


 ふすまの外から、声をかける。

 さり、とたたみの上で身動みじろぐ音がして、少しして声が返ってきた。


「……はい、どうぞ」


 覇気はきのない、吐息混じりのか細い返事を受けて、ふすまに手をかけて開く。


「……葛城かつらぎさんと、そのお弟子さん、ですよね。おうわさは、かねがね」


 部屋の中央に座り込んだショートボブの少女――まだ中学生のひろが、疲れの隠しきれない顔に無理矢理に笑みを浮かべて、そう言って僕たちを迎えた。


「どうぞ、そのまま、またいで入ってください……入れるのなら」


 いつきさんよりも明らかに憔悴しょうすいしきったひろは、ほんの少しの、きっと自嘲のつもりのあざけりを声に乗せて言う。

 そのかげりのある顔は可愛いというよりは、つんとした美人という感じで、その短い髪と飾らないハイネックのシャツとデニムのズボンというボーイッシュな出で立ちも相まって、なんとなく『風姿花伝』の「時分じぶんの花」という言葉を思い出す。

 ぎゅっと、ロビンが僕の服の背中をつかんだ。

 ちらりと振り向けば、ロビンの目が彼女への心配を告げていた。


「……大丈夫、対策法はある。犬には違いないのだからね」


 両者に言い聞かせるようにそう言って、最後の標縄しめなわまたいで室内に入る。

 突き刺さる無数の視線、ぐるぐるとしたうなり声、よりキツくなった獣の匂い。

 平時には暗闇しか映さない左目が、警告のように痛みには満たない熱さを帯びる。


「センセイ」

「大丈夫だって、ほら、ロビンも早くおいで」


 そう声をかければ、おそらくはおびただしい量の犬が視界に入っているロビンは、おっかなびっくり標縄しめなわまたいだ。

 そのまま、居心地が悪そうにしつつも、僕の背後にぴったりくっついて、視線をくばっている。


 さて、と言ってひろに向き直ると、彼女は目を丸くして呆然としていた。


「あれ、どうかした?」

「……な、なんでそんな普通に入ってくるんですか?」


 問うてみれば、はっとしたようにまばたきをして、それから少し慌てたようにたずねてくる。


「だって、もう、十分おわかりでしょう? これが、わたしの犬神だって」

「それは、離れに入る前に分かって手を打ったからだよ? 犬神ったって、結局は犬と考えれば、犬避いぬよけのまじないがかない道理はない」


 はあ、とあきれと納得が八対二の比率で構成された声がひろの口かられた。

 まあ、界隈かいわいの異端児としてはそんな反応は慣れっこである。


あきらめた方がいいよ。センセイはいつもこうだから」


 ロビンがそう付け加えたものだから、ひろしばし沈黙して、それからため息をついた。


「……わかりました。少なくとも、抜け道はわたしや父より、大いにご存知ぞんじでしょう」


 絶妙にとげがあるのかないのか、といった言葉を選んでくる。

 まあ、この犬達がなければ、反抗期ではあるだろうな、年齢的に。


「じゃあ、立ったままもなんだし」


 そう言って彼女の前に正座する。

 後ろのロビンを見ると、なんとも言えない表情でしばし畳を見つめた後に、見つめていた場所に縮こまるようにして座った。

 見え過ぎるのも、こういう時ばかりは面倒である。


あらためて、ひろちゃん。噂はたぶん聞いてると思うけど、僕は葛城かつらぎ紀美きみ、そこの目つきの悪いおにーさんは弟子のロビン」

「……ロビン・イングラム。ロビンでかまわない。あとセンセイ、目つきが悪いは事実だけど、余計よけい


 長い足を折りたたんで器用に体育座りをした状態で、唇をとがらせてロビンが言う。

 そんな様をまぶしそうに目を細めて見たひろは、元の表情に戻ると小さく首をかしげた。


「父からは、どこまで聞いてますか」

「残念ながら、ロビンがいるならわかるだろうって言われてね」

「……そう、ですか」

「センセイ、わかって言ってるでしょ。あれ、タテマエってやつだよ」


 見るからにしょげてしまったひろを見て、ロビンが切り込むように言いはなった。

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