5 不審者が言うことにゃ3

祖霊それい信仰、ご先祖様をまつるって根底からすれば、そこに違いはあんまりないし、そもそもとして神域ってのは言葉のあやであって、より正確に言うなら異域とか異界だもん」

「何が違うの、それ」

「うん? 絶対的なアプリオリ前提か、相対的な二項対立かどうか?」


余りにも意味がわからなくておにーさんを見上げる。


「神域って言葉は前提として神様の存在ありき、なんだよ。だって神様がそこにいなければ神域を名乗れない。神社は神域を名乗れても、神社ではない霊場は神域になれない」


――でも、異界や異域は違う。

また、ちらりと、淡い茶の目の中に緑の光が揺らぐ。


「異界も異域も、常と異なる、つまりは異常な場ということ。この場合の常は、僕ら生きた人間の領域、里、つまりこの世のこと。それに対する異常は、の領域であること。『神様はである』という等式は常に成り立つけど、『は神様である』という等式が常に成り立つとは。神様はという集合の一部、という集合の方が上位の包含ほうがん関係だ。つまり、異界や異域という言葉の根底は、生ける人を基軸きじくとした、生ける人とそれ以外の二項対立における概念なんだ」


わかったような、わからないような。

ぽかんとしたままおにーさんを見上げていると、おにーさんは気不味きまずそうに視線をらした。


「……難しかったよね、知ってる。よく言われる」

「ええっと、異常震域いじょうしんいきって言葉みたいに、良くも悪くもない異常っていうのはわかったよ?」


神様もふくむというのなら、悪い意味での異常というわけではない、と判断をくだした上で晴人はるとはそう言った。

あくまで、「普通じゃない」だけの「異」という認識である。


「あー、うん、そうね。昨今使われる言葉で、あれほどニュートラルなニュアンスのある『異常』という言葉もなかなかない。何故か『異常』という言葉はマイナスなニュアンスとして使われがちだし、それで異常震域いじょうしんいきって言葉自体を誤解する人もいたりするけど」


それは置いといて、とおにーさんはちびりとお茶を飲んだ。


「日本においては神様とそうしたの境は割とあやふやだ。御霊ごりょう信仰しかり、ちはやぶるものならまつってもてなして、良いようにその有り余る力を使ってもらおう、という色が強いからね」

「んーと、日本人、割と調子乗ってるって理解でいいの?」


とりあえずわかった点だけを端的にまとめて聞くと、おにーさんはおかしそうにくすくすと笑った。

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