3 不審者が言うことにゃ1

「そんな恐山おそれざんにはイタコがいる。彼女達は死者の霊を呼び出し、自身の身体にその霊を宿らせて、そして語るのさ。それが口寄くちよせ。そして、イタコはあくまで恐山おそれざんあたりでの名称であって、そうした口寄くちよせを行う非公式な神職女性は、古くは定住も放浪も全国的に存在したんだ」


 また一口、おにーさんはお茶を飲む。

 不思議と晴人はるとは続きが気になっていた。


「特に東北に残るほとけおろしが顕著ではあるけれど、各地の葬送儀礼、つまりは人が死んだ際の行事において、葬儀から一定期間が経った節目に口寄くちよせをさせる行事が残っていた事が日本民俗学の祖、柳田國男の調査資料から読み取れる。そんな日本で、霊を呼び出す遊び自体が簡単に生まれると思う? たとえ動物霊だからと言ったって、狐なんて何もしなくても人にくとされたし」

「ええっと、そもそも霊を呼び出すのって特別だけど、変わったことじゃなかったってこと?」

「そう。こうした専門職は一般のヒエラルキー外に置かれたから、普通の時には卑下ひげされるか、うやまわれるか、両極端なんだけど。まあ、だからといって信仰のかなめだから、完全な禁忌きんきになるほどの素地そじはないが、ごっこ遊びレベルの真似事まねごとならまだしも、それ自体が遊びにまでなることはない」


 そんな風に話すおにーさんは一体何者なんだろうと、ふと晴人はるとは思う。

 立て板に水とか滔々とうとうと、という言葉がぴったりな語り口である。


「それにさ、猿は日吉ひえ山王権現さんのうごんげん、鹿は春日権現かすがごんげん、蛇は弁財天べんざいてんとか、日本では動物が神使しんし、神様の使いとしてあつかわれる時点で、動物霊が必ずしも下級というわけじゃないんだよ。でも、コックリさんの上では、それが必ず下級のものとして雑にあつかわれる」

「あのさ、おにーさん、何?」


 しゃべりなれているから劇団員、とかにしてはちょっと語る内容がニッチすぎる気がする。

 マジシャンにしたって、こんな知識は不要なはずだ。


「……」


 おにーさんは黙って晴人はるとの方を見て、それからちょっと考える素振そぶりを見せてから、にやりと笑って口を開いた。


「キミには、何に見える?」

「……最初は売れないバンドマンかなって思ったけど、それにしてはアクセサリーとかまったくないなって。十円玉消して見せたからマジシャンかなって思ったけど、マジシャンがこんな知識必要なのか、こんなにしゃべるもんなのかって思って。じゃあ劇団員かなって思ったけど、やっぱりそんなニッチな知識なんて必要ないよねって思って……でも大学の先生にしては、格好から何から、やたら胡散臭うさんくさいなって」


 なんというかアホらしくなって来たので、晴人はるとが思ったことをあらざらい全部言うと、最初はにこにこと聞いていたおにーさんだったが、次第しだいに目が泳ぎ出した。


「……そっかあ、うん、やっぱり胡散臭うさんくさいかあ。そっかあ」


 行動もやり口も、警戒にあたいするだけの不審者かと言われると微妙なのだが、胡散臭うさんくささだけはどうやってもぬぐえそうにない。


「で、なんなの?」

「んー、本当のこと言うとたぶんその胡散臭うさんくささに拍車がかかるから、後で教えるよ」


 そう言って、微妙な表情を浮かべたおにーさんはまたお茶をぐいっと一口飲んだ。

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