12 穏やかな混沌より荒々しき秩序

「先生の説は極論、別の層の何かがこちらの力場を起点に表出する時、こちらにある概念の皮をかぶって現れる、です。おそらくは、その力場から手近なものを利用する傾向はあるとは思われますが……そもそものを確認するすべはわたし達にはない。だからこそ、前提条件で縛り上げた科学ではなく、得体の知れないオカルトなんです」


 前提条件による再現性がない、とひろは言う。

 なんだかんだと言いつつ、ひろの根は生真面目きまじめで、正義感や義務感というものが強く、若干巫山戯ふざけたようなノリはどちらかといえばフリみたいなものである、というのは短い付き合いでも織歌おりか理解している。

 おそらくは、ひろの実家が実家なので、生来そういうの霊能力を持つ者として育てられたからではないか、と織歌おりかは推察する。


「西洋における悪魔召喚とか、そういう意味合いの印章シジルは再現性をねらったものではありますが、その保証はありません。何故ならこたえる側にあるべき前提条件も、実施時における向こう側の前提条件の状況も、わたし達には確認するすべがないからです。それこそ、かのエジソンが手掛けていたという霊界通信機が本物であれば、違ったかもしれませんが」


 同じようにそうした家系でもその意識にとらわれているとは言えない紀美きみや、ただ見えるようになってしまったことがスタートラインだったロビンとくらべると、ひろひろなりに、こうしてきっちりと科学との差を論理立てる傾向がある。

 ある種、専門家としての矜持きょうじなのかもしれない。


「わたしは別にユングの心理学をしてるわけではないですが、集合無意識という概念はすでに生まれてしまっている以上、がそれを利用しないという保証もない。概念同士が意外なところでひもづくのは、ウェブ百科事典の記事内リンクを六回辿たどれば、どんなに離れた項目であっても辿たどり着けるというのと同じです」

「あー、六次ろくじへだたり仮説かせつだっけ?」


 直人なおとの補足に、織歌おりかもあれのことかと合点がてんがいく。

 誰でも知り合いの知り合いという伝手つてのリレーで、最大六人経由すればアメリカの大統領とだって繋がれるという、全てが一対多で結ばれたネットワーク上における、任意の地点から別の任意の地点に移動する時の移動回数の仮説である。


「だから、知っている事にも、知らない事にも留意りゅういせねばならないんです。そして、できる限りの制御化に置こうとするためには、時としてデメリットになろうとも、知っている方がまだ安心できます」

「意図せぬ無害より、意図した暴走の方がマシってことですか?」

「端的に言えばそういうことです。対症療法がわかってれば、そっちに転んだ方が対応できないよりマシでしょう?」

「……霞堤かすみていの理念みたいなこと言うね、ひろちゃん」


 霞堤かすみてい

 あえて任意の場所で氾濫はんらんさせることで、他の場所を守る形式の、かの武田たけだ信玄しんげんも作ったとかいう話のある堤防のことである。

 ひろは隣の直人なおとの方をちらりと見てから、窓のふち近くにひじを乗せて頬杖ほおづえをついた。


「……何を絶対条件とするか、ですよ。絶対条件さえクリアできれば、最悪それ以外は切り捨てるだけの腹もりでないと。だって、川や天候と同じどころか正確なメカニズムはわからない、本来的に制御できないものですから」


 ――全部を救うなんて、最初から傲慢ごうまんなんですよ。

 つぶやくように付け加えられた言葉には、実感が乗っていた。

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