13 家に帰り着くまでが

 ◆


「戻りました」

「ただいま戻りました」

「おかえりー、なおくんもありがとう」

「まあ、今回は俺が持ってきた案件だし」


 帰り着いた玄関で、にこにこと出迎でむかえてくれたのは紀美きみ本人だった。

 こうして、如何いかにもおじさんな直人なおとと、都会のライブハウスとかで簡単に似たような若者を見かけられそうな見た目の紀美きみが並んでいるのを見ると、二人の年齢というものを考えた時に何か時空がねじれているのではないか、宇宙の神秘なのだろうか、と織歌おりかは感じてしまう。

 ひろやロビンはもう慣れたと言わんばかりなのだが。


「いやあ、それも助かるよ。おかげで食いっぱぐれる心配もないもの」

紀美きみくん、ほんと割と深刻なことでも笑顔で言うよね……一時期は本当にお祖母ばあさんの遺産を切り崩すしかなかったのに」


 あきれたようにそう言った後に、だから世話焼いちゃうんだけどさあ、と直人なおとは言う。

 それを聞いても、少し困ったように眉尻まゆじりを下げただけで紀美きみはにこやかなままだ。


「でも、今は全然マシだよ?」

「ああ、うん、さっきひろちゃんから初めて聞いたんだけど、織歌おりかちゃんの関係でそっちの伝手つてとかもできつつあるとか……」

「一応、僕は邪道だから、基本的には正道の余所よそに回してるよ? いやあインターネット活用しようって言い出したお偉いさんには感謝だねえ……というわけで、なおくんが案件回してくれる余地は、まだあるわけでーす」


 紀美きみからそう言われて、直人なおとが少し嬉しそうに見えるのはおそらく気のせいではないだろう、と織歌おりかは思った。

 これはロビンとひろが、あきれたような視線を直人なおとに送っているがゆえの判断である。


「……ネットの活用については同意見ではあるけど、もうちょっとセンセイ自身が振り分けしてもボクはいいと思うんだよね」

「わたしも全面的に同意です」


 さらに、ぼそりとロビンとひろ紀美きみにきっちりとくぎを刺しにかかる。


 確かに、余所よそに回す判断をしているのは紀美きみ自身ではない。

 窓口の織歌おりかが、紀美きみよりも先にロビンとひろに情報を渡して、その時点でさばかれた結果なのである。

 そうでもしないとこの変人センセイはいつか過労死する、とはロビンの言。

 ただ、それでも、直人なおと余所よそから回される案件は、直接紀美きみに渡されるので、どうしようもない。


 それも基本、ロビンとひろ紀美きみ自身が出ることが余りないようにコントロールしている。

 結果として、紀美きみは弟子二人を前に正座させられていることも少なくない。

 師匠の威厳とは、と織歌おりかの頭の端をいつもの考えがスライディングしてきて、そのままフェードアウトする。


「……というわけなので、まあ、に回してもらう余地はある」

「ロビンくんもひろちゃんも容赦ようしゃないのに、紀美きみくんも相変わらず強いね……」


 それでもここでめげないあたりが、紀美きみである。

 その根っこがお人好ひとよしによるところというのは、散々さんざんロビンやひろがぼやいているので、織歌おりかすでに知るところだ。

 逆にその善性があるから、こうしてしたわれているとも言えるのだが。


「というわけで、またなんかあったら連絡頂戴ちょうだいね」

「ああ、うん。久々に話もしたいし、次はそういうの抜きで遊びにでも来るわ」


 それを聞いたロビンとひろが互いに目配めくばせしている。

 たぶん、本当に遊びに来るだけだよな? 本当だな? みたいに圧をかけて直人なおと牽制けんせいする意味合いでしているのだろう。

 実際、直人なおとが少しだけ申し訳なさそうな視線をこちらに向けた。


「それじゃあ、俺は今日はこれで」

「うん、おやすみー。ありがとね」


 そんな挨拶あいさつわして直人なおとが出ていくと、少ししてから車のエンジン音が去って行った。

 そして、振り返った先でロビンとひろからじっと見つめられた紀美きみは、最初こそそれを気にせず振る舞おうとして、それから挙動不審になり、眉を八の字にして気まずそうに口を開く。


「……えっと、善処はします」

「期待はしないけど、頼むよ、センセイ」


 ロビンの言葉に、紀美きみしぶいのかっぱいのかよくわからない表情を浮かべた。

 どちらにせよ、耳に痛い事であるには違いないし、今まで刺された同様のくぎを可視化すればたぶんヤマアラシのようになっているだろう。


織歌おりかも、遅くまでごめんね」

「いえ、お役に立てたのなら何よりなので」


 そう、織歌おりかとしてはそれ以上もそれ以下もない。

 すると、後ろから両肩にぽん、と手が置かれた。

 振り返れば、妙に生ぬるい目をしたひろ織歌おりかを見つめている。


「……織歌おりかには今度、ああいう手合いのさばき方、教えますね」


 ひろの言葉でさっしたらしい、ロビンがあきれたような顔をする。

 そのあきれの矛先ほこさきは、きっとあの四人組彼らなのだろうけれど。

 すると、ぱん、と紀美きみが一つ手を叩いた。


「何はともあれ、丸くは収まったわけだし……織歌おりか、今日はもういいよ。ひろから報告は聞くし、お疲れ様」


 紀美きみがやや強引にめたのは、なんだかんだ今現在パトロン的存在になってる織歌おりかの父親の事を考えてだろう。

 ひろがいる分、男親の恐怖を知っているからだろうが、実のところ織歌おりかの父親は良い方向で放任主義であるので実はそこまで心配ない。

 なんなら、紀美きみへの心象は良い方である。


「はい、それでは本日はごきげんよう」

「うん、また明日」

「敷地内とはいえ、気をつけてくださいね」

「おやすみー」


 口々に言われた言葉を笑顔で受け止めて、玄関を出ると、少しばかり気を引き締めた織歌おりかはそのまま家路いえじを急ぐのだった。

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