11 治療において時として傷は抉られる

 ◆


 事の始まりは向こうからの告白だった。


「――といっても、一般教養の授業で、ノートコピーさせてくれって言ってきたグループの中の一人、だったんです」

「それ、所謂いわゆるチャラいタイプのグループなのでは……?」


 なんとも言えない顔で砂肝を咀嚼そしゃくしながら紀美きみつぶやく。

 純也じゅんやはそれを否定できない。


「まあ、グループでコピーさせてくれなんて言い出すぐらいですから、チャラいグループですよ。彼女自身は、どちらかというと清楚せいそな見た目ではありましたけど」

「……騙されたhoney-trapped?」


 ロビンが口にしたド直球な単語にぐ、と言葉につまる。


「……いえ、純粋にハニートラップだった方が、まだ、良かった気すらします」


 別にノートをコピーするくらいで、純也じゅんやだって勘違いはしない。

 頭でっかちで奥手でも、ぶっとんでるわけではない。そのあたり妄想と現実をしっかり切り分けるだけの節度はある。

 それが、ある時、その子から告白されたのだ。


「――俺は、小中学校ではいじめられこそしませんでしたが、所謂いわゆるガリ勉くん、という立ち位置でした。高校は私立の進学科……そうなると青春らしい青春なんて、それまでしたことなかったんです」

「あー……勉強漬けだなあ、それは」

「それは強制されて? それともキミ自身が?」

「俺自身ですね……変わった子供だった自覚はありますけど、図鑑とか読むの好きなタイプで、周りも褒めてくれるから、そのままガリ勉のレールに乗った、みたいな」


 そんな中、大学で初めてできた彼女だったのだ。

 舞い上がらないはずもないが、初心うぶだからこそ、極めて、極めて節度は守った。

 そうして、五回目のデート、クリスマスにそれは起きた。


「――その時、初めて、さり気なく手を繋ごうと、したんです」


 それを、拒絶された。往来での出来事だったので、周りも驚いていた。


「痛いぐらいに手を叩かれて、調子に乗るなと怒鳴られました」

「……あー、見えてきたぞ。からかい、だな?」


 直人なおとが苦々しい顔をしているのが、少し救いだった。

 ここまでなら、まだほろ苦いで済んだのかもしれない。


「最初から、そういうグループにいた子なんだから、類友るいともなのは予想できるだろ、と言われれば耳が痛いですが……罰ゲーム、だったらしいです」


 種明かしと共にげらげら笑いながら現れたグループのメンバーにも、彼女にも、怒りより悲しみがまさってしまったあたり、相当ショックだった。

 そもそも、その後の事を純也じゅんやはあまり覚えていない。

 気が付いたら当時の一人暮らしのアパートにいて、何をどうして広まったのかはやはり覚えてないが、数少ない友人達ははげましてくれたし、例のグループは鼻つまみあつかいになっていた。


「――しばらくは、なかなか食欲とかもありませんでしたし、正直今でも当時の詳細なエピソードは覚えてません……ただ、勉強してると、落ち着いたので、とにかくいろんな講義を取って、取って、取りまくって……でも就活はあまり、うまくいかなくて、それでもいろいろ書いてると何故か落ち着くので……文芸サークルの伝手つて辿たどって、ですね」

「それでなおくんと同じ業界に、か……」

「……言葉もないなI'm speechless.


 ぼそりとしたつぶやきと共に、ロビンから直人なおと経由で、何故かだし巻き卵が山と積まれた小皿が純也じゅんやに渡された。

 ロビンは自分の好物を相手に渡すタイプなのだろうか。

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