101話 何かが繋がり、何かが変わり (視点変更)

 ニアギスがミューゼリア連れて空間転移を発動させた後、シャーナは護衛に指示を出し、少女達と町の住民を一帯から避難させた。

 シャーナは1人、サージェルマンの店の奥にある客室で待機している。

 上質なソファに座る彼女の影がせり上がり、男が現れた。


「周囲一帯の住民の避難が完了しました」


 真っすぐに伸びた青銀色の長髪で顔を覆い隠した男は、シャーナを見下げながら言った。

 ニアギスよりも高く、2mを優に超えている。紺色のロングコートを着込み、黒いズボンと黒い革靴を履いている。青銀色の髪の間から見える暗く淀んだ黒い瞳は、シャーナを映している。


「ミューゼリア達を襲撃した犯人は?」

「僕の蜘蛛が、一名捕獲に成功しました」


 彼の長く白い人差し指に黒い蜘蛛、薬指に青い蝶が停まっている。


「殺しますか? 拷問しますか?」

「大事な弟が傷付けられて、怒っているのね。私も友達を傷付けられそうになったから、同じ気持ちよ。でも、今は駄目。事態が解決するまでは、ちゃんと生かして」

「かしこましました」


 納得してくれた事に、シャーナは安堵する。

 銀狐は公爵家の命令に忠実ではあるが、末弟であるニアギスを傷付けられたとなれば、豹変する。中には、制御が効かなくなる者もいるほどだ。今付いている銀狐は理性が強いので事なきを得ているが、何が起きるか分からない。

 今まで、一度たりともニアギスは傷付いた事は無い。だから、分からない。


「残りの犯人の捜索をお願い。また二人が傷付いたら嫌だもの」

「はい。捜索を開始します」


 蝶が飛び立ち、窓の隙間から飛んで行った。

 ニアギスの空間魔術は唯一無二だ。彼自身の戦闘能力だけでなく、魔力が尽きない限り空間に入った魔術を完全に無効化できる。それは、他の物質でも同じだ。

 無敵も同然な彼が負傷し、ミューゼリアを連れて逃げた。

彼の、いや魔術そのものに影響を及ぼす何かがある。

一般的な生活で、魔術を使う機会は皆無だ。だから、町の住人達はその異常に気づけず、情報がこちらの耳に入っては来なかったと考えられる。

 これについて偵察もさせようとシャーナは、もう一度銀狐の男に指示を出そうとした時、玄関扉のガラス越しから護衛兵が来るのが見えた。


「失礼します。先ほど、少女の尋問が終わりました」


 既に銀狐の男の姿は無く、店の中にはシャーナしかいない。


「彼女はなんて言ったのかしら?」


 悲鳴が聞こえ、ニアギスが空間魔術で移動した直後、シャーナとサージェルマンは店の外に出た。散乱するガラス管の前に座り込む少女は、呼吸が困難になる程に取り乱し、全身が震えていた。演技にしては出来過ぎており、町の診療所で様子を見ながら話を聞いていた。


「学園でエレウスキー殿の恋路を見守っていたが、レンリオス子爵令嬢が避けるので腹が立っていたと。町に友人と遊びに来たところ、彼女を見かけたのでモノ申したそうです」

「あら。おかしいわね。それなら、お邪魔している私の方に注意をすれば良いのに」


 偶然居合わせ、丁度良い囮に使われたと考えていたが、少々話が変わって来た。

 以前、サージェルマンの周りにいた女子生徒に声を掛けられた、とミューゼリアが話していた。彼女の負担を減らすだけでなく、周囲の動向を探る為、2人の登下校や昼食を共にス際には目を光らせていた。しかし、痛い視線がこちらに向く事は無かった。


「お、お嬢様」

「分かっているわ。平民層の子が、公爵の娘に面と向かっては注意するのは、相当勇気がいるもの」


 言い難そうにする護衛兵に、シャーナは微笑しながら言った。

 直接言えなくとも、友達に愚痴を溢し、それが人から人へと伝わり、噂となってシャーナの耳に届くはずだ。

 サージェルマンを公爵令嬢が狙っている。

 あるいは、恋仲であるミューゼリアとサージェルマンの邪魔を、公爵令嬢が行っている。

 ありがちな恋と嫉妬の噂話。一度話題となれば、直ぐにでも広がりそうなものだが、シャーナへその報告が来た事は無い。


「シャーナさん!」


 サージェルマンが護衛兵と共に戻って来た。


「君の言っていた避難先には、ミューゼリアはいなかったよ!」

「そう……仕方が無いわ」


 公爵家からの護衛が多すぎては町の人も戸惑うだろう、と作り話をして、ミューゼリアの避難先として町の馬車の停留所に兵士達を待機させていた。

本来なら、ニアギスもその場所に空間魔術で転移している筈だ。


「ミューゼリアを庇った男は、本当に信頼できるの?」


 石畳に散乱する割れた試験管。その中には水滴程の赤黒く変色した液体が残っていた。

 シャーナがこの世で最も嫌う色だ。

 僅かに残る肉が溶けたかのような異臭に、ニアギスがミューゼリアを庇い、負傷しているのを察していた。

 試験管は証拠品として確保し、銀狐の1人に成分を調べさせている。


「あんな騒ぎがあった後よ。犯人がまだ町にいる可能性がある中、人目の多い場所に行けるはずが無いじゃない」

「ご、ごめん……失言だった」


 焦りを募らせていたサージェルマンは我に返り、直ぐに謝罪をした。


「今、私の使いの者が調べているわ。待ちましょう」


 壁を張っていた小さな蜘蛛が、僅かな隙間を抜け、どこかへと向かう。

 ニアギスが周囲の視線を顧みず魔術を発動させ、それを犯人は目の辺りにしている。彼等は、店内にいるアーダイン公爵令嬢へと視線が集中させているだろう。銀狐がミューゼリアを守っていると知られた今、この場で彼女と繋がりがあるのはシャーナのみとなる。

 父が宛がってくれた銀狐の内、シャーナの手元に残っているのは1人だ。

出方を伺われている以上、慎重に動かなければならない。


「失礼します」


 住民についていた護衛の1人が、シャーナの元へと戻って来る。

 その後ろには、ラグニールとイグルドの姿がある。


「2人とも、どうしたの?」


 意外な登場に、シャーナとサージェルマンは驚く。


「彼と話がしたくてね。時間を頂けるかな?」


 ラグニールは静かに微笑を浮かべ、サージェルマンを見る。


「そちらの護衛から話を聞いている筈だ。この状況で、話している暇はないよ」

「話さなければならない。君の出自に関わる事だ」

「しゅつ、じ……?」


 思わぬ単語に、サージェルマンは小さく首を傾げる。

 ラグニールの傍らに立っていたイグルドは、懐から1通の手紙を出す。

 白地に青い鳥が描かれた封筒は、所々に皺が寄っている。


「これは、サージェルマン・エレウスキー……俺の亡き親友からの手紙だ」

 絞り出されたイグルドの言葉に、シャーナは彼から距離を離す。

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