86話 杖の適性

 兄様から木箱を貰った後、今日は色々とあったのでロクスウェルに会うのは明日に回し、私はニアギスの力を借りて自室に戻った。

 今日は濃密だった。これからの学園生活が、板挟みで心身ともに疲弊しないか心配になる。


「事情は分かりました。お嬢様の部屋を囲わせていただきます」


 いつの間にか眠っていたグランをニアギスは、ベッドの上へ寝かせてくれる。


「うん。お願い」


 1人から2人用の丸いテーブルの上に木箱を乗せた。

 元気で精神力の強い人が集まっている訓練場とは違い、寮では私生活の場。病気で休んでいる人がいる。負の想念の塊である爪を安易に布から取り出せば、漏れ出した力が悪影響を与えてしまうかもしれない。

 申し訳ないけれど、もうしばらくニアギスの空間魔術の力を貸してもらう事にした。


『ミューゼリア。爪を譲り受けた理由を教えて欲しい』


 光の玉となって現れたレフィードは私に問いかける。


「浄化の練習をしようと思って」


 木箱の横に置いてある鞘に入ったままの杖に、私は手を添える。


『学園生活に支障は出ないか?』


 ふわりと木箱に近付いたレフィードは、協力したいが心配と訴えかける様に言う。

 風翼竜ロカ・シカラに絡みつく負の想念の黒い茨を浄化した際、魔力の消耗で3日寝込んだ。今はあの時よりも魔力の量は増えたが、いきなり使ってはまた倒れるだろう。


「そうならない様に、練習するの。前回の様に一気にではなく、量と範囲を調整して毎日続けて……最終的に、完了させる」

『なぜ?』

「魔術の練習とほぼ同じかな。今後、負の想念と対峙する場面は必ずあるし、操れるようになった方が良いと思ったの。もし失敗したり、複数体現れた時に、動ける状態でいたいから」


 完全に頭の中のイメージだけで発動した浄化は、詠唱や魔方陣に比べかなりの難易度だ。容易に発動できる分、意識して扱わなければ魔力が枯渇しやすい。

 私の魔力の量では、練習を積み重ねたとしても、絵本や物語に登場する聖女のような活躍は出来ない。だったら、浄化の量をコントロールし、負の想念を弱体化させ、リュカオン達に倒してもらう連携を組めればと思った。


『なるほど。牙獣の王冠で対峙した蛇竜を思い返せば、必要な力だな』


 レフィードはすんなりと納得してくれた。


『きちんと扱えるようになれば、以前の赤い液体を服用した人間や小動物を浄化できるかもしれない』

「えっ!? なおさら練習したい!」


 意気込む私は、鞘から杖を取り出す。千年樹に巻き付く朝焼けの杖。牙獣の王冠では反応が無く、帰って以降も度々か魔術の練習をしてみると、当然の様に応えてくれた。

 不思議に思い、学園の魔術の先生にそれとなく杖について聞いてみると、術者との相性は確かに有り、悪ければ拒絶反応を見せると言っていた。魔術を不発させたり、突然火花を散らすらしい。なので、〈一切反応を示さない〉というのは前例がない。


「準備が整いました」

「うん。ありがとう」


 木箱の中から取り出され、布の包みを解き全貌を露にした赤黒い爪は、底の無い場所へと引きずり込まれる様な不気味さがある。私には到底魅入られる人の気持ちは、分からなそうだ。


『練習と言っても、前回行ったように頭の中で想像する方法だ。花を思い浮かべるのであれば、ごく少数を咲かせてみるんだ』

「わかった」


 赤黒い爪へ杖を向け、目を瞑って、花を想像してみる。

 あの時は茨全体だったが、今度は爪の先にまずは一輪。


 一輪……小さい花……一輪…………


「ミューゼリアお嬢様」


 見守ってくれていたニアギスが私に声を掛ける。


「ん? どうしたの?」

「杖の先をご覧ください」

「え? ……え!?」


 目を開けて杖を見ると、朝焼けの杖の先っぽの部分から、小さな枝が伸びている。枝先には小さな花の蕾が出来、それは通常の植物では有り得ない速さで膨らみ、そして白い花を咲かせた。

 5枚の丸みのある白い花びらが、どことなくメリアの花に似ている。

 花や直ぐに花びらを散らせる。ひらひらと爪の上へ落ちると、吸い込まれるように消える。赤黒い爪先の一部はまるで汚れが落ちたかのように、本来の白と黄土色のグラデーションへ変化した。


「……部分的に、浄化できてる、よね?」

『出来ているな』


 レフィードは風の魔術を使ってか、爪を浮かせ、ゆっくり回転させながら確認をする。

 うん。くっきりと色が分かれている。


「朝焼けの杖……魔力を注ぐと形状が変化するって聞いていたけど、術の発動自体でも起こるみたいだね。どうして今、応えてくれたんだろう……」


 私は、細い枝が縮み、朝焼けの杖本体へと吸収されていくのを眺めながら言う。

 ゲームではネタ武器も存在するが、こんな動きをする杖は初めて見た。


『ミューゼリア。身体の調子は?』

「少し魔力を消費しただけだから、大丈夫」


 加減したとはいえ、魔術を使った後のような疲労感は少ない。身体はまだまだ動ける状態だ。


『そうか』


 レフィードが、杖を見つめている。


『カルトポリュデはミューゼリアの声を聞いて、目覚めたと言っていた。そして、今回の浄化では術を使っているのに、君は疲れてはいない。リュカオンは普段は朝焼けの杖は眠っており、常は千年樹だと言っていたが……どういうことだ?』

「レフィード様」

『なんだろうか?』

「お話の内容は、全て一まとめにするのではなく、個別に考えるべきかと」

『個別、か』

「杖の素材はどれも全魔術に対応はしていますが、適性があります。千年樹が結界魔術に長けている様に、朝焼けの杖は浄化に秀でているのではないでしょうか」

「二つが補い合っているわけではないの?」

「確かに、その様な杖も制作されています。その杖の意思について語るのであれば、主に杖身じょうしんを差します。リュカオン様が、どちらの杖についても話したとなれば、〈二本〉と判断ができます」

『ミューゼリアの使う術に応じ、杖はどちらかが目覚めていたと言う事か。それならば、リュカオンが、千年樹が主に起きていると言った理由も納得できる。使用頻度は魔術の方が高いからな』


 今は浄化を行おうとしたから、朝焼けの杖の方が目を覚ました。千年樹にも浄化への適性はあるが、朝焼けの杖には劣るのだろう。

 朝焼けの杖は一体何の木で、何故このような劇的な動きをするのか、より気になって来る。

 樹に詳しいと言えば、風森の神殿の木精を思い浮かべるが……あの人、これまで風森の神殿へ行っても、会えた試しがない。声を出して呼びかけても、反応は返って来なかった。


「呼びかけについて、魔法使いとしての能力と仮定してはいかがでしょうか? 杖が反応しなかったのは、その為だと推測されます」


 杖に幾ら魔力を注いでも、何も反応が無かったのを思い返せば、そう考えるしかない。

精霊憑きの魔物達は、私を魔法使いと呼んでいるが、その能力については今も未知の領域だ。学園の図書館には魔術に関する資料しかなく、ゲーム上のリティナは全く参考にならない。リティナの魔法の場合は、クラフトスキルの際に不思議で便利なアイテムを作り出し、最後の仕上げでキラキラした光が降り注ぐ描写だけだ。その光の輝きの色によってボーナスポイントが付く。バトルに関してはプレイヤーに分かり易くする為か、他のキャラクターと同じ魔術を使う。


『……そうだな。魔法使いには、魔法が使える以外にも個人の特有の力があった。一旦そう考えておこう。今度、アンジェラ達とダンジョンへ行った際に、試して判断しても遅くはない』


 レフィードの口ぶりからして、呼びかける行為は能力と断定して良いか分からない様だ。

牙獣の王冠では、相手が大陸帝竜亀であるカルトポリュデだったから凄く見えるが、行為としてみると、単純過ぎて能力と呼べるのか、そもそも発動条件が分からない。

 でも、口から発せられる声とは違うので、何かに使えそうだ。

 あ、これなら木精も何らかの反応を示してくれるかも?


「うん。ダンジョンについては、週末にアンジェラさんと相談するよ」


 分からない以上は、自分で調べるしかない。今までと変わらず、地道に進もう。


『浄化の練習はどうする? 続けるか?』

「あと何回か、少しの量でやってみる」


 練習台は一個しかないので最初の予定通りに、少しずつ練習を繰り返す。

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