84話 ゲームのシステムと現実の齟齬
「サジュに、私を探すように頼んだのに、どうしてですか?」
2人の転校生。サジュとリティナだ。
リティナの起こした問題を噂で聞いて心配してくれたと思うが、友人であるサジュ相手にも言うなんて、どうしたのだろうか。
「ミューを利用して悪いけど、あいつがどんな行動をするか知りたかったんだ」
「1時間くらい探してくれました。私が中庭の植物観察をして周っていたので、見つけるのに骨が折れたようです」
悪いことをして隠す嘘ではないと分かっていても、なんだか言っていて良心がチクチクと痛い。
「あいつ一人で、か?」
「はい。そのようでした」
「何か言ってた?」
「えと、特に……兄様が探してたよって教えてくれた位です」
兄様が何だか渋くて苦い顔をした。
「やっぱり、ミューには変な術を掛けていないんだな」
一気に雲行きが怪しくなる発言。
魔術となれば、先生方が即座に気づくはず。兄様は何を見たのだろう。
「何か問題でも、ありましたか?」
「あいつ、皆の個人情報を聞きまわっている」
兄様は知らないので仕方ない。彼はすでに商人の顔を持つ人だ。
この場合は、巧みな話術で聞き出している、と言った方が正しいと思うが、兄様の先程の表情が気になる。
「相手を知ろうとするのは、大事だと思います」
「俺もそう思う。でも、変なんだよ。人には誰にも知られなくない秘密や、家庭の事情で喋れない内容、病気の様な配慮が必要な話題がある。それなのに皆が皆、あいつの前だと話しちゃうんだ。転校して初日の相手に心を許すなんて、考えられない」
良くも悪くも、口にしたくはない話を誰もが持っている。特に貴族や経営者、開発者なら外部に漏らしたくない情報が沢山ある。
商売に情報は必要不可欠だ。サジュが情報屋の顔を持っていてもおかしく無いが、彼を前にするとみんなが話すなんて、確かに〈変〉だ。
口は災いの元とよく言われ、情報漏洩は信用問題に関わる。列が出来る程の満員の食堂内で、ためらいなく話せば不特定多数の人の耳に届く。情報の端と端をつなげて噂を作り、学校中にまき散らされてしまう危険性がある。
口の軽い人は承認欲求と自己顕示欲が強く、周囲が知らない情報を話すことで注目を浴び、優越感に浸りたいと思う傾向がある。うっかり話したと無自覚な人がいれば、こんな情報を持つ私は優れているとアピールする人もいる。自分を良く見せる為に、無意識に相手を軽く見て、事の重大性を理解していない。
確かに貴族の中にも、その様な人はいる。だが、そんな信用の置けない人に、重要な役割は務まるはずが無い。手を結ぼうとする者がいるとすれば、それは彼らを利用し、捨て駒にしようとするやり手だ。彼らのその末路は言うまでもない。
なので、貴族や将来を有望視される子供にとっては、安易な情報開示は自殺行為に近い。
年を重ねる毎に、当たり障りない会話しか口にしなくなる。領主として、婚約者として、将来を見据えられる人財であると周囲に認識してもらう為に、その口を閉ざすよう心がけ訓練を積むようになる。
「普段無口な人や騎士の家系の奴らまで、話していてる。一番おかしいのが、話した側も聞いている側も覚えていない事だ」
「兄様以外が、そうだったのですか?」
自分が言ったのを忘れたとしても、周りが聞いている。そんな事、ありえるのだろうか。
「あいつの周りにいた連中は全員だな。近くにいたレーヴァンスと俺は、何故か普段通りだった。あと、いつも人と距離を置いて、別の場所にいる開発サークルや、美術サークル連中も相変わらずだったな」
「……もしかして、皆さんは口を揃えてサジュを良く思っていますか?」
「皆が気持ち悪い位に、サジュを褒めてる。あぁ、口裏合わせしている可能性もあるか」
レーヴァンス王太子はリティナとの対面で立証済み。兄様は前のサジュを知っているから、免疫がある。2つのサークルの人達は自分の作業に優先なので、人間関係が希薄になりがちだ。食堂の列の最後尾にいた高等部の方は、そのどちらかだったのだろう。
今の話からして、全ての元凶はサジュであるが、彼が話しかけるか一定時間傍に居ないと、効力を発揮しない。
魔術であるか定かでないが、かなり厄介な事になって来た。
「そっちもそうだろ? 食堂の件聞いた時は、気味が悪かった」
「こちらの転校生は、皆から好意的にみられていますが、会話内容は普通と言いますか……新しいケーキ屋や気になるブティックの様な、年相応といった印象です。相手は取り留めなく情報を与えてはいませんでした」
生垣に隠れて盗み聞き状態であったが、リティナ達の会話は学生らしいものだった。会話に棘らしいものは聞き取れず、違和感や気味の悪さはなかった。
「そうか……2人とも周りに人が集まるから、同じ力を使っていると思ったが、目的が少し違うみたいだな」
目的。目的か……
リティナの場合、これからメインストーリーに向けて行動する。ハーレムを作る願望があろうが、それは決定事項だ。2年早いとはいえ、まだレベルも攻略候補の好感度も低い。フィールドやダンジョンに向かうのは、一人では危険だ。
それならまず、クラスメイトと仲良くなるのを優先して、現状の王国や周辺について情報収集を……
あっ! 思い出した! 雇用システム!
ゲームでは、すぐに攻略候補とパーティを組めるわけではない。加入条件を達成するまでの間は、クラスメイトや傭兵に依頼するシステムが頼りだ。攻略候補と違い、クラスメイトの友好度は会話だけで上がる仕様なので、割とすぐに編成できる。序盤の生命線であり、中には攻略候補には無いレアスキル持ちもいるので、アイテムコンプリートの為にかなり重宝した記憶がある。
確かクラフトのレシピの中に、友好度を上げやすくなる魔法アイテムがあった。転生者なら攻略を早めるために、使ってもおかしくはない。生徒のパーティ雇用を早めるための、会話するだけでみんな仲良くなる奇妙な現象の完成だ。モブの生徒であっても、少なからずプロフィールがあり、彼等の発言によって空欄が埋められていく。つらつらと話してしまうのは、これが原因だ。
あっ、このシステムが私にも反映されるなら、いずれパーティに加入させられる可能性が………
い、いや、ともかく、リティナに対して一定値は納得できた。ゲームの仕様が現実に反映されるのは奇妙であり警戒は必要だが、原理は理解出来た。
そうなると、サジュが問題だ。何が目的で、どうしてリティナの様な力を持っているのか、全く見当が付かない。攻略候補として特別だが、彼は魔法使いではない。
「あれがどんな力で、何が目的か分からない以上、距離を置くか関わらない方が身のためだ。利用されるかもしれないし、妄信者に敵意を向けられ虐めを受けるかもしれない」
「でも、リティナさんは同級生ですし、サジュとは昔からの仲です」
「ミューにはやりたい事があるだろ。その為に頑張って来た。ここで潰されたら、元もこもないぞ」
兄様には伝えてはいないが、魔物の生態観察やダンジョンへ行く私に何らかの目的があると察してくれているようだ。普段はその話題に触れないけれど、たくさん心配をかけている。
でも、ここで忠告を聞けば、レーヴァンス王太子からの頼みや私のやるべき事からは、逃げてしまう。
「わかっています。でも、距離を置けば怪しまれます」
「それでも、危ないものは危ないだろ。優しいフリして、今後何やり出すか分からないんだ」
「危なくなったら逃げます」
兄様は頭を掻き、大きくため息を着く。
「……わかったよ。ただ、これだけは言わせてくれ」
「はい」
「サジュとは絶対に2人きりになるな! ミューは子爵令嬢なんだからな。絶対に人が必ず行きかう場所で会う様に!」
恋仲なんて噂になったら、それこそあの取り巻きの女子生徒達に敵視されかねないし、貴族の令嬢としても貞操観念がないと評価が落ちてしまう。
確かに危ない。それだけは、絶対に避けないと。
「気を付けます!」
私は大きく頷いた。
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