83話 ゲーム本編への小さな足音

 隠れて待機していたニアギスの空間魔術の力を借り、私は即座に移動をした。


「到着しました。目をお開けください」


 高等部の訓練場。開けた空間を囲うように観客席が建ち並ぶ小さな競技場の造りだ。時期によっては大会や他の学校から練習試合が開催される。今は騎士見習いになる若い生徒達が、手合わせや自主練を行っているのか、外からでも声が聞こえる。


「私はここで待機しております」

「うん。ありがとう」


 私は人気のない建物の裏手から訓練場へ行こうとしたが、一旦足を止める。


「ニアギス。シャーナさんから、リティナさんの監視を頼まれてはいる?」

「はい。別の銀狐へ、監視するよう指示されました」

「可能な限りで良いから、私にもその情報を貰えないかな。都合の悪い時に話しかけてしまったり、邪魔をしてしまう場合があるかもしれないから」


 ニアギスの空間魔術を利用した移動に似た術をリティナも扱える。メインストーリーが進むと、精霊王の〈遺物〉と大地に流れる生命の源とされる〈神脈〉の力を利用した転移魔法を会得する。これにより、ダンジョンと学園の行き来が楽になり、クエストや攻略イベントもし易くなる。今の彼女は登場したばかりなのでまだ扱えないと思うが、今後を考えると注意が必要だ。彼女が私より先に炎誕の塔や源海の胎国に行き、ダンジョンを荒らされてしまえば、浄化を担う魔物が殺されかねない。予定を早めるのも視野に入れなければならない。

 リティナの行動の予測が付かない以上は、情報収集が必要だ。


「ミューゼリアお嬢様の頼みであれば、お嬢様も快く引き受けるでしょう。何か分かり次第、報告いたします」

「お願いね」


 私はそう言うと、急いで訓練場へ入った。

 ざっと見て20人程の生徒達が訓練をしている。私が入って来ても、髪色からすぐに兄様の妹と判断がつく様子で、ちらりと見た後は気にも留めない。兄妹の関係は揶揄われやすいが、何かと利点がある。


「おっ、ミュー。ようやく来たか」


 藁人形相手に槍を振るっていた兄様は、私に気づくと軽く手を振ってくれた。


「遅れてごめんなさい」

「俺も急に呼び出して悪かったな」

「用とは何でしょうか?」

「客席まで移動してから離す。ここだと、何かと目につきやすい」


 そちらの方が目につくと思ったが、私は兄様に付いて行った。


「プン」


 客席の最上段に、絵本を読んでいるグランがいた。兄様には認識できるように力を調整しているらしく、グランは時折高等部まで足を運んでいる。グランの力があれば、気づかれる心配はなさそうだ。


「よし。それじゃ、呼んだ理由を話すぞ」


 客席に座ると兄様は制服のズボンの膨らんだ右ポケットから、何かを取り出し、私達に見せた。

 結界魔術の魔方陣が描かれた布の包みだ。結び目を解くと、さらに魔方陣の書かれた布2枚に包まれている。それをようやく取り除くと、驚くべき代物が現れる。


「グ……」

「えっ……兄様、この中身……」


 中に入っているのは、赤黒い爪。見ているだけで、内側が痒くなる様な嫌な気配を発している。湾曲した鋭い爪の根元には赤黒い毛皮が付いている。


「ウルレェト、ですよね?」


 ゲーム二周目以降の高難易度ダンジョンに現れる、熊によく似た魔物ウルレェトの爪。

 現実では二周目なんて存在しないから、居ても不思議ではない。だが狩猟祭の会場は管理されている森だ。武器に慣れた人間が2人も居れば仕留められる動物や、魔物のみしかいないはず。


「そうだ。大きさとしては平均的だったが、赤黒くて凶暴だった」 


 しかもそれが、私が牙獣の王冠で襲われかけた蛇竜と同じ、負の想念によって操られる赤黒い存在。見た事も無いウルレェトが現れたとなれば、大騒ぎになっている筈だ。


「俺一人で倒した」

「えぇ!?」


 あっさりと言われ、私は目を丸くする。

兄様は槍の腕を磨き、お父様から体術も学んで、確かに強くなっている。けれど、充分な装備が整わない中、一人で戦うなんて無謀だ。


「槍で急所貫いて、なんとかなった」

「な、なんとかって……」


 負の想念の結晶体の核が体内にあり、それを貫いたのだろう。蛇竜はカルトポリュデに丸呑みにされ、死体解剖が出来なかったのが惜しい所だ。

 兄様は簡単に説明するが、技術としては極めて難易度が高い。死骸だったから、生きている時に比べて動きが単純で、皮膚や筋肉が柔らかかったのだろう。


 それでも危険極まりな……いや、まず、なんで兄様一人?


「護衛兵はどうされたのですか?」


 私は爪を布で再度包みなおしながら問う。

 森の中に魔物だけでなく、暗殺者や山賊が隠れ潜んでいる可能性は充分にある。護衛は最低でも2人付けるが必須だ。レンリオス家から、リュカオンが稽古をつけた兵士が兄様を護衛するはずだった。


「最初は並走していたけど、獲物を探している最中にどっか行った」

「はい!?」


 雇い主の嫡子を危険な目に遭わせるなんて、かなり問題だ。誰かが雇ったスパイの可能性もあり、今頃お父様は胃を痛めていそうだ。

 狩猟された魔物や動物の血の匂い嗅ぎつけ、やって来た赤黒いウルレェトに殺された。そう見せかけるために、兄様を誘導したように見える。


「殿下には相談されましたか?」

「したさ。いま兵士2人は消息不明で、彼らの家族も皆目見当が付かないってさ。俺には王族、ミューには公爵家が後ろ盾しているのに、敵に回すなんて無謀が過ぎるからな」


 妬ましく思う貴族はいるだろうが、バグみたいなレンリオス家と周囲の関係に横やりを入れる命知らずはそうそういない。

 けれど、それを逆手に取り、〈殿下の友人が凶暴な魔物に殺された〉と混乱の種を撒こうとしたとも取れる。兄様が退けたが、それでも充分な成果だろう。今回は、兄様が一人で倒し、幸い一匹だったので大きな騒ぎにならなかった。今頃、城ではウルレェトの死体解剖、成分分析等がされ、魔術師達は大騒ぎなのが目に浮かぶ。アンジェラさんはどんな見解を示すのか気になる。


「魔物の死体も、処理してもらう様に頼んだ。これは、ミューにも見せた方が良いと思って、取らせてもらった。学園に戻ってから直ぐに渡しに行ったら、俺を狙った奴が何か勘付くかもしれないから、念のため時間を置いたんだ」

「結界魔術が掛っていても、嫌な力を感じます。渡すためとはいえ、近くに置くのは危険ですよ」


 赤い毒液の事件の時を思い出し、私は少し強めに言う。

 兄様は、自分が思っている以上に危ない橋の上にいる自覚が足りない。


「これでも、部屋では木箱で入念に封じてたんだ。怒るなよ」

「本当のことですから」


 兄様は私の頭を撫でる。こっちは心配しているのだから、子ども扱いは辞めて欲しい。


「なぁ、ミューの行った場所にも、赤黒い魔物はいたか?」

「いましたけど、アンジェラさん達が倒してくださったので、無事です」


 本当はカルトポリュデの胃袋に収まったが、言うとややこしくなるので嘘を付いた。


「そっか。それなら良かった。各地に現れて、ミューが襲われたら、どうしようかと思った」


 その発言で、ふとゲームの内容を思い出した。

 リティナに対して〈赤黒い魔物が各地に現れたので注意してください〉と近衛騎士団長が言っていた。

 ゲームの描写も、通常の色と違う赤黒い魔物。妖精王の操る負の想念に支配されたとされ、稀にフィールドにシンボルエンカウントで出現する凶悪なボス級の魔物。王国の騎士団や各領地の魔物討伐隊が倒す設定があり、何もしなくても時間が経つと消える仕様だ。

 ウルレェト単体なのを考えると、これに該当する。

 いずれ民衆も目撃するようになり、何も知らない彼らを魔物が襲い被害が発生する。水面下で国は対処するが、赤黒ではない魔物達の動きも活発になり、民衆の不安な訴えが大きくなる。そして、妖精王の復活の予兆と公表され、ゲーム本編が動き出すのだろう。

 これは牙獣の王冠での一件を含めて、ゲームの舞台の準備を整えようとする動きだ。

 メインストーリーに備えるとして行動を開始したが、問答無用で事が進んでいると実感させられる。どんなに摘んでも、新しい芽が生えてくるようだ。


「これ貰えますか?」

「いいけど……ミューの方こそ、大丈夫か?」

「ちょっと試したい事があって。ニアギスに協力してもらうので、大丈夫です」


 本当はレフィードであるが、兄様とは会わせていないのでニアギスの名前を出した。

 以前ロカ・シカラに対して行った浄化。今後できるように練習する必要があると思ったからだ。


「あぁ、あの長身の……確かに魔術には長けていそうだもんな。更衣室に木箱も持って来ているから、後で渡すよ」

「ありがとうございます」

「そうそう、もう一つ用があって……いや、忠告か」

「忠告、ですか」


 私は首を傾げる。


「転校生二人は危険だから、近づかない方が良い」


 まさかの発言に私は目を丸くする。

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