54話 老緑色の竜へと質問を続け

『真っ直ぐで、陰りなく澄み渡っている。幾年月過ぎ去ろうとも、その瞳を持った子供に巡り合うのは、儂に無上の喜びを与えてくれる』


 目元を緩ませ、まるで微笑む仕草をヴァーユイシャは見せる。


「し、しゃべれるのですね」


 何て答えれば良いのか分からず、私は思った事を言ってしまった。


『いんや。儂の言葉をこの子らが君達へ伝えているのだよ』


 ヴァーユイシャが軽く身震いをすると、薄緑色の光の玉が無数に現れる。すぐさま羽毛の中へと隠れてしまったが、アンジェラさんが言っていた〈精霊憑き〉であるのが理解できた。

 あの小さな子達は、レフィードと全く違う。


『さてさて。君達に礼をせねばならんな。何を望む?』


 こういう時、何か特別な力や加護、アイテムを貰うのがゲームの定番ではあるが、私は知識が欲しかった。妖精や魔物達しか知らない知識だ。


「あなたの知っている事を、教えてください」

『良いぞ。さぁ、言ってみなさい』


 ヴァーユイシャは身体を屈め、私達と同じ目線に顔を下げる。


「あなたは何故、ここへ来たのですか?」


 最初から本題を言っては不思議がられると思い、まずはやって来た理由を訊いた。


『古き友の最後の頼みでやって来た。風を継承して欲しいと言われてな』


 アンジェラとリュカオンの遺跡についての話を思い出し、風竜の事を言っていると思った。


「風竜は、絶滅したと聞きました」

『したな。あやつらは代替わりが激しく、竜の中でも進化は速足だ。枝別れし、色濃く血を残すものは、雷竜や嵐竜とでも人間に呼ばれているだろう』


 アンジェラさんの精霊憑きの雷竜の話よりも先に、赤い液体の原料を思い出した。あれは、雷竜の血から作られた。風竜の系譜から進化した雷竜を捕獲した。

 何か意味がある様な気がしてしまった。


「風の継承とは、何でしょうか?」

『先程、君が行った〈浄化〉と呼ばれるものだ。風は、岩や骨すらも風化させる。留まってしまった流れを風によって動かし、時に導き、時にこの世から消滅させる。人間は他の生物に比べ負の想念を生み出し易く、囚われやすい。かつてこの地に住んでいた人間は、風竜の力を借り、鎮魂と浄化を行っていた』


 遺跡が墓地であり、風竜が遺体を食べていた理由がわかった。人々には信仰の概念もあると思うが、この地は負の想念を貯めない仕組みが、かつてはあった。風化の舞のように、昔は色んな所で浄化が行われていたようだ。


「あなたは何故それが出来なかったのですか?」

『神代の終わりを報せた大鷲の断片が、負の想念の溜まり場に蓋をしておってな。開けようとした際に一瞬の隙を突かれ、囚われてしまった。いやはや、不甲斐ない。人間のことは言えんな』


 ヴァーユイシャはため息を着く様に、鼻から大きく息を吐いた。

 大鷲。イリシュタリアの国旗にもなっている精霊王の事だ。


『儂らの風は魔力によって呼び起こされるものだ。囚われた状態では、考えなしに使っては儂の命が危うい。この地に残ってくれた古き妖精〈木精〉が、君と雛の存在を知らせてくれた。君達が来るまでは、溜まってしまった負の想念達の拠り所となり、この領域を汚染しないよう耐え忍ぶために眠っていた』


 木精。呼び名からして、木に宿っているもしくは密接に関係している妖精なのだろう。千年樹が風森の神殿に残っていた事や、私の作った杖に対する口振りから、それが理解できた。


「ダンジョンは魔素を放出する精霊憑きの魔物や神脈、精霊王の遺物を中心に構成されていると聞きました。どうして、負の想念が此処に溜まるのですか?」

『なかなかに聡い子供がいる様だな。確かに、通常の領域はその法則が正しい。ここを含めた3ヵ所はかつてそうであった』


 炎誕の塔は人工的に作られ、のちにダンジョンになった。だから、3ヵ所と言っているのだろう。


『大鷲が、荒廃した大地を再生させる為に一時的に仕組みを変更したのだ。本来は至る所に負の想念は存在するが、微量且つ影響力はかなり弱い。小さなそよ風一つで消える程だ。だが、人間の暦にして800年前の戦争により、溢れかえる程に発生し、大地は汚染された』


 連鎖し、繰り返される人間同士の戦争が負の想念をまき散らすだけでなく、浄化作用のある自然を破壊し尽くす結果を生んだ。

 そして、ヴァーユイシャのように負の想念に囚われ、妖精王の場合は浄化が間に合わず汚染された。狂い果て、最後には反創世を行い、国だけでなく世界そのものを破壊し尽くそうとした。800年前の物語には〈妖精王の誕生〉と書かれていたので、同名の別存在の可能性もあるが、木精が常若の国の玉座が空と言っていたので、同一人物と考えた方が良さそうだ。


『大鷲は自らの身体を引き裂き、負の想念が集まるように仕向けた。生きとし生きるもの達が再び力をつけ、浄化の循環を行えるその時まで4ヵ所に集める、とな。自ら蓋の役割を担いながら領域を豊かにし、浄化の出来るものを集める為に迷宮の礎を作ったのだ』


 姫と精霊王の世界を再生させる為の旅路は、未来の為に行った長い長い祈りのように思えた。


「一時的に変更、と言う事は、遺物に頼らなくても良い時代が来ると言う事ですか?」

『そうだとも。だから、儂が来た。近いうちに群れも来る。遺物は自らの終わりを精霊の子らに伝え、後継を担うモノ達へ知らせたのだ』


 原海の胎国が出来上がったのは、ヴァーユイシャのように浄化の後継者が海にいる為、とそこで理解した。アンジェラさんが遺物に意思があると仮説をしていたのは、正しい答えに最も近かった。

 遺物が蓋の役割をしていた。ゲーム上で見た黒い崩壊は、負の想念による影響だ。

 ゲームの主人公であるリティナは、遺物が封じていた負の想念を解放しただけでなく、浄化を司る筈のボス格の魔物を倒して回った事になってしまう。

 何も知らない子供が悪者に唆されて、災厄やラスボスの封印を解いたような非情さだ。

 魔法使いの師匠は何者だったのか。

 あえて全てを解放し、復活した妖精王を精霊王の力によって消滅させた。その線も考えられる。名もなき多くの犠牲者の事を考えると、結果は正しいが行いは悪となってしまう。

 メインストーリー開催までに会えるか分からないが、話を聞いてみたい。


「レフィードは、なぜ雛と呼ぶのですか?」


 一旦リティナ達への疑念は起き、次の質問をした。


『大鷲の雛だからだ。人の姿に近いのは、君を揺り籠にしているからだろう』


 レフィードは精霊王ではなく、その後継者。4属性を使える時点で何か特別な存在だと思っていたので、そこまで衝撃的な真実ではない。しかし、記憶喪失の理由がわからない。


「揺り籠? レフィードは記憶を失っていて、私の中にそれがあるって……」


 まだまだひよっこ、と言う意味合いには聞こえなかった。


『失っておるのではなく、最初から無いのだよ。君の中にあるのは、大鷲が継承者へ遺した知識や力だ』

『なぜ、あなたにそれが分かるんだ』


 黙って聞いていたレフィードが口を開いた。


『この子らがそう言っておる。儂には真実かはわからんよ』


 ふわりふわりと様子を窺うように、光の玉が羽毛の中から現れる。それを見て、レフィードはどこか歯痒そうな表情を浮かべた。同胞から何か感じ取れるものがあるのだろう。


「あ、あの、その子達は、レフィードが交わした約束の内容を知っていますか?」

『残念だが、この子らは知らんようだ』


 やはり、あの木精のみが知っているようだ。けれど、教えてはくれないだろう。別れ際に、〈きっかけは作った〉と言っていた。きっと、約束の内容を自ら知る為のきっかけだ。

 これは、レフィードにとって精霊王になる為の試練だ。


『儂が思うに、雛は大鷲の軌跡を辿った方が良い。大鷲が何のために、何故自らの身体を引き裂いてまで世界再生を願ったのか。それを知る事が、その〈約束〉に繋がるのではないか?』

『そうだな……』

『儂のようにヘマをしてしまう継承者がいる可能性もある。親の尻拭いとはちと違うが、確認して欲しい』

『そちらが本音か!』


 ムキになったレフィードを見て、ヴァーユイシャは笑い声を出す。


『ホッホッホ! うむ! 雛は健やかに育っておるな』


 ヴァーユイシャは立ち上がり、大きく伸びをする。その姿は、羽の生えた狼のようだ。


『さて、儂はそろそろ断片にもう一度挨拶をしに、行かせてもらおう。続きは、また今度来た時に訊きなさい。相当疲れているだろう?』

「あ……はい。とても疲れています」


 頭は動いていても、立っていられない位疲れているのは確かだ。浄化の時に魔力を使ったのだと思う。

 今日のところは、ダンジョンの存続方法が分かっただけ大きな収穫だ。


「あー! ミューゼリアちゃんとゼノスくん!! やっぱりいた!!」


 アンジェラさんの声が、遠くから聞こえてきた。

 妙に嬉々とした様子でアンジェラさんが走って来た。後ろにリュカオンとキサミさんが見えたが、ずっと走って来たのか2人とも疲れの色が見える。

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