45話 父と学者の話し合いの結果
自分のペースに持ち込むためか、アンジェラさんは突然タメ口になった。
「娘をあなたの弟子に、ですか? ミューゼリアは在学中です」
タメ口の無礼よりも思いがけない話に、お父様は困惑している。知識を教授して欲しいとは思っていたが、そんな話をされるなんて予想外で同じ気持ちだ。
「中退させる気は無いし、ボクと同じ学者にしたくて言っているんじゃない。人間の培った知識を学ぶだけでなく、自らの目で見て感じ、体感できる環境を与えたいんだ。その為の名目として、弟子にしたい」
メイドが持って来てくれたティーカップに満たされる紅茶。皮の手袋を外し、カップを手に取ったアンジェラさんは一口紅茶を飲んだ。
その手つきや動作は流れる様に自然体であり、丁寧且つとても綺麗だ。育ちは無意識に表に出ると言うが、アンジェラさんの場合は風森の神殿で朝食の時に見せた動作に、上流階級を思わせる仕草はなかった。敬語の様に直ぐに対応できるとは思えず、謎が深まる。
「理由を教えてください」
「風森の神殿で出会った時、すぐに施設に向かわず、一旦朝食を摂ったんだ。水分と塩分糖分の補給は重要だからね。そこで、ボクが何をしている人かって話になり、ダンジョンについて色々喋ったんだ」
お父様に追及され、アンジェラさんは話していく。
「話していくうちに、彼女はダンジョン崩壊についてボクに質問をしてきたんだ。この手の話をすると多くの人がダンジョンの成り立ち、発生条件を気にするけれど、崩壊後について考える人は滅多にいない。特に、大人の影響を受け、狭い環境で生きる子供なら尚更。冒険譚や英雄伝説を読んでより拍車が掛かり、魔物は殺すべきと思い込んでいる。でも、ミューゼリアちゃんは違った。柔軟に考えを持てるこの子は、もっと色んな経験をさせた方が良いなって思ったんだ」
アンジェラさんは、私が質問した遺物の事や、冒険者やダンジョン崩壊による町や村への魔物襲来の内容を避けて話をしてくれている。
お母様は故郷を魔物に滅ぼされたが、恨みや憎しみの発言を聞いた事が無い。お父様やリュカオン達護衛兵は、魔物は危険だが悪者の様に言った事は無い。周囲の大人は、私と兄様に事実のみを伝えているだけだった。
私と兄様に考えを押し付けない様に育ててくれているのが、分かった。
「経験って……ダンジョンへ同行させるおつもりですか?」
「ミューゼリアは何でも知りたがる子ですから、気になってしまったのでしょうね。私は、アンジェラ様のご意見に賛成ですわ」
お父様は顔を少ししかめ、少し空気が張り詰めた。しかし、すかさずお母様が賛成した。
私だけでなく、お父様や兄様も驚いている。
「サ、サリィ」
「あら。あなたも、分かっているはずよ。風森の神殿と牙獣の王冠に行きたいって、陛下の前でミューゼリアが言ったのでしょう? 何歳になるか分かれないけれど、いずれは行くようになるのだから、ダンジョンについて熟知している人を講師にお迎えした方が心強いわ」
戸惑うお父様に、お母様は平然と答える。
ダンジョンで酷い目に遭ったのだから、もう2度と行くことを許さない。そう意思を固められていると思っていたが、話を聞く限りお父様もお母様もそうではない様だ。
「え? あっ、もしかして2年前の毒薬事件の時に、褒美にそれを頼んだの?」
林間学校はインデルア学園だから成せた業だが、通常では貴族であっても大型ダンジョンへは陛下の許可が下りなければ入る事が許されない。新聞等の情報から事件について知っているアンジェラさんも、そこは予想外だったらしく私に訊く。
「はい。12歳になったら、許可が貰えます」
「凄いね。勇気がある」
もっと他のものを頼めばよかったのに、と言われそうなものだが、アンジェラさんは素直に私を褒めてくれた。
「デュアスは、どう思っているの?」
「サリィと同じ意見だ。ミューゼリアの意思を尊重したいと思っている。しかし、今回のような事は起こって欲しくはないんだ。今のままでは、その時が訪れた際、信じて送り出せそうにない」
「お父様……」
どちらも親心。きっと私がお父様の立場でも、即座に応えは出せない。
「かくなる上は、ミューゼリアに私の会得した流派を教えようと考えているよ」
「流派!?」
「俺も稽古つけて!!!!!」
斜め上の結論に驚く私と、勢いよく頼む兄様。
「イグルドは前々から稽古する予定でいたから、今は大人しく聞いていなさい」
「はーい。今日はミューの話だから、ずっと大人しくしてるんだ」
若干拗ねたように言いながらも、お兄様の口元は嬉しくて緩んでいる。
学園へ入学出来たら、リュカオンに夏休み等の長期休暇中に剣術を教わろう。そう思っていたが、拳術へ変更されそうだ。いや、お父様は剣術も嗜んでいるから、両方習えるかもしれない。
私の体はもつのだろうか……?
「ミューゼリアは、どうしたい? ここは本人が決めるべきだ」
自分の意見は言い終わった。後は、自分で決めなさい。
そう言うかのように、お父様は私に優しく問いかける。
「私は、アンジェラさんから教授して欲しいです。夏休みに入る前に学園で、お話されていた内容をもっと知りたくなり、図書館で探してみましたが魔素の本以外ありませんでした。その時、再会した際にはもっと話を聞こうと思っていたんです」
「ダンジョンや魔物に対しては、今はどう思っているんだい?」
「怖いです。でも、知っていると知っていないでは、見えるものが違うと思います」
私はお父様の問いに素直に答えた。
ゲームの知識だけでは4つの大型ダンジョンは滅び、エンディング後の2国が疲弊する危険性が徐々に出てきた。精霊王が復活し、大型ダンジョンを復活させてくれる可能性も勿論あるが、攻略候補と幸せになるエンディングでは確認は出来ない。万が一に備える必要がある。
主人公リティナよりもずっと先に動いて、その対策をしなければならない。
「わかった。ただ、こちらにも条件がある。ある程度の技を習得する為には時間が必要だ」
「はい」
「1つ目、陛下からの条件の12歳まではダンジョンへ行かない。2つ目、学園は絶対に中退しない。3つ目は私の稽古とアンジェラさんの授業は、週に一回休日に行う。できるかな?」
「はい! できます!」
私は大きく頷き、お父様は微笑んでくれた。
「あー……そうしたいのは山々だけど、一週間後にはミューゼリアちゃんを連れて風森の神殿に行きたいんだ……」
申し訳なさそうにアンジェラさんは言った。
「何かあるのですか?」
「スィヤクツの群れが住処を移動した理由、あれを調査して欲しいって国から依頼を受けているんだ」
学園やバンガローのオーナーからの報告だけでなく、子供が在学している貴族達からも何か言われたのだろう。
「それならミューゼリアは関わりないでしょう」
「善は急げと言うし、それに来ているあの青年、見覚えがあってね。レンリオスの屋敷からも少し離した方が良いでしょ? だから、ミューゼリアちゃんの護衛を名目に連れて行こうかなって」
お父様はどちらの話に反応したのか分からないが、何かに気づいた様子を見せる。
「……調査を行うのであれば、国からも兵士が派遣されますよね?」
「もちろん。学者1人では調査できないよ」
その答えにお父様はしばらく考えたのち、覚悟を決めたようにアンジェラさんを見据える。
「リュカオンを同行させます。そして、娘を傷一つさせず、家に帰してください」
「わかった。傷付く様な危ない目に絶対に遭わせない。終わったら、ちゃんと送り届けるよ」
真剣なお父様の眼差しに、アンジェラさんはにっこりと口に笑みを浮かべて穏やかに応える。
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