17話 赤い飲み物 (ごく一部修正)
次々と子供達の前にカップが並べられ、水差しから赤い液体が注がれていく。
子供達は静かになり、レーヴァンス王太子から笑顔が消える。
「……?」
私は恐る恐るティーカップを手に取り、その香りを嗅いでみる。
「うっ……!?」
頭の中で警鐘が鳴り響く。
これは危険だと本能が拒絶反応を示し、私は即座にティーカップを置いた。
鉄分に混じり、腐ったような鼻を突き刺すような異臭。こんなもの飲み物ではない。これを飲ませようとするなんて、どうかしていると思う。しかし、当然のように提供されたと言う事は、習慣的に貴族の子供達は飲んでいる。
周りの反応はかなり悪いが、飲むべきなのだろうか。
「まっっっっっっず!!!! おえっ!!!!」
沈黙する会場に、兄様の声が響き渡る。
兄様は立ち上がると、庭の片隅で座り込む。貴族の子供達の護衛として待機してたリュカオンが即座に兄様の元へ行き、同様に医師も急いで向かった。私も立ち上がり、兄様の元へ走る。
「リュカ。俺、体の中が凄いざわざわして気持ち悪い!!」
「魔力の循環が一時的に乱れています。呼吸を整え、落ち着きましょう」
「兄様!」
座り込む兄様は体が震え、顔は血の気が引いている。飲んだ量が少量であり、すぐに吐いたおかげで、呼吸を整えていくうちに徐々に回復していく。
「ミューは、飲んだか?」
「とても嫌な臭いだったので、飲んでいません」
「そっか……よかった」
兄様はそれを聞いて安心した様子を見せたが、すぐさま持って来たメイド達を睨んだ。
「リュカの話を聞いたな? あんなものを子供に飲ませていたら、二度と魔術を使えないどころか、死んでしまうぞ」
兄様とリュカオンの先程の発言に皆が騒めいている。
国民に比べ、貴族の子供は魔力を持って生まれてくる確率がかなり高い。魔力は血液の循環と同じように、体内を巡っている。それが乱れたとなれば、臓器や血管が傷付くだけでなく、魔力が制御できず暴走する危険性がある。最悪の場合、一部の箇所で蓄積され続ける魔力が外に出ようと肉体を食い破りかねない、兄様の言うように、一歩間違えば死んでしまう。
「……やっぱり、おかしいんだ」
「我慢して飲んでいたけど、やめた方が良さそうだね」
「うん。でも、お母様は信じてくれるかな……」
周囲の子供達はひそひそと話しながら、不安そうにカップの中身の赤い液体を見る。
「すまないが、この飲み物は撤去してくれ」
レーヴァンス王太子は直ぐにメイド達に指示を出す。メイド達は恐縮しながらも、どこか躊躇いを見せている。
「この生誕祭の主役は私である事を忘れてはいないか?」
念を押すようにレーヴァンス王太子が言うと、メイド達はすぐに撤去を開始する。
「今は安定していますが、何かのはずみで乱れる可能性があります。念の為、調整剤を処方しますね」
医師は兄様を診察した後、診療鞄から透き通った黄色の液体が入った小瓶を取り出す。
子供は未熟な体なので、うまく排出が出来ず溜め込んでしまうだけでなく、魔力の循環に乱れが発生しやすい。また、高齢になると不規則に乱れる場合もある。薬草の中には循環を整える作用がある成分があり、調整剤は一般的に普及している。
「兄様。お休みになられた方が良いです」
「ミューを一人にはできないだろ」
ガラスのコップに入った水を一気に含み、口内を濯いだ兄様は、私の話をきっぱりと断る。
自分は元気だ、と言うように身体を動かして見せる兄様だが、私は心配で仕方がなかった。普段の兄様は、病気とは無縁の健康体だ。そんな人が顔を青くして苦しそうにするなんて、非常事態だ。
「私は、兄様の体が心配です」
「でも……」
兄様が答えに迷っていると、レーヴァンス王太子がやって来る。
「イグルド殿。君は大事を取って休んだ方が良い。令嬢は、会が終わり次第、私が責任もって送り届ける」
「……殿下。お騒がせをして申し訳ありません」
「こちらこそ、すまない。私の配慮不足だった」
レーヴァンス王太子に言われては折れるしかないと判断したらしく、兄様は深々と頭を下げた。
そして、兄様はリュカオンと一緒に退席し、私は自分の座っていた席へ戻った。
「あの、ミューゼリアさん」
戻ってくると、取り巻きの女の子の一人が心配そうに聞いてくる。
「以前、あの飲み物の臭いを嗅いだだけで気分が悪くなったことがあるんです。ミューゼリアさんは、大丈夫でしたか?」
「直ぐに嗅ぐのを辞めたので、身体は平気です。先ほどの飲み物は何でしょうか?」
「あれは……開発された子供の持つ魔力の成長を促す飲み物、とお母様から聞きました。少し前から飲み始めましたが、お薬のようなものです。1人1人飲む量が違うので、それぞれの家で飲んでいます。あのように皆に配膳されたのは驚きました」
魔術大国であるイリシュタリアでは、子供が高い魔力を持ち早くから多彩な魔術を使えることが親の有能さを示すステータスとなる。そう魔術の講師から聞いた事がある。魔力や魔術に依存しない家系なので気にも留めていなかったが、貴族達は率先して子供達に教育をしているようだ。
私と兄様を除いて、皆があれを飲んだことがある事から、王都やその周囲でも流行っていると考えて良いだろう。
「ミューゼリアさんのお兄様は、あの薬が体に合わなかったのでしょうね……」
もう一人の女の子はそう言いながらも、どこか羨ましそうだ。
「とても人が飲めるようなものではないと思います」
「で、でも、実際にこれを飲んで魔力の量が増えた子がいるんです」
「そうですよ! 効果は確かに……」
私の言葉に、2人が慌てて反論した時、
「3人とも、この話はおしまいにしましょう」
シャーナさんが止めに入った。その声は、穏やかでありながら先程とは違い圧を感じる。
「殿下のお祝いの席なのだから、喧嘩は駄目よ」
「そうですね……申し訳ありません」
「も、申し訳ありません」
2人は直ぐに謝るが、私はその様子が引っ掛かった。本当は聞きたい事が沢山あったが、シャーナさんの言う通りお祝いの席では似つかわしくはない内容なのも確かだ。
「こちらこそ、申し訳ありません。兄が心配なあまりに、つい熱くなってしまいました」
今はこの場に合わせて、後ほどレフィードに訊いてみよう。魔力の存在に近いレフィードなら、その異様さを説明してくれるはずだ。
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