16話 王太子へのプレゼント (ごく一部修正)

 レーヴァンス王太子は不思議そうに見つめながら、それを手に取った。


「木のペンダント?」


 金のチェーンに通された直径4センチある円形の木のペンダント。

 それが私と兄様がレーヴァンス王太子へ贈るプレゼントだ。


「木で出来たペンダントですって」


 ある令嬢とその周りの女の子達がクスクスと笑っている。しかし、シャーナさん達の声は一切聞こえない。

 子供だけでなく、周囲の兵士や達の目が、私達をより見下げているように感じされた。


「ミュー。頑張れ」


 兄様が小声で私を励ましてくれる。ペンダントについて聞かれるのは確実だろうと思い、説明を用意していた。私は一呼吸すると話し始める。


「我々の領地では、誕生日になると大切な人へ木彫りのペンダントやブローチを送る風習があります」


 プレゼントは大人と子供別々に渡さなければならないとお父様から聞いた際、即座に兄様はペンダント作りを提案した。私も名案だと思い、賛成をした。

 ゲーム本編のレーヴァンス王太子は、想いの籠った手作りのアイテムを好んでいたからだ。攻略ルートでは、ダンジョンでは前線で戦う彼の為に、リティナが防御魔法を付与した手製のブレスレットを贈るイベントがある。肌身離さず持ち歩き、幼馴染に裏切られた時にもこのブレスレットが彼を支え、ギリギリのところで耐えていた。


「贈る相手の健康を願い、災いが降りかからないよう祈りを込めながら、自らの手で模様や動物の絵を掘ります」

「へぇ。これは、君が彫ったの?」

「2人の合作になります。私が大まかな彫刻を行い、羽などの細部を兄様が担当をしました」


 ペンダントには、鷲が彫られている……はずだ。

 まだ子供には刃物は危ないと両親から言われていたので、今まで私達は彫刻をしたことが無かった。パーティ出席を決めた4ヵ月前から、麓の町の彫刻家に依頼し、私と兄様に教授をしていただいた。猛練習の末、3週間前に完成した。彫刻家の先生からは、良い出来であると褒めてもらい、私達も上手く出来たと思っているが、一級品に囲まれ目が肥えている王太子にどう映っているのか分からない。

 鷲ではなく、アヒルに見えていたらどうしよう、と思う。


「すごい! この木目は千年樹ですね!」


 その時、レーヴァンス王太子の従者として隣に立っていた亜麻色の髪をした男の子が、驚きつつ興奮した様子で言った。ゲーム本編では裏切る彼だが、今はそのような片鱗が見当たらない。

 

「この木が? 偽物ではないか?」

「あっ、そうですね。その可能性も……」


 王太子の冷静な言葉に、男の子は我に返った様子で言う。

 千年樹とは、かつて王国全土に自生していた樹木だ。800年前の戦争で多くの植物が枯れた中でも生き残り、千年樹によって地面に過剰に溜まっていた魔力が吸い上げられ、土が浄化されたと記録に残っている。

 千年樹の大きな特徴はその断面だ。成長輪とも呼ばれる年輪に沿うように、薄い結晶の層が存在する。イレグラ草同様に、吸い上げた魔力による結晶化だ。その結晶の魔力の属性を調べると、干ばつや大規模な火災、洪水等の痕跡を見つけることが出来る。千年樹は一時的に発生した過酷な環境を、活用する。洪水による過剰な水属性の魔力を結晶化させ、干ばつの際にはそれを水へと変換させる。火災が起きれば、干ばつの際に吸収した風属性の魔力を身に纏い、火の流れを変えることで身を守る。

 災害によって悲惨な情景になろうと、青々と葉を茂らせ平然と聳え立つ千年樹は人の心を支えた。

 しかし、千年樹は魔力の結晶化によって、シャンティスの様に他の木々に比べ成長が遅い。800年前の国復興の時代には、まともな木材が千年樹だけであった。頻繁に伐採され続けられた結果、現在では千年樹はダンジョン〈風森の神殿〉にのみ自生している。


「箱の裏面をご覧ください。鑑定機関の焼き印がございます」


 兄様はそう言って、木製の宝石箱の裏面を見せる。そこにはペンを咥える梟の焼き印がされている。これは王国が公認する鑑定機関が、本物であると鑑定結果を出した際に押される印だ。

 現在、千年樹は現在国で手厚く保護され、伐採が固く禁じられている。流通はほぼ無く、杖などに加工された品が、ごく稀にオークションに掛けられる位だ。目玉商品となるが、出品が十年に一度あれば良い程の希少さから、本物を知る人は少ない。なので金を儲けようと目論む悪い奴らによって、木材と魔鉱石を加工した偽物が多く出回ってしまっている。その様な経緯があり、本物であっても鑑定書が必須となっている。

 私達が彫刻をした木材自体の鑑定書は勿論あるが、ペンダントに加工後改めて鑑定をしてもらい、確たる証拠として箱に焼き印をしてもらっていた。


「確かにこれは、国家公認の鑑定機関の印です」


 男の子は素直に頷く。


「我々の一族には、誕生日に贈る木製のペンダントの他に、当主となる男児が成人を迎えた際、祝いの品として千年樹のブローチを贈る習わしがあります。4代前のレンリオス家当主が千年樹の流通の減少に気づき、伝統が潰えない様に先手を打って確保していたそうです」

「へぇ。宝石でその様な話は、時々聞くよ。なるほど……」


 兄様の説明に、レーヴァンス王太子は納得をする。

 王太子へ贈るペンダントを作るので特別な木材が欲しい、と2人でお父様に頼んだところ、古い倉庫から丁寧に布で巻かれた千年樹の木材を出してもらった。彫刻家の先生は卒倒する程に驚き、私達もその木材の凄さを知った時には、彫刻刀を入れるのをかなり躊躇った。


「千年樹、か。こうして間近でも見るのは、僕も初めてだ」


 鑑定機関の印を見て、信頼できると判断した王太子は、まじまじとペンダントを見る。


「2人とも、僕の為に作ってくれて、ありがとう。お守りとして、大切に持ち歩かせてもらうよ」


 彫刻についての感想は言ってもらえなかったが、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。その表情を見ただけで、私は満足だ。


「喜んでいただけて、光栄です」


 兄様も彼の笑顔をみて満足そうだ。

 そして、次の子の番になり、私と兄様は箱を従者の男の子に渡し、レーヴァンス王太子に挨拶をするとその場から離れた。


「とても上手に話せていましたよ」


 私が席へ戻ってくるとシャーナさんは、にこやかに言ってくれる。取り巻きの二人は何度も頷いている。シャーナさんは皮肉ではなく、本心で言っているようだ。自分では気づけていなかったが、彼女達から見ると緊張でカチコチに固まっていたのかもしれない。


「ありがとうございます……とても緊張しました」


 肩の荷が下りたおかげで、顔の表情も緩んでいく。


「そうだわ。今度……」


 シャーナさんが話そうとした時、沢山の配膳のワゴンが会場にやって来る。新しいお菓子が来たのかと思ったが、その上にはティーカップが並んでいる。そして、最後にやって来たワゴンの上には、赤い液体が入ったガラスの水差しがテーブルの数だけ置かれている。

 薔薇の紅茶や苺のジュースにしては赤色が濃い。


「あれは、なんですか?」


 何も知らない私はシャーナさんに聞くと、彼女の顔が真っ青になっていた。それは、取り巻きの女の子達も同じだ。

 

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