第57話 怜と美咲 その2

 彼女は再びあたしの隣に腰掛けると、手に持った缶ジュースの片割れを渡してきた。

 それは何の変哲も無いオレンジジュースであり、あたしはお礼を言いつつ、プルタブを開ける。

 そのまま口をつけようとしたところで、花咲先輩が横から顔を近づけてきて、耳元で囁いてくる。


「一緒に飲もっ」


 その吐息は熱を帯びており、あたしは思わず背筋がゾクッとした。あたしは初めて自分の体にお兄様の血が流れていることに恐怖を覚え、同時にお兄様のことを心の底から愛しているはずの彼女に対して、畏怖に近い感情を抱く。

 そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、花咲先輩はジュースを口に含むと、あたしの口に強引に押し付けてきた。


「キミからも橘くんと同じ味がする」

「ぐうっ!」


 あたしは必死に抵抗するものの、彼女の腕力は思ったよりも強く、押し切られる。

 口の中に注ぎ込まれる唾液混じりの甘酸っぱい液体を吐き出すこともできず、あたしはゴクリと喉を鳴らして受け入れてしまった。

 彼女はあたしの口の端からこぼれ落ちる雫を指先で拭うと、満足げに微笑む。


「うん、美味しいね」


 その言葉にあたしは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「もう、冗談はいい加減にしてください」


 あたしが怒りをあらわにして花咲先輩を睨みつけると、彼女は平然とした様子で言う。

 そこには普段見せることのない嗜虐的な笑みが浮かんでいた。

 あたしは思わず後ずさりをするが、花咲先輩は構わずに距離を詰めて来る。その圧力はまるでコンクリートの壁であり、逃げ場はない。

 やがて、あたしは壁に追いやられると、彼女の手が頬に触れてきた。

 あたしが反射的に振り払おうとすると、花咲先輩は手を離すどころか、あたしの顎を持ち上げる。

 彼女の瞳には獲物を追い詰めた獣のような鋭い眼光が宿っており、あたしは本能的危機感を覚えるも逃げることができない。

 彼女はあたしの顔に自らの顔を近づけてくる。

 あたしはせめてもの抵抗として目を閉じた。


「ねえ、キスしようよ」


 花咲先輩はそう言うと、あたしの唇を塞ぐように優しく触れ合わせてくる。

 あたしは目を閉じることができず、ただされるがままになっていた。

 最初は軽く触れるだけだったのが、徐々に舌先が伸びてきて、あたしの口の中へと侵入してくる。

 生暖かい感触に体が震えるも、拒絶することができない。

 あたしと彼女は互いの宝石のような輝きを持つ眼を見つめ合いながら、濃厚な口づけを交わす。


「……ぷはぁ」


 しばらくして、花咲先輩は名残惜しそうに口を離すと、小さくため息を漏らした。


「ごめん、ちょっとやり過ぎちゃったかも」

「そもそも、あたしはお兄様ではありません!」


 血を分けた兄妹とはいえ、あたしをお兄様と重ねてはスキンシップを求めてくる花咲先輩のお兄様への愛は計り知れない。

 花咲先輩はあたしの言葉に首を傾げると、何を言っているのかわからないという表情を見せる。

 そして、あたしの体をまじまじと見回すと、舌舐めずりをした。

 お兄様の血を色濃く引き継いでいるあたしの体。これにはお兄様を崇拝するあたしは当然何度も欲情し、時折自分で自分を貪って慰めたこともある。

 花咲先輩はあたしの首筋や胸元、太股などを撫で回しながら、妖艶な視線を送ってきた。

 彼女はあたしの耳元で囁く。


「欲しい?」


 それはあたしの心の奥底にある欲望を刺激するような甘い声だった。

 彼女の手つきはあたしを誘惑するように厭らしく動いている。

 このままでは流されると思ったあたしは、慌てて立ち上がり、その場から離れようとする。

 しかし、それは叶わなかった。

 花咲先輩の手があたしの腕を掴むと再び壁に押し付けられ、身動きが取れなくなる。

 吐息から感じる熱はまるで燃え盛る炎のように激しく、あたしは思わず息を呑んだ。


「逃がさないよ」


 花咲先輩はあたしの耳元で囁きかける。

 その言葉はまるで麻薬のようにあたしの体を蝕んでいき、思考力を奪っていく。別に花崎美咲の体に欲情しているのではない。例によってあたしは自分の体に興奮していたのだ。

 あたしはお兄様に抱かれたいと思っているのであって、決して自分自身を抱きたいわけではないが、なかなかお兄様に仕掛ける機会には恵まれない。いっそのことお兄様になりたいと思うくらい、それがもどかしい。

 花咲先輩はあたしが頭を悩ませているにもかかわらず、足の間に自分の足を滑り込ませてきた。


「キミのことも好きだなぁ」

「ちょっ……」


 花咲先輩はそう言ってあたしの頬にキスをすると、そのまま首筋に吸い付いてくる。

 彼女はまるで猫がマーキングをするかのように、あたしの肌の上に唾液を塗りつけていった。


「待ってください」

「どうして? 痛いことは何もしないよ」


 幸い、夕闇に沈むこの公園に人影は無く、多少荒事になろうと目撃されることは無いだろう。

 あたしは花咲先輩から逃れるべく、必死に抵抗するも、彼女は一向に放してくれる気配はない。

 むしろ、彼女はあたしの抵抗を楽しむように笑みを浮かべていた。


「ほら、こっちにおいで」


 花咲先輩はあたしを引き寄せると強引に体中を触り、気持ち良さであたしを黙らせようとしてくる。

 あたしは快楽に流されまいと歯を食い縛るが、彼女の指先があたしの敏感な部分に触れるたびに力が抜けてしまいそうになる。

 彼女のテクニックは凄まじく、あたしは瞬く間に骨抜きにされてしまっていた。

 やがて、あたしは抵抗することを諦めて花咲先輩に身を預けると、彼女は満足げに微笑む。

 そして、彼女はあたしに顔を近づけてくると、キスを求めてきた。

 あたしは目を閉じてそれを受け入れると、舌を絡め合う濃厚な口づけを交わす。

 あたしの口内を蹂躙するような激しい口付けに頭が真っ白になり、何も考えられなくなってしまう。

 ようやく解放されたときには、あたしはすっかり腰が砕けており、一人で立っていることすらままならない。


「手を貸してあげよっか」


 差し出してきた彼女の手をあたしは振り払う。あたしはあくまで彼女とお兄様を共有するところまでを許しただけで、馴れ合うつもりは決して無い。

 あたしは自力でベンチに座り直すと、乱れた衣服を整える。

 そんなあたしの様子を見て、花咲先輩はクスリと笑うと、隣に座ってきた。

 あたしは警戒心を強めるが、花咲先輩はあたしの肩に腕を回してくる。

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