第58話 お兄様の優しさ

 彼女からはシャンプーの香りが漂ってきている。柑橘系のそれは風に乗ってあたしの鼻腔を刺激した。良い匂いだが、花崎先輩から香っていると思うと嫌な気分だ。


「ねぇ、今日はもう遅いから送っていこうか」

「嫌です」


 即答したあたしの言葉を聞いて、花咲先輩は少し悲しげな表情を見せた。


「そっか……残念だね。でも、また今度ゆっくりしようよ」

「お断りします」

「えー、いいじゃん」


 花咲先輩はあたしの腕を掴むと強引に立ち上がらせる。


「放してください!」

「ごめん、無理。わたし、諦め悪いんだよね」


 結局、あたしは花咲先輩の強引さに屈してしまう形で一緒に帰ることになる。

 そうして花咲先輩はあたしを家の前まで送り届けた後、別れ際にこう言ってきた。


「兄妹丼、楽しみにしているから」

「……」


 その言葉を聞いたあたしは無性に腹が立った。あたしもお兄様も花崎美咲のおもちゃでは断じてなく、あくまで対等な関係なのだ。

 勘違いしているようなので、あたしははっきりと言ってやった。


「花崎美咲、あんたがお兄様をおもちゃ扱いするならあたしは絶対に許さない。あたしとお兄様の邪魔をする奴は協定があろうが誰だろうと潰す」


 協力はしても魂まであんな奴に捧げるつもりは毛頭無い。あたしの決意を秘めた宣戦布告を受けても、花崎美咲が揺らぐことは無かった。


「ふぅん、そう。わたしとしては心から謙りたい橘くんはともかく、妹ちゃんとは対等でいたいんだけどな」

「どうだか。言葉だけで信じられるわけないじゃん」

「言葉でも信じてもらえないならどうしようもなくないかな」

「ふん、せいぜい頑張ってみてよ。あたしは絶対、お兄様と寝取るけどね」

「そう簡単にいくと思って?」


 あたしたちはお互いを牽制するように睨み合い、そして同時に背を向ける。

 協定を結んだとはいえ、あたしと花崎美咲との間には未だに埋められない溝があり、完全に心を委ねる気にはなれない。

 あたしは花咲先輩の背中に視線を向けた後、自宅の玄関へと入っていく。

 

「ただいま帰りました。お兄様」

「お帰り……土下座なんてしなくても良いんだぞ」


 お兄様をあたしごときをわざわざ迎えるべく、玄関に来て待っていてくださった。この御恩に報いるため、あたしはお兄様に頭を下げ、靴を脱ぎ土下座をする。

 お兄様は照れながらあたしに土下座をやめるように言うが、あたしの忠誠心は揺るがず、ひたすらに謝意を伝える。


「申し訳ありません。お待たせしてしまったようで……」

「いや、たまたまこの時間に帰ってくる予定だっただけだ。気にしなくて良いよ」


 お兄様の優しさにあたしは感動しながら、立ち上がるとリビングへと向かう。

テーブルの上には夕食が用意されており、あたしの好物であるオムライスだった。

 席に着き、いただきますと会釈をしてから、スプーンを手に取って食べ始める。

 卵のまろやかな味わいが口の中に広がり、幸せを感じていると、お兄様が話しかけてきた。


「今日は遅かったみたいだけど、何かあったのか?」

「別に何もありませんでしたよ。ただ、花咲先輩に捕まって、色々と面倒ごとに巻き込まれただけです」

「はあ、あの人おっとりとした見た目に反して強引だからな」


 そう言ってお兄様は苦笑すると、あたしの頭を撫でてくださった。

 花崎先輩の強引さにはほとほと呆れるばかりであり、お兄様に同意する。


「全くですよ。ああいう人は苦手です」

「まあ、悪い人ではないんだよ。オレも時々、弁当を作ってきてくれたりするし」

「お兄様のお口に合えば良いんですけどね」

「大丈夫だよ。花咲さんの料理は天下一品なんだ。味は保証するよ」


 お兄様は花崎先輩の料理を褒められ、嬉しそうな顔をされる。あたしはそんなお兄様の顔を見て、ちょっと嫉妬してしまう。

 あたしの料理だって美味しいと褒めてくださるが、あの女の料理を同列に語るのがどうにも受け入れ難く、つい棘のある口調になってしまう。


「ぷいっ、お兄様なんて知りません」

「花咲さんのことを褒めたのがいけないのか?」


 あたしを困らせている自覚はあるようで、それがまたあたしの心をささくれ立たせるのだが、それでもお兄様は変わらずに接してくれる。

 これがまた嬉しくて、つい甘えてしまうのだ。

 あたしはその後もお兄様との幸せな時間を過ごし、お風呂に入る頃にはすっかり機嫌が直っていた。あたしってお兄様にはかなりチョロいようだ。

 入浴を終えた後、お兄様と一緒に寝室へ向かう。ベッドの上でお兄様と抱き合いながら横になり、あたしたちは他愛もない会話を続ける。

 やがて、あたしからともなく唇を重ね、キスを交わす。

 最初は軽いものだったが、次第に激しくなり、舌を絡ませ合うような濃厚なものとなる。

 パジャマを乱れさせるのも厭わず、あたしは決して許されない領域へと足を踏み入れ、お兄様を快楽の海へ溺れさせていく。


「ちゅっ……んふぅ……はぁ……♡」


 あたしはお兄様とキスをしながら、彼の胸板に手を当ててまさぐる。

 服越しではあるが、その温もりはしっかりと伝わってくる。もっと深く繋がりたくなって、あたしはさらに密着し、体を擦りつける。

 布地の少ない薄いナイトウェアは簡単に脱げてしまい、あたしの裸体が露わになる。

 お兄様のためだけに育てた、白く透き通るような肌と、そこそこあるバストとヒップはお兄様を興奮させるらしい。

 あたしも自分の体でお兄様を昂ぶらせることができ、内心ほくそ笑む。


「怜の体、やっぱ気持ち良い」


 お兄様はちょっとクズが入っていて、欲望に忠実な一面がある。もちろんお兄様を愛するあたしはこの面を有効活用させてもらい、彼の背中に腕を回して抱きつく。

 あたしの柔らかな肢体の感触をお兄様に堪能させてあげる。

 お兄様の手があたしの足を舐めるように這い回り、やがて太腿まで到達する。お兄様に触れられるととても心地よくて、思わず甘い吐息が出てしまう。


「あんっ……」

「可愛い声だね」


 あたしの誘惑でスイッチの入ったお兄様はあたしの耳元で囁くと、そのまま首筋に吸い付いてきた。チクリとした痛みが走り、痕が残るくらい強く吸われると、背徳的な快感を覚えてしまう。


「あっ、そこぉ……」

「ここが良いんだろ?」

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