第45話 開幕



「…………お兄様、私に何か言うべきことがあるんじゃありませんか?」


 妹は突然にオレに問いかけてくる。


「怜に言いたいこと? 特に思いつかないんだが……」

「先輩とメッセージのやり取り、しましたよね」

「あぁ、したけど」

「どうして私のことを放置して、他の女と楽しく会話なんてしているんですか」


 そう言って妹はオレの首元に噛み付いてきた。

 痛みが走ると同時に、彼女は首筋に舌を這わせてくる。

 それは獲物を捕食する肉食獣のような動きで、オレの肌に鋭い牙を突き立てる。

 彼女はそのままオレの血を飲み干すと、今度は傷口に吸い付くように唇を密着させてきた。

 オレは抵抗せずに、されるがままになっていると、彼女は満足げな笑みを浮かべた。


「あたしを放置してぞんざいに扱うのは良いですよ。でも何の言葉も無しに放置はあまり好きではないんです。どうかお願いですから、あたしの存在価値を消さないでくださいね」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ彼女の目尻からは、笑顔に混じって涙が流れていた。

 オレは彼女の頭を撫でると、優しい声で語りかける。


「怜のことは大切だと思ってるよ。でもお前が望むような愛情表現をするのは難しいんだよ。許してくれないか?」


 ハーレムはまあ嬉しいんだが、好感度が行き過ぎた少女が三人集まれば修羅場は避けられない。


「……別に怒ってはいません。ただ寂しいだけなんですよ」


 ハーレムを所望した途端、オレはハイエナのように自分の体を食い荒らされ、理性を消失するだろう。

 オレはどうしたものかと考えながら、妹を見つめていた。

 妹もオレの目を見ながら、こちらの考えを読み取ろうとしているようだった。

 しばらくして、妹は不意に立ち上がって部屋から出ていったが、すぐに彼女が戻ってきた。手には小さな箱を持っている。指輪を入れるような箱であり、オレはあるものを想像すると同時に唾を飲み込んだ。


「お兄様にプレゼントです。お小遣いを貯めて買ったんですよ」


 箱の中には案の定、指輪が入っていた。それも結婚指輪であり、内側には互いの名前が彫られている。

 妹はオレの手を取ると、左手薬指にそれを嵌めようとする。妹の中では、もうオレたちの中はそれだけ進展しているらしく、彼女の目は期待に満ちている。

 オレは彼女を押し止めると、とりあえず箱ごと指輪を受け取った。


「ありがとう。大事にするよ。でもこれはまだ早いから、今度のデートの時に渡してくれるか?」

「かしこまりました。お兄様」


 妹は残念そうにしていたが、オレの言葉を聞いて納得してくれたのか、素直に聞き入れてくれたようだ。

 オレが彼女の頭を優しく撫でると、妹は嬉しそうに目を細めた。

 妹の好感度は220。一向にほとんど下がることを知らず、上昇を続けている。


「ふふ、お兄様と結婚できるなんて、怜は幸せ者です」


 妹は是が非でもオレと結ばれたいようであり、もはや狂気すら感じさせる。

 この歪んだ執着心は一体どこから来るのだろうか。

 オレはそんなことを考えつつ、妹が部屋を出ていくまで頭を撫で続けていた。



 一日経って体育祭の当日。

 空は雲一つない晴天に恵まれており、絶好のスポーツ日和の中、頭上に230の数字を浮かべる花崎さんは妹のものと似たような指輪の箱を持って来ていた。


「この前妹ちゃんが指輪をキミに渡したのを聞いたんだ」


 箱の中身は当然ながら指輪であり、その表面には妹のものと同様に互いの名前が書かれている。

 彼女はそれを取り出すと、オレにそっと差し出してきた。


「愛しているよ、あなた……」


 照れる花咲さんは可愛いが、いきなり結婚指輪を二日連続で二人から渡されたオレの心境は複雑である。

 オレは彼女の指輪も渋々受け取り、とりあえず机の奥深くに隠すことにした。

 それから花咲さんはというと、陽キャラらしく仲の良いクラスメイトと一緒に写真を撮っていた。

 オレはその光景を見て、何とも言えない気持ちになっていたのだが、そこに妹が近づいてきた。

 彼女はオレに耳打ちすると、他の生徒に聞こえないように囁く。


「今日、お兄様とはライバルですが、お互いにベストを尽くしましょう」


 オレたちのクラスは赤組、妹のクラスは白組に属し、共に優勝を目指して競うことになる。

 妹と花咲さんは多数の種目に出るが、直接対決するのは多学年が交わるリレーのみ。

 運命も彼女たちの戦いの場をしっかりと整えており、粋な計らいを感じられる。


「そうだな。頑張ろうぜ」


 オレがそう言うと、彼女は不敵に笑ってその場から去っていった。

 グラウンドは一般人も入っていてかなり盛り上がっており、家族や友人たちとの思い出作りのために競技に参加している人も多いようだ。

 そんな中で花咲さんは一際目立っている。実行委員かつ、開会式も仕切るらしく、すでにみんなから頼りにされていた。

 彼女は実行委員が集まるテントにおり、そこで待機しているようだ。

 一方の妹はと言うと、やはり目立つ存在だった。

 どの種目にもエントリーしており、運動神経抜群の彼女にとって、活躍しないはずがない。

 特に棒倒しでは中学の頃圧倒的な力で敵を倒しまくっており、MVP候補の一人らしい。その噂が高校でも広まっており、期待が持たれている。

 そしてオレの方だが……あまりこういう肉体系の行事は得意ではなく、どちらかと言えば苦手だ。しかし体育祭自体は嫌いではないので、全力を尽くすつもりでいる。

 間も無く開会式が始まろうとしていた。参加者である生徒たちは組ごとに列を作り、オレもその中に混じっていた。


「これより第34回体育祭を始めます!」


 壇に立ち、拡声器を使って話しているのはもちろん花咲さんだ。

 彼女の掛け声と共に、グラウンドには歓声が響き渡る。


「まず最初に校長先生のお話です」


 そう言って、花咲さんはマイクを手渡すと、校長は挨拶を始めた。

 内容はいつもと変わらない、体育祭を楽しみなさいというもので、長ったらしい話が原因でオレは欠伸をしながら聞いていた。


「次に生徒会長からの挨拶です」


 オレたちとは別のテントから、生徒会長である長門美桜が出てくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る