第20話 花崎美咲

 あら、わたしったらついつい気持ち悪い声が出てしまったよ。でも、仕方がないよね。だって、今日は大好きな橘くんと一緒に遊べたんだもん。

 橘くんはやっぱり優しいね。あんなに優しくされると勘違いする女の子が続出しちゃいそう。

 でも、橘くんはきっとそういう子を相手にしないんだろうな……。ボッチだし。それにしても、今日の橘くんはいつもよりちょっと積極的だった気がする。

 あのファミレスに入る時に手を繋いでくれたり、帰り道で腕を組んで歩いたり。

 今になって思い返すとドキドキしてくる。


「……」


 橘くんの腕の感触を思い出してニヤけてしまいそうになるが、グッと堪える。

ここで表情が崩れたらダメなのだ。わたしはほっこりしたお姉さんキャラを目指しているのだ。こんなところで崩れてはいけない。

 ふぅー、危なかった。危うく、口元が緩んでしまうところだったよ。

それにしても、まさか橘くんとここまで仲良くなるなんて思わなかった。これも全て、日頃からわたしが頑張ったおかげかな。

 いひひひひっ、だめだ。楽し過ぎておかしくなっちゃいそう。橘くんと一緒だと楽しくて時間が経つのを忘れるね。もっと一緒にいたいな。

 明日は家庭教師もあるし、そっちも楽しみだなぁ。


「それに、怜とかいうメスガキも見定めないと……」


 彼の家に行く大義名分を得た以上、そこに潜む不穏分子を放置しておくわけにはいかない。これはわたしにとって大事な問題なんだから。


「まあ、とりあえず今はデートを楽しむか」


 わたしは電車を降りると、スキップしながら自宅への道を急いだ。


「ただいま、って誰もいないか」


 お姉ちゃんは大学の研究室に夜遅くまでいると言っていたし、両親の帰宅は夜中以降になる。当然、家にいるのはわたしだけだ。

 わたしは手洗いうがいを済ませた後、

くつろぐようにリビングにあるソファに座ってテレビをつける。

 テレビなんて大好きな橘くんが観ているもの以外観る価値は無いけど、無音のまま部屋にいるのも寂しいので適当にチャンネルを変えていく。

 どの番組を観ても特に面白いと思えるようなものはない。あまりにつまらないのでスマホに録音した橘くんの音声を聴く。


『好きだ』


 うん、橘くんは可愛い。この前わたしの作ったお弁当に対して言っていたことだが、わたしが作ったんだしわたしが好きって言われてるのと同じだよね。

 わたしは彼から録音したボイスを聴きながら、いつもの橘くんの唾液入りホットミルクを飲み、幸せに浸る。


「ぐへっ、ぐへへっ」


 あぁ、もうダメだ。笑いが抑えられない。

 わたしは気持ちの悪い声を出しながら笑ってしまう。

 だってさ、彼にこんなにも愛されてるんだよ? これを喜ばずにはいられないじゃない。

 音声の彼がわたしのことを好きと言ってくれる度に、全身に電流が流れるような感覚に襲われる。

 胸の奥が熱くなり、頭がくらっとするような感覚。その快感は他では感じたことのないものだ。

 彼はわたしのことを大切にしてくれている。それが分かり、とても嬉しい。

 それと同時に不安にも駆られる。早く他のメス豚どもを駆逐しなければ。

 彼を独り占めにしたい。そんな欲求が湧き上がってくる。

 もちろん、彼と付き合う上でそれはまだ難しいと理解している。

 でも、依然としてわたしの本気度合いが伝わらないのは困ったなぁ。彼はわたしをまるで天上の人を見るような目で見るのだ。人気者を目指した弊害だ。

 もっと、わたしに夢中になって欲しいのに。


「ふぅ……」


 わたしは一息つくと、先ほどまでの気持ち悪い思考を振り払うかのように立ち上がる。

 そして、自分の部屋に入ると勉強机の前に座る。

 ちょっとでも嫌な気分になると、わたしは彼の写真が貼られまくった自室にて、予襲復習に励んでいる。宿題は帰ったらすぐに終わらせている。簡単だし、わたしは縛られるのが苦手なのもあり、真っ先に手をつけるのが日課になっている。


「……よし」


 わたしは今日やった範囲のノートを開く。そこには丁寧に要点をまとめたメモ書きがたくさんある。

 橘くんとの楽しい時間のおかげで集中力が高まっていたため、スラスラとペンが動く。

 今日の分の復習を終えた頃には、時計の針がてっぺんを回っていた。

 時間も時間だし、さらに疲れたので今日はこの辺にしておこうかな。

 わたしはベッドに横になり、目を瞑る。

 明日もまた橘くんと会える。そう思うだけで幸せな気分になれる。ああ、やっぱり好きだなぁ……。

 わたしは心の中で呟くと、そのまま眠りについた。



「はーい」


 昼を少し過ぎた頃、インターホンのチャイムが鳴り、オレは慌ただしい足取りで玄関へ走っていく。

 扉を開けると、そこには家庭教師を約束した花崎さんが立っていた。


「こんにちわ、橘くん」

「こ、こんにちは、花崎さん」

「……?」


 オレが挨拶すると、彼女は不思議そうに首を傾げる。


「どうかしたのですか?」

「あ、いや……えーと」


 オレは彼女の格好を見て戸惑う。

 肩を露出させたオフショルダーのワンピースを着ており、スカート丈も短くて脚が長いことが強調されていて、なんというか凄まじかった。これまでのお淑やかなイメージとは真逆の服装に思わずドキッとして、言葉を失ってしまった。


「変でしょうか」

「そ、そんなことはないよ」

「よかったです」

「とりあえず中に入って」

「はい、お邪魔しますね」


 オレは彼女を家の中に招き入れる。家に入るなり、彼女はキョロキョロと見渡していた。


「これが橘くんのおうち」


 リビングに案内してソファに座ってもらう。

 飲み物を用意するためキッチンへ向かうと、後ろから声をかけられた。


「あ、お茶ならわたしが自分で淹れるよ」

「いいよいいよ。客人にさせるわけにはいかないし」

「う、うん。じゃあお願いするね」


 オレは急須に茶葉を入れお湯を注いでいく。その最中、橘さんとは別の視線がオレに突き刺さる。

 その正体はオレの妹である。


「兄貴、なんで花崎先輩を連れ込んでるの? まさか、ついに手を出したの!?」

「違うって、花崎さんにそんなことはしない」

「でもさっきなんか良い雰囲気だったじゃん!」

「お前は何を言っているんだ。ただ普通に勉強会をするだけだ」

「勉強会ぃ? こんな可愛い先輩と一緒に勉強とか、兄貴はいつからそんなリア充になったんだよ!」

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