第18話 カラオケ


「はぁ……」


 これから彼女と歌うのか。

 そう考えるだけで胸が高鳴る。

しかし、それと同時に不安もあった。

 正直、彼女がどんな歌を歌うか全く想像できない。

 きっと歌姫みたいな可愛い声でバラードとか歌い上げるのだろう。もしくは、ロック調の曲だろうか? もしかするとアニソンかもしれないな。とにかく、そんな感じの歌を楽しそうに歌っている姿が容易に思い浮かぶ。


「お待たせ〜」


 戻ってきた花崎さんが手に持つコップには、メロンソーダが入っていた。


「あれ? それ、好きなの?」

「うん、好きなの」

「そうなんだ」

 

 意外にも可愛らしいチョイスに思わず笑みが溢れる。

 てっきりもっと大人っぽいものを頼むと思ったが、こういうのもありなのか。


「さぁ、早く歌おうよ」

「ああ、そうだな」

「橘くんは何を歌う?」

「えっ!?」


 突然の質問に声が上擦ってしまった。花崎さんがオレのすぐ隣に座ってきた。肩が触れ合い、彼女の体温を感じる。


「どしたの? 橘くん」

「いや、何でもないよ」

「そう? ならいいけど」


 彼女からは柑橘みたいなとても良い香りがし、心臓の鼓動が速くなっていく。

 落ち着け、これはただの友達としての距離感だ。変なことを考えるんじゃない。

 そう自分に言い聞かせて心を鎮めようとするが、一度意識してしまうとなかなか難しいものだった。

 それから一時間ほど歌ったところで休憩を挟むことにした。


「え、えっと……」


 花崎さんは紛れもなく美少女だ。顔、体、性格、どれをとっても非の打ち所がない。

 だから、一緒にいるだけでも緊張するのだ。ましてや密室、しかも二人きり。

気まずい空気の中、沈黙の時間が流れる。何か話さなければと思うものの話題が全く見つからない。

 そもそも、ボッチが女の子と話す機会なんてほとんど無いに等しい。それなりに話はしてきたけど、あくまでそれは社交的な付き合いだ。

 こんな風にプライベートで遊ぶことなんてなかった。だからこそ、何を話せばいいか分からない。


「ねぇ、聞いてもいいかな?」

「うぇっ!? あ、はい。なんでしょうか」


 彼女の頭上に浮かぶ60という数値。これが嫌われ値すると彼女がここまでオレの周りに踏み込むほど積極的であり、おかしい。

 好感度と考えると彼女は社交的に振る舞っているに過ぎず、こっちに関わろうとするのも分け隔ての無い優しさの一環であると思える。


「どうして敬語を使うの?」

「へっ?」

「だって、わたしたち同い年だよ。なのに、いきなり敬語を使ったよね」

「そ、そうだけど……」


 確かに、言われてみれば彼女に迫られた時、無意識のうちに彼女と比べて自分を卑下し、オレの地位は花崎美咲よりも下だと勝手に決めつけていた。

 しかし、よく考えてみるとオレと花崎さんは同じ学校に通うクラスメイトだ。

 仲も程々に良好なわけだし、いきなり敬語を使われたら突き放されたと思われても不思議じゃない。


「その、ごめん。なんか、急に緊張してきちゃって。花崎さんがあんまりにも良い子だったからつい……」

「ふふ、そんなに褒めたって何も出ないよ」

「花崎さんは……その、何でオレと仲良くしてくれてるの?」


 ずっと疑問に思っていたことだった。

 彼女は誰にでも優しい。それこそ、相手がどんな人間であっても分け隔てなく接することができる。

 だが、オレに対してだけは違う気がしていた。ちょっと積極的な気がする。他の子にも十分手厚いから気のせいかもしれないけどさ。


「ふふ、知りたい?」


 花崎さんはニヤリとした笑みを浮かべるとオレの腕をぎゅっと抱きしめてきた。


「ちょっ!?」


 柔らかい感触が腕全体に伝わり、思わず声を上げてしまう。そして、彼女の体温を直に感じたことで心臓が跳ね上がる。


「キミと二人きりでいるとね、天才というしがらみをちょっとは忘れられるからなんだ」


 耳元で囁くように告げられる言葉。

普段の明るい口調とはまるで異なる、少し低めのトーン。

 彼女はおそらく、天才ゆえの苦悩を持っている。綺麗な顔で、凄い頭脳を持って生まれたとしても、それにまつわる苦労が付随することは想像できていた。

 このように、あくまで彼女の様子をちょっと見たのと自分の想像の範疇だったけど、彼女本人による心情の吐露を聞いて、そうしたものは確信へと移る。


「だから、もっと一緒にいたいな。今日みたいに遊びに行ったり、こうして抱きついたり、もっと色んなことをしたいの。橘くんのこと、友達として好きになっちゃったから……」

「花崎さん……」

「あ、今の告白みたいな感じになってたけど気にしないでね! そういうつもりじゃなくて、本当に友達として好きなだけ!」


 顔を赤らめながら慌てて訂正しようとする花崎さんを見て、思わず吹き出してしまった。

 きっと、今までの人生で一番笑えた瞬間かもしれない。


「ありがとう。花崎さんにそこまで評価してもらえて嬉しいよ」

「良かった。断られるかと思った」

「まさか。オレの初めての友達になってくれるんでしょ? 大歓迎だよ」


 オレがそう言うと花崎さんは安心したような笑みを見せてくれた。

 やっぱり、花崎さんには笑顔が似合う。

 きっと、これから先もオレは彼女の明るさに助けられることになるだろう。


 それにしても、花崎さんはカラオケも上手い。想像通り歌声は透き通っていて美しかったし、振り付けも完璧だ。

 もしかしたらアイドル活動もできるんじゃないか? 顔も歌唱力も高いし、ダンスも得意なら人気が出る可能性はある。まあ、大変そうな彼女がそんな重荷を背負うはずも無いけどさ。


「どうかした?」

「えっ?」

「何か考え事してそうな顔してたけど」

「ああ、大丈夫だよ。それより、花崎さんは歌がうまいんだなって思ってさ」

「えへへ、そうかなぁ」


 嬉しさを隠しきれない様子で笑う花崎さん。

 この表情も可愛らしいな。全く、花崎さんは何をしても可愛いとか羨ましさすら覚える。


「あのさ、また誘ってくれないかな?」

「もちろん。いつでもいいよ。あー、でも、次遊ぶ時は事前に言って欲しいかも」

「分かった。連絡するね」

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