第16話 卑しいメス

 わたしに話しかけてきたツインテールの女は神坂晴。わたしの友達と図々しくも名乗っているが、実態は橘くんとわたしを引き裂こうとする卑しいメスブタである。


「美咲ちゃんの荷物、随分大きいね」

「お弁当だよ」

「え、お弁当? どう見ても一人前じゃないけど、誰かと食べるの?」


 晴は快活ゆえに他人のプライベートに土足で踏み込んでくるような無神経なところがある。

 正直、こういうタイプの人間は苦手だ。

 でも、誰とでも分け隔てなく接するのが花崎美咲という人間であり、わたしは作り上げた自分のキャラに沿おうとするべく、晴に友好的な態度を演じている。

 それにしても今日のわたしは機嫌が悪い。このメス豚がいつまでも付き纏ってくるからだ。

 橘くんとの時間を奪った上に、ちょろちょろとわたしの周りをうろつく。

 そろそろ鬱陶しくなってきた。早く消えてほしいものだ。


「今日はね、橘くんとお昼を食べるんだ」


 わたしは隠したい内心とは裏腹に、笑顔でそう答えてしまう。

 わたしが橘くんを好きなんてことがバレたら大変なのに、あまりに苛ついてしまってか後先考えない振る舞いをしてしまう。過ちに気付いた時には、すでに後の祭りだった。


「へえ、橘くんって大和って人のこと?」

「う、うん」

「美咲ちゃんは優しいな。あんなボッチに同情してあげるなんて」


 どうやら難所は乗り切ったようだ。何を勘違いしてか、彼女はわたしが橘くんに同情しているだけだと解釈していた。

 それにしてもこのメス豚は本当にうるさい。橘くんが可哀想だと思わないのか。

 教室に入ると、すぐに橘くんの姿を見つけることができた。

 彼はわたしの姿を捉えるなり、こちらに向かって手を振ってくれる。

 可愛い。思わず頬が緩みそうになる。

わたしは平静を保ちながら、彼の元へと向かう。

 わたしの周りにはわたしの友達を名乗るゴミが群がってくる。

 わたしの友達兼恋人は彼だというのに、なぜこの連中はわからないのだろう。

 きっとネズミよりも知能が低いから仕方がないのかもしれないが、わたしにとってはいい迷惑だ。

 虫どもはわたしにカラオケに行こうだのドラマ見ただの宿題写させろだの、わたしを取り囲んだ挙句、手を煩わせる。

 一刻も早く追い払いたいところだが、完璧で優しい花崎美咲の人物像の造形上、迂闊に切り捨てることもできない。

 わたしは話を聞くフリをして彼ら、彼女たちを適当にあしらいながら時間を過ごしていく。

 ようやく授業が始まる。

 ここから彼に魅せる、わたしの完璧な花崎美咲としての一日が幕を開ける。

 わたしは授業では積極的に手を挙げる優等生を演じており、その甲斐あって先生からの覚えも良く、クラスのみんなからも信頼されている。

 わたしの理想とする花崎美咲としてのイメージが今日も固まってきたところで、わたしは彼に向けて軽くスカートを捲り上げ、今日履いてきたピンク色のパンツをチラリと見せる。

 すると、橘くんは顔を赤らめながら慌てて視線を逸らす。そんな彼が可愛くて愛おしくなり、ついイタズラしたくなる。

 わたしは席を立ち上がって、彼の元へ歩み寄る。


「橘くん、大丈夫?」

「う、うん……」


 ボッチの彼には当然女性への免疫が無く、わたしのような美少女が近くに寄ってきただけで顔真っ赤にして照れちゃうようなウブな男の子だ。

 それがとてもいじらしくて可愛らしいのだけれど、この前みたいにやり過ぎないように気をつけないと嫌われてしまいかねない。

 

「橘くんは分からないところあるかな」


 あくまで優等生として、お淑やかに、強かに彼の心を掴んでいく。


「えっと、ここがよくわかんなくて」

「ここはね……こうしてこうするんだよ」

「あ、ありがとう。花崎さん」


 橘くんは常日頃からのわたしのアドバイスのおかげもあってか、どんどん理解を深めていっている様子だ。

 彼の成績はどちらかと言うと上の方で、理解力はなかなかのもの。一人で何でもかんでも背負う悪癖のせいで、潜在能力が発揮されていないだけなのだ。

 わたしが彼の家庭教師になれば、すぐに成績アップ間違いなしである。

 そうすれば彼ともっと親密になれるはず。わたしは内心ほくそ笑むのであった。


「ねえ、このままだとキミとわたしの予定に折り合いがつかないことも多いし、家庭教師とかどうかな」


 放課後になり、わたしは彼の耳元で甘く囁くように言う。本当は今すぐ同棲したいくらいだけど、いきなりは流石に引かれてしまう可能性がある。まずは外堀を埋めるところから始めなければ。


「え!? そ、それはちょっと、花崎さんに教えてもらうなんて大層なこと、無理だよ」


 彼は困ったような表情で首を横に振る。

 まあ、わたしの完璧なステータスに遠慮しちゃうのも無理無いか。

 でも、これから毎日勉強を教えてあげれば、いずれわたしのことを好きになってくれるに違いないよね。

 わたしは自信満々に微笑みかける。


「大丈夫だよ。キミはやればできる子なんだから、一緒に頑張ろうよ」

「そ、そうだね」

「じゃあ、明後日から早速始めるからね!」

「う、うん」


 やった!これで彼の家で二人っきりの時間が増えるぞ。わたしは心の中でガッツポーズを決めるのだった。

 彼の家に行く大義名分がこれでできた。これからはもっと親密になれる機会が増えるだろう。わたしが彼を想えば想うほど、自然と口角が吊り上がる。


「美咲ちゃん、最近やけに元気だよね」


 お弁当を食べ終わり、彼と別れた後のわずかな時間に自販機にたむろしていると、晴が馴れ馴れしく話しかけてくる。

 正直、今はこいつと話す気分じゃない。


「うん。何かいいことあったの?」

「別に何もないけど」

「へー、そうなんだ。最近の美咲ちゃんは本当に楽しそうだからさ、ボクも嬉しいんだ」

「もう行くね」


 わたしは会話を打ち切って、その場を去ることにする。

 どうしてこいつはこんなにもわたしに絡んでくるのだろう。はっきり言って邪魔でしかない。

 それにしてもあのメス豚は相変わらずウザい。今日もわたしにしつこく絡んできた。

 わたしが彼と話している時、横から茶々を入れてきて、わたしたちの時間を潰してくる。

 それにしても今日の彼女は様子がおかしかった。いつもならここまで絡んでこないのに、今はなんか露骨だ。

 まさかとは思うが、バレてしまったのか? わたしは彼女のことが嫌いだし、彼女もわたしと彼が一緒にいることはクラスに何かしらの影響を与えることから好ましく思ってないだろう。

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