第11話 完璧な女
「怜が失礼なことを言ってごめん」
「別に橘くんが謝ることでもないと思うんだけど」
「それでも、妹があんなことを言うのは兄として責任があるからさ」
「わたしの方こそごめんね。お節介だって分かってるんだ。だけど、橘くんはいつも一人で頑張ってるから、どうしても心配で……」
花崎さんは優しいなぁ……こうした優しさが、大多数から人気を得る秘訣なのだろう。
オレから花崎さんにできることは限られている。だったらできることを全力でやるしかない。
花崎さんは初めての驚いた様子を見せた後、嬉しそうな表情を見せる。
「お詫びにランチ、どうかな」
「え? 良いの?」
「もちろんだよ。妹のことならこっちにも非があるし」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
こうして、彼女とのランチタイムが決まったのであった。
教室に着くと、花崎さんは早速たくさんいる友達に囲まれ、オレはゴミのように枠の外へ弾き出される。
「花崎さん、今度一緒にカラオケ行かね?」
「美咲ちゃん宿題見せてよ。忘れてきちゃった」
「花崎さん、昨日見たドラマどうだった?」
花崎さんの周りには、彼女に似合った快活な人たちが集っていた。その光景はまさに花咲ける青春といったところだ。
オレはその輪に入ることは叶わず、一人席につき、机に突っ伏す。それにしてもこんな状況だというのに、花崎さんはどうもオレばかりを構う。
住む世界が違い過ぎて一緒に話すことすらままならないのに、どうして彼女はこんなにもオレのことを気に掛けてくれるのだろうか?
「カラオケ? うーん、ちょっと用事があってダメかな」
「はい、次からは自分で宿題やってくるんだよ」
「はーい」
「昨日やってた話は良かったかな。ヒロインの心情を吐露する場面が特に好きだったよ」
花崎さんは聖徳太子みたいに同時に各々の話を聞いて周るという離れ技を披露、それぞれに的確にアドバイスをする。
その様子を見て、オレはただひたすらに感嘆していた。
やがて、彼女たちの会話は終わり、各々が自分たちのグループへと戻って行った。
花崎さんは一旦こちらに戻ってくるなり、オレに向かってこう言った。
「ごめんね、橘くん。友達がいると忙しいの」
なんか、ちょっと腹立つ言い回しだな。嫉妬ではないが、友達に囲まれて笑っている花崎さんに少し腹が立ち、眉がぴくりと浮き上がる。
「全然大丈夫だよ。むしろこっちの方が助かったかも」
それでも花崎さんと二人きりになれるのは嬉しいのだが、やはり周りの視線が痛い。
花崎さんは持ち前の対人スキルによりそんな重たい空気もなんのその。オレに自然に話しかけてくる。
「橘くん、最近数学で悩んでない?」
オレは花崎さんの指摘に図星を突かれ驚くが、すぐに取り繕って誤魔化すものの、彼女の表情の裏を読み取る能力に、ボッチのあまりに下手くそな付け焼き刃は無意味であった。
「分かるんだ……」
「うん、悩んでる顔を見れば分かるよ」
花崎さんは確か、勉強に関しては聞かれなければ答えなかったはず。他人にも自分にも厳しく、何の対価も無しにものを教えようとはしない傾向が強い。その分、自分にも甘えず、毎日予習復習を欠かさない努力家である。
「それで、何か分からないことあるかな?」
花崎さんはそう言い、オレの座っている椅子に無理やり座ってくる。え、周りのこと気にしないの? そうつい口に漏らしたくなるくらいに大胆だ。
周りの数値が限りなくゼロに近づいてくる。あれ、やっぱ嫌われ値じゃないのかな? でも好感度って考えると怜の反応と辻褄が合わなくなる。
「そうだなぁ……まずは微分積分かな。高校一年の範囲で良いんだけど」
「じゃあ、それなら教えることができるよ」
花崎さんはオレが指さしたものを、すぐさま丁寧に解説してくれる。やっぱり花崎さんは凄いなぁ……。学年一位の成績は伊達ではない。
「ありがとう」
「いえいえ。わたしで良ければいつでも聞いてね」
彼女の解説は教師よりも分かりやすく噛み砕かれていて、非常に分かりやすい。そして、何より距離が近い。
しばらくすると周りからの視線も、もはや刺々しいものから、羨望の眼差しへと変化しているように思えた。
花崎さんの説明は、まるで小鳥のさえずりのように心地よく、耳に優しく響く。
「じゃあ、授業も始まるしこの辺りで一旦休憩しようかな」
彼女は前に掛かっていた側面の長い髪を手で払うと、そのまま席を離れ、自分の席へ戻ろうとする。
花崎さんはオレの方を振り返り、優しい笑みを浮かべながら手を振ってきた。オレも思わず彼女に向かって手を振る。
「橘くん、また後でね」
「ああ、ありがとう」
花崎さんは自分の席に戻ると、教科書を開き、先生が来るまで予習を始める。
花崎さんのおかげで、オレの不安は見事に取り除かれ、数学の授業では集中して臨むことができている。
「花崎、ここ答えてみろ」
教師から花崎さんが当てられる。黒板にはかなり難しい数式が書かれていた。
「はい」
花崎さんは席を立ち上がり、難解な問題をすらっと解く。
流石だ。学年一位の肩書きの凄まじさを体感させられる。
彼女はチョークを片手に持ち、教師と目を合わせることなく、淡々と解答を述べる。
その光景を見て、教室内がどよめく。すでに何回も繰り返されたものだが、それでも未だに騒がれるのだ。
彼女が問題を間違えるところは未だに見たことが無く、テスト成績の張り出しも全て満点という隙の無さ。
「これでどうでしょうか」
「正解だ……」
さっきまで花崎さんが解いていた問題はかなり複雑な応用問題であり、普通に考えれば解けるわけがない。それをあっさりとやってのけるあたり、やはり花崎さんは只者ではなかった。
花崎さんにとって、この程度は呼吸と同じ感覚。約束された勝利者としての風格がそこにはあった。
彼女は席に着くと、ノートを再び取り始める。たまにオレのいる方を向けば、熱烈なウインクを飛ばしてくる。その仕草はとてもあざとかった。
花崎さんのあまりの可愛さに顔が熱くなり、慌ててうずくまる。
あんなの反則であり、サッカーで例えるならレッドカードで即退場もの。花崎さんの可愛い仕草はそれだけ、男心を撃ち抜くのに十分な威力を持っていた。
数学の時間が終わると、花崎さんはオレのところに来た。
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