第24話 大神
「とりあえず、セッカは無事みたい。 泥は被ってるけど外傷もないし、呪いの影響も受けてないみたい」
太陽の光差し込む族長の家にて、フェリアスはセッカの容体を確認してそう呟く。
雇われて一日目で雇い主死亡なんてことになったらどうしようと少し焦っていた俺は、その言葉にほっと胸をなでおろしたのち。
床に無残に打ち捨てられるガルドラを見る。
「ガルドラ……ちょっとかわいそうだな」
陽の光照らされぬ家の影。
そこに打ち捨てられたそれは、骸と呼ぶにはあまりにも異形。
目から、口から、鼻から全てから流れ出る泥、泥、泥。
本来体を両断すればこぼれ落ちるであろう臓器(もの)すらも泥と化しており。
それがガルドラという皮を被った怪物であったことを教えてくれる。
中身も抜け落ち、呪いに食われ、それでなお俺とセッカを襲った執念。
そして何より族長になるという強い想い。
歪んでいようが、邪であろうが、人の想いというものはこれほどの怪物を生み出すのかと……そしてこれほど無残な最後に至ってしまうのかと。
それほどの強い想いを持たない俺には、その骸はただただ哀れに……そしてなによりも恐ろしく見える。
だがどうしてだろう。
空っぽのガルドラの瞳……こちらを睨みつけるように絶えたその無いはずの眼(まなこ)が、「空っぽなのはどっちだ?」と問いかけているようにも見える。
「ご主人様? どうしたの?」
「え? あ、悪い。 さっさと帰ろうか。 フェリアスの傷も心配だし」
フェリアスに声をかけられ、俺は考えをやめる。
「あんたがちゃんと運びなさいよ?」
「わかってるよ」
フェリアスに渡されるようにぐでんぐでんになったセッカを受け取ろうと手を伸ばす。
だが。
「lsか;まd;fq……ル……ルル……ルウうぅぅうシイいいぃ‼︎?」
「‼︎?」
その瞬間に、骸となったガルドラから呪いが溢れ黒い狐の尾が出現し、死んだはずのガルドラが牙を剥き俺に飛びかかる。
「嘘でしょ‼︎? こいつまだ動いて‼︎」
半身となったガルドラ。もはや体すら邪魔と言わんばかりに、ガルドラは口だけの怪物のように俺へ……いや、セッカへと牙を剥く。
「これは……大神(オオガミ)‼︎?」
フェリアスの剣を抜き、一閃を放つ。
もう一度空を切るつもりで、全力で振るった一撃。
だが。
【が;fkmふぉいうぇqfうぇ;おんqうぃ‼︎‼︎ 殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す‼︎】
その牙(のろい)は、その一撃を上回る。
一閃は顎を切り裂くも、ガルドラの牙は鋼の剣に噛みつき、ピタリと空中で止まる。
「嘘でしょ‼︎? あの一閃を、顎でとめたですって‼︎?」
「くそっ」
俺は銅の剣を引き抜き、ガルドラの首を突き刺す。
「fがklfhなふぉいあんげwfねw‼︎」
痛みか、それとも憤怒か、ガルドラの首は悲鳴をあげるようにフェリアスの剣を口から離す。
だが、致命傷を与えられたわけではない。
その首は空中を浮遊しながらこちらに牙を剥いている。
それだけではない……今度は両断された体から狐の尾が現れ、切り離された体を滅茶苦茶に接合する。
と、繋がった体は頭がない状態で動き出し、足と手をびたびたと振り回すようにこちらへと迫ってくる。
「……な、ななな、なんなのよこいつ‼︎? ま、魔獣塊でもこんなきもいやついなかったわよ‼︎」
「やっぱり、大神(おおがみ)か……ガルドラまさか、村人全員の命を使って大神をやったってのか?」
「お、大神? 大神って何よ‼︎」
「人狼族は基本魔法は使えないんだけれど、唯一自分を生贄に捧げて使うことができる魔法がある。それが大神(オオガミ)。自分の死体を使って対象を殺す化け物を作るって魔法なんだが、そいつが首だけになろうが腕だけになろうが肉片一つになっても相手を殺すまで止まらない厄介な化け物で‼︎ 戦争の時にしか使えない禁呪のはずなんだけど」
「そ、そんなバカみたいな魔法……あんたとセッカへの復讐のためだけにこの男は使ったっていうの‼︎?」
「あぁ、しかも村の様子を見るに……ガルドラのやつ、村の人間全員を使って大神の呪いを使ったみたいだ‼︎」
「む、村の全員‼︎? じゃあ、私たちこの村の奴ら全員に呪いをかけられた様なもんってこと?」
卒倒するように声をあげるフェリアスに、俺は静かに首を縦に降る。
九尾の呪いは、核になった人間が死ぬか、核になったものが破壊されれば霧散する。
では、肉片の一片でも残っていれば再生し続ける死なない怪物が核になった場合はどうだろう?
答えは今のガルドラだ……決して呪いが解けない怪物の誕生である。
きっとガルドラ自身も、こんな結果になるとは思わなかったのだろう。
ガルドラの復讐心に、狐の尾が彼に大神の呪いを使わせたのか。
大神の呪いを使ったガルドラを狐の尾が核に選んだのかはわからない。
どちらにせよこの結末は全て偶然による産物だ。
だが、もしもここまでの結末を……最悪の偶然の積み重ねを、ガルドラただ一人の想いだけで紡いだというのならば。
これを呪いと呼ばずしてなんと呼ぼう。
【ルルルル‼︎?あk:lふぇえrwルウウゥうシイィイィs‼︎? ここふぁksdふぇ、このds:。Mふぇなりsそpこえないああっがああああb1クリ?】
空っぽの体に、空っぽの心に、呪いだけが埋め尽くされている。
「ちょっ‼︎? なんかとんでもないことになってるわよあんた‼︎?」
「ただの気色悪い塊だと思っていたけど……なるほど、狐の尾っていうのは、目に見えるほど業が深い……」
俺は剣を抜く。
何故……狐の尾を封印する必要があるのか。
なんとなく聞き流していたが今この時俺ははっきりと理解する。
九尾の尾って奴は、常に最悪の結末をもたらすものなのだ……。
こんな小さな村一つでここまでの大災害が起こるなら、九つ揃ったならばそれこそ世界の人間半分が呪い殺されると言うのもあながち御伽噺でもないのだろう。
こいつは……この世にあってはならない物なのだ。
そう思わせたのは自分の意思か、それとも剣聖のスキルがそうさせたのか。
俺は心の中で覚悟を決め、大きく息を吐く。
「……来いよ、ぶった斬ってやる」
「あklふぁえうぃんf;いっqk;jgw;けてんwqf‼︎‼︎」
挑発に呼応する様に、泥を撒き散らしながらガルドラの首と体は俺めがけて飛びかかってくるのであった。
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