第23話 空が割れた
「kldhふぁkjれq‼︎」
先に動いたのはガルドラであった。
俺の剣によりへし折られた爪の代わりに、魔獣塊の泥が鞭のようにしなり俺を襲う。
「フェリアス。 離れるなよ‼︎」
もはや人間業ではないその行動に、俺はフェリアスをかばうように前に立ち、一本一本を丁寧に叩き斬る。
おそらく、意識も何も残ってはいないが行動はガルドラの記憶を元に再現されているのだろう。
俺を的確に狙いつつも、回避をすればフェリアスに攻撃が行くようにしっかりと狙ってガルドラは爪を振るっている。
正直、小賢しいと思う攻撃であるが、それでもこと戦場において物事の善悪などない。
正々堂々であろうが、卑怯卑劣であろうが勝てば官軍。
その点においては、勝利というものに対する執着心は、戦士として合理的なものである。
感情と戦略を別のところにおいて戦いを着々と進めることができる。
そういう点ではガルドラほど戦いにくい相手はいないだろう。
「ちっ‼︎」
上下左右、自由自在に襲いかかる爪を切り落とし、俺は舌打ちを漏らす。
まったくもって手応えがない。
ガルドラを見ても、やはり切られた泥の爪は再生が容易なようで、斬られた端から霧散した泥が収束し、爪を再形成している。
「埒があかないな」
再形成をされるたびに放たれる爪の鞭。
それを切り落としながら俺はそう呟くが。
「あんた、何ぼーっとしてんのよ‼︎? まさか私に気を使ってんじゃないでしょうね‼︎」
守られているはずのフェリアスはそう不服そうに、声を上げる。
「……気を使うに決まってんだろ。 あんたは怪我人なんだぞ?」
「怪我人かもしれないけど、私はその前に騎士なのよ‼︎? 自分の油断で怪我してそれのせいであんたに……夫の戦いの荷物になったなんて、末代までの恥になるってものよ‼︎ あんた私に恥かかせるつもり‼︎?」
「おいおい、それ俺にキレるところかよ。 というか、たしかにあんたは騎士かもしれないけれど、その前に俺のお嫁さんなんだろ? だったら妻を守るのは俺の役目なんじゃないのか?」
「つ、つつつつ‼︎?〜〜〜〜‼︎? とにかく‼︎ 私の方は自分でなんとかできるから‼︎ あんたはさっさとあのドロドロぶっ飛ばしてきちゃいなさい‼︎」
「……とは言ってもなぁ」
無理難題を押し付けてくるフェリアス。
俺はそれに一つため息をついてどうしたものかと考える。
すでに切り落とした爪は二十六。
攻撃は単調であり、三メートルほど離れたこの場所から鞭の軌道を見切って切り落とすのはかろうじてできているが。
これが前に出るとなると少々話が異なってくる。
なぜなら圧倒的に手数がたりないのだ。
こちらの剣は一本に対し、あちらの爪は十本。
今は剣の速度が爪に間に合っているが、それはまだ距離が離れているから。
近づけば当然攻撃が俺に届くまでの時間は短くなるし。
何よりフェリアスを狙って放たれる爪に対しての対応を迫られるようになる。
二人で前に出る……という選択肢もあるが。
悠長に近づけば今度ガルドラは背後で気を失っているセッカを人質に取り出すだろう。
ゆえに、この状況を打開する方法は一つ。
手数を増やして一気に喉元に食らいつくことなのだが。
「……ん? 手数?」
俺はそう呟いて、背後で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるフェリアスを見る。
その腰にさしてあるのは一本の剣。
銅の剣などと違いきっと名のある業物なのだろう。
柄には宝石が散りばめられている。
「な、なによあんた。 こんな時に私の腰なんて見ちゃって‼︎?」
恥ずかしげに体を隠すような仕草を取るフェリアス。
割と呑気なやつである。
「ちがう、腰の剣をみてたんだ。 この剣じゃ圧倒的に手数が足りてない。 その剣を少し貸してくれるか?」
独特な反りのある形状ではあるが、まぁ剣なんて振って切れればみんな一緒だろう。
「これを? べ、べつにいいけれど、折らないでよ? あんたに剣を折られて、もうこの一本しか残ってないんだから」
「いや……決戦凍氷みたいな使い方して折れないんだから大丈夫だろ」
「どういう意味よ‼︎ まるで私が剣をガサツに扱ってるみたいな言い方じゃない‼︎」
そう言ってるんだよ……と喉元まで出かかった俺であったが。
頬を膨らませるフェリアスに、それをいうときっと貸してもらえなくなると思いその言葉は飲み込む。
「たのむ、このままじゃガルドラの思うつぼだ」
俺の言葉にフェリアスはじとっとした目で俺を睨みつけてはいたが。
「ありがたく思いなさいよね‼︎」
そういうとすぐにフェリアスは腰の剣を抜き放つと俺に投げ渡す。
これでよし。剣が二本あれば純粋に手数は二倍……。
これで一気にガルドラを急襲することができる‼︎
【‼︎‼︎ 断空‼︎ ってあれ?】
手に馴染む感覚に、記憶に蘇るように浮かび上がる使い方。
これが剣聖のスキル……と心の中で俺は思いながらも、俺は迫る泥の爪に対し左手に持ったフェリアスの剣で、ガルドラを迎え撃つ。
だが。
【がk;fじゃ;vmんくぇうぃ4q‼︎‼︎】
放たれた断空は、銅の剣で放つ何十倍もの威力でガルドラの爪十本全てを吹き飛ばした。
それだけではない。
気がつけばその一振りでガルドラの体はぼとりと音を立ててその場に落ち、セッカに絡みついていた触手もいつのまにか霧散するように消え去っていく。
だが、それだけであれば驚くことはなかっただろう。
俺の放った斬撃はそのままガルドラの背後……家の壁をも両断し。
行き場をなくした斬撃はそのまま族長の家の半分を吹き飛ばす。
まるで爆発でもあったかのように家半分が吹き飛ぶ形で消滅をした族長の家。
もちろん、ガルドラなどトドメを指すまでもなく真っ二つ。
ぽっかりと空いた天井から差し込む日の光に、目を細めながら上空をのぞむと、そこには真っ二つに割れた入道雲。
銅の剣でもできないことはなかったが……剣が違うとここまで違うのかと少し感動すら覚える。
「さすがはお姫様が持っている剣だな。すごいいい切れ味だからこんなに簡単に空まで切れたよ。 なんでこんなすごい剣に氷なんて纏わせるんだフェリアスは?」
「いや、それ装飾以外は市販の鋼の剣なんだけど」
俺の何でもない問いに、フェリアスは空を見上げながら、困惑したようにそう言った。
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