ようこそ演劇サークルへ ~大学で冴えない俺が演劇サークルに出会って人生変わった話~

@eringimk2

第1話 『吉田康太の悩み』

ようこそ演劇サークルへ ~大学で冴えない俺が演劇サークルに出会って人生変わった話~


第1話 『吉田康太の悩み』

作 えりんぎ♂


【駅】


 たくさんの人々が行き交っている。けたたましいベルが鳴り、ホームから電車が出発する。

 混んでいる電車の中で青年が1人スマホで著書を読んでいる。

 タイトルは『アイデンティティの無い歯車達』。


青年「(アイデンティティの確立。多くの若者は自分とは何者か、自分の役割とは何なのか、ということに答えを見いだせずに悶々とした日々を過ごしているらしい。そうやって、若い時間を過ごした人間は成長したあと、なんか違うなと疑問を抱きながら社会の歯車の一つとして人生を終える)」


 電車が到着し、中から人々が駅のホームへと流れる。その中に青年も溶け込んでいく。


青年「(そう!このままでは俺もそうなってしまう!中高共に趣味も特技もなかった俺は当然、帰宅部。夢もやりたいことも見つからないまま流されるように貴重な時間を過ごしてしまった。都会に出れば何かが変わると思って都会の大学に進学したけど、そのまま1年…何も変わらなかった…!そんな俺にアイデンティティ等というものがあろうはずがない!つまり、この本の言うとおり俺も歯車になってしまうというわけだ!嫌だ!!歯車になんかなりたくない!!)」


 青年の名は吉田康太(よしだこうた)、一介の大学生である。


【大学の通学路】


吉田「(とはいたったもののどうしたものか…アイデンティティ、つまり自分らしさ…自分らしさとは一体…)」


 吉田は自分が通う大学近くの通学路を、1人でぶつぶつ考え事をしながら歩いていた。当然、差し掛かろうとしている曲がり角に注意しておらず。


吉田「うわあ!!」

?「ん?」


 吉田は間一髪、曲がり角から現れた人を避ける。が、無理な体制だった為そのまま尻餅をついてしまった。


吉田「いたた…」

?「おい、おまえ大丈夫か?」


 吉田の目の前には女性が立っていた。

 金髪に染めてはいるが、染めてから時間が経っているのか生え際の黒い地毛と合わせてプリンのような色合いになっているショートポニテと日に焼けたのか焼いているのかは分からない褐色肌、おまけに上下ジャージにサンダルを履いてる。いかにも田舎のヤンキーみたいな姿をした女性だった。


ヤンキーみたいな人「立てるか?」


 おおよそ目つきのいいとは言えない三白眼を細めながらヤンキーみたいな人が吉田に手を差し伸べる。


吉田「…ヤ、ヤンキー…?」

ヤンキーみたいな人「あ?」

吉田「あ、いえ!す、すいませんでした!」


 吉田はその場から慌てて逃げ去った。


ヤンキーみたいな人「なんだあいつ?」


【大学構内】


吉田「はあはあ…」

吉田「(さっきのヤンキーなのか…!?…創作とか話でしか聞いた事なかったけど本当にいるんだ…怖えぇ…いや、待て…考えてみると、ああいう人達ってある意味アイデンティティ、自分らしさを獲得しているのか?ヤンキーっぽさという見た目はもちろん、性格もああみえて意外と捨てられた犬を放っておけないみたいな優しい面がある、みたいに想像もつきやすい。なるほど、ヤンキーという形に、はまることで、自らのアイデンティティを記号化する事が出来るのか…)」

?「どうも!演劇サークルですぅ!」

吉田「ひゅい!?」

?「よろしゅうな!」


 吉田は急に現れた小柄で関西弁の女性にチラシを押し付けられた。


吉田「え?」

関西弁の人「あ!そこの君!演劇サークルに興味あらへん!?」


 吉田があっけにとられているうちに関西弁の女性は次から次へと通行人にチラシを配っていく。


吉田「(そっか、そういえば新歓の時期か…)」


 吉田は渡されたチラシに目をやる。


吉田「(…演劇サークル?)」


~吉田の妄想~


 豪華な舞台に美女と向かい合うように吉田が立っている。


美女「『ああ…、私たちもう会ってはいけません』」

吉田「『なぜだい?』」

美女「『私達がこうして会ってしまう事でアレがこうなってアレして結果的にアレな運命が待ち受けているからです‥』」

吉田「『ふふ、怖がる必要はないよ。そんなアレな運命2人の力でアレすれば解決する事じゃないか!』」

美女「『あぁ!王子様!』」

吉田「『さあ!行こう!輝かしき僕達のアレな未来へ!』」


 壮大な音楽と観客たちの拍手に包まれ幕が下りる。


~吉田の妄想(終)~


吉田「(いやいや!ないない!絶対ない!)」


 吉田は変な妄想をした自分が恥ずかしくなり、近くにあったゴミ箱にチラシを捨てようとするが


吉田「(…流石にここで捨てるのは…)」


 吉田はチラシを鞄にしまった。


【大学の食堂】


 午後、自分が出席する授業も終わり、吉田は数少ない友人の林翔平(はやししょうへい)とテーブルを囲っていた。


林「アイデンティティ?急に何を言い出すかと思えば、自己啓発本でも読んだか?」

吉田「うっ…いや、その…読んだか読んでないかと言えば読んだ…けど…」

林「図星かよ!」

吉田「で、でも!いいのかよ!このままじゃ俺達歯車にされちまうぞ!」

林「歯車って…まあでも、大体の人間はそうなんだろ?なら別にいいんじゃねえか?それとも何かやりたいことあんのかよ?」

吉田「え?やりたいこと?…特には…」

林「だろ?なら別にいいじゃん。歯車でよ~、歯車は歯車らしく気楽に回ってようぜ~」

吉田「くぅ…嫌だ~!歯車は嫌だ~!」

 

 吉田は頭を抱える。


林「…あ、そうだ!だったらおまえサークルとか入ってみたら?」

吉田「え?サークル?今更?俺ら2年だぞ?」

林「別にタイミングは関係ないだろ?気分転換にもなるし!いろんな人間と関われるし!おまえのいうアイデンティティのヒントが見つかるかもしれない!いいこと尽くしだぜ!」

吉田「…そういうおまえもサークル入ってないよな?」

林「ふっふっふ…甘いぜ!康太ぁ!」

吉田「何が?」

林「この俺、林翔平…!なんと!この度!テニスサークル始めました!」


 沈黙


吉田「テニスサークルって、ヤリサーだろ?」

林「そうそう、テニスサークルっていうかペ〇スサークルってな!なはは!」

吉田「最低」

林「お前がフッたんだろ!?つうか偏見が酷すぎる!いいか!ウチの大学のテニスサークルは適度な運動で頭を活性化させてより勉学に励む事を目的にした爽やかで健全なサークルなんだよ!」

吉田「うさんくせぇ」

林「うさんくさいかどうかはやってみなきゃわからない?どうだ康太?お前もテニスサークルに入らないか?」

吉田「いや、運動はちょっと」

林「…あー、そうだった…そういえばおまえ昔から運動苦手だったな、じゃあ、テニスは無理か‥あ!そうだ!いいもんもらったんだよ!」


 林はポケットから半ば丸まっていたチラシを伸ばして机の上に置いた。


林「演技サークルのチラシ!」

吉田「あー、それ、俺ももらったわ」

林「マジ?いいんじゃねえ?演劇サークル」

吉田「いや何でだよ?演劇とかやったことないぞ」

林「大丈夫だって、初心者大歓迎って書いてるぜ!」

吉田「俺、人見知りだし」

林「人見知りも大歓迎って書いてるぜ?」

吉田「いや、でも…」

林「ん~…まぁ乗り気じゃねんだったら仕方ねえか…けど、何でもいいから新しいことを始めれば変わると思うけどな?」

吉田「変わる?」

林「そうそう、思うにさ、おまえがアイデンティティとか歯車とかなんとか言ってるのは、『今の自分から変わりたい』、そう思ってるからだろ?」

吉田「え?」

林「変わりたいと思ってんならあとは行動、悪い方か良い方かはわかんねぇけど、動けば変わる。長年おまえを見てきた俺だから分かる、あと一歩踏みだしゃ良い方に変われると思うけどな?」


 そう言った、林は凄く爽やかな顔をしていた。


吉田「…」

林「…悪い、今の俺すげぇキモかったわ…忘れてくれ…」

吉田「あ、いや…」

林「…まぁ、その、なんだ…とにかく俺が言いたのは…」


 ~♪

 校内を17時になった事を知らせる音が鳴り響く。


林「あぁ!!やべえ!!バイトだ!ワリぃ!またな!!」


 林はチラシをそのままにそそくさとその場を後にする。

 吉田は残されたチラシをしばらく見つめていた。


【大学校内】


 吉田は1人、缶のお汁粉を片手にベンチに座っている。


?「いいぞぉ!間島ぁ!このまま昨日のお前を超えていけぇ!!」

?「ぬおぅぅ!!」

吉田「?」


 吉田が座っているベンチの向かい側、鉄棒のような物がある所に2人のタンクトップを着た男がいた。

 1人は懸垂のようなことをしていて、もう1人は横から応援?している。


吉田「(…筋トレ?)」

タンクトップ1「ぐぅぅぅ!ぬあぁぁぁ!」


 懸垂を終えたのか、鉄棒からタンクトップ1が手を離す。


タンクトップ2「よおぉぉし!よくやった!間島!!」

タンクトップ1「はぁはぁ…いえ!全然ダメでした!昨日より、たった1回しか!多くできませんでした!」

タンクトップ2「馬鹿野郎がぁぁ!!」


 タンクトップ2はタンクトップ1に褐をいれる。


タンクトップ1「うげぁ!?」

タンクトップ2「たった1回!!されど1回だぁ!!」

タンクトップ1「!?」

タンクトップ2「昨日のお前から、今のお前は確実に1回分進んでいる!そう!進んでいるのだぁ!そしてぇ!進んでいる限りお前は日々新しい間島真へと生まれ変わっているぅ!」

タンクトップ1「!?」

吉田「(…生まれ『変わる』!?)」

タンクトップ2「大事なのは前へ進む意思!その気持ちが変化をもたらしていき!その積み重ねが理想の自分を作り上げていくのだぁ!」

タンクトップ1「!?」

吉田「(…大事なのは、進む意思!?)」

タンクトップ1「…山岡さん…!!」


 バッ!!タンクトップ1は深々と頭を下げた。


タンクトップ1「ご教授ありがとうございます!これからも1歩、1歩、しっかりと進んでいきたいと思います!」

タンクトップ2「よおぉし!それでこそ!間島真だ!!次!ランニング行くぞぉぉ!!」

タンクトップ1「はい!どこまでもお供致します!」


 タンクトップの2人は、そのままどこかへ走り去っていった。


吉田「…」


【吉田のマンション】


 吉田はベットに腰掛けながらボーとテレビを見ている。


インタビュアー『それでは今度公開される舞台『涙泥棒』の主演、俳優の友田優紀さんにお話をきいてみましょう!』

俳優『どうも!友田優紀です!』

インタビュアー『今回の舞台はどういった仕上がりになりそうですか?』

俳優『そうですね、今回の舞台は老若男女、あらゆる人が楽しめるように分かりやすく楽しい舞台に仕上がっていると思います…というのも…』

吉田「(…そうだよな‥演劇なんてこういうテレビに出るような人がやるんだ…俺には縁がない…)」


 吉田はテレビを消しベットに横になる。

 しばらくして、吉田はおもむろにスマホを手に取り電子書籍を開いた。


 『アイデンティティのない歯車達』


 しばらく見つめていたが、それを読まずにスマホを消しベットの上に投げ出した。


吉田「…変わる、か…」


 林『今の自分から変わりたいと思ってるからだろ?』


吉田「(…そう、お前の言うとおりだ。多分、変わりたいんだ…今の何もない俺から…)」


 林『おまえはあと一歩踏みだしゃ良い方に変われると思うけどな?』


吉田「(…本当か?)」


『運動は苦手』

『ピアノとか引くキャラじゃない』

『絵は笑われる』


吉田「(何かと理由をつけて、今まで何も本気でやってこなかった俺に?できると思うか?失敗して恥をかくだけだろ?)」


 タンクトップ2『馬鹿野郎がぁぁ!!』


吉田「(タンクトップの人!?)」


タンクトップ2『大事なのは前へ進む意思!その気持ちが変化をもたらしていき!その積み重ねが理想の自分を作り上げていくのだぁ!』


吉田「(…タンクトップの人)」

吉田「…」


 吉田はベットから起き上がり、机の上のチラシを手に取った。


【演劇サークルの部室前】


 吉田が演劇サークルの部室前の廊下の角から、ひょっこり顔を出し辺りを伺っている。


吉田「(…来てしまった、本当に行くのか?笑いものになるだけでは?まずい、心なしか気分が悪くなってきた…ていうか、今さらだけど別に演劇サークルじゃなくてよかったんじゃないのか?そんなに演劇興味あるわけじゃないし…そうだ、ここは一旦引き返して…)」

?「君?」

吉田「ぴゃいィィィ!」

?「あぁ、ごめん驚かちゃって」

吉田「あ、え?あ…」


 吉田の後ろには、すらりとした如何にも好青年という印象を受ける男性が立っていた。


好青年「もしかして君、演劇サークルの見学に?」

吉田「え?あ、いや、その…」


 タンクトップ2『大事なのは前へ進む意思!』


吉田「…あ、えっと…はい、演劇に興味があってみたいな…へへ」

好青年「そっか!よかった~、僕は演劇サークルの部長、井上博人(いのうえひろひと)。よろしくね」

吉田「ぶ、部長さん?」

井上「そうだよ、君の名前は?」

吉田「えと、よ、吉田康太です…」

井上「吉田くんか。じゃあ、行こうか?吉田くん」

吉田「あ、はい」

吉田「(しまった!勢いで見学の流れになってしまった…!!いや、そうだ見学だ…見学。先ずは見るだけ…大丈夫…お、落ち着け俺、深呼吸…)」


 井上が演劇サークルの部室のドアを開ける。


井上「みんな~、見学の人を…」

タンクトップ1「練習中に炭酸飲料とは言語道断!」

ヤンキーみたいな人「うるせぇ!てめぇの烏龍茶も大概だろうが!」

関西弁の人「2人共落ち着きや!烏龍茶もコーラも茶色いし似たようなもんやろ?」

ヤンキーみたいな人「似てねぇ!」

タンクトップ1「似てない!」


 演劇サークルの部員と思われる3人がギャーギャーと言い合いをしている。


吉田「(…なんか、見たことある人しかいないんだけど…)」

井上「あ~君たち?」


 ギャーギャーと言い合いをしている3人は井上に気づいていない。


井上「き・み・た・ち!」


 振り向く3人。


井上「見学さんが来てくれたよ」

ヤンキーみたいな人「見学?」

関西弁の人「おお!」

タンクトップ1「さすが部長!」


 3人は吉田と井上のところに集まる。


ヤンキーの人「よお、あたしは川村(かわむら)あかねだ」

吉田「ど、ども…(昨日のヤンキーみたいな人!?演劇サークルの人だったのか…!!)」

川村「ん?おまえ…どっかで会ったか?」

吉田「い、いえ!気のせいだと思います!」

川村「ほんとかぁ?」

吉田「ひぇ」

タンクトップ1「やめないか!怯えてるじゃないか!」


 タンクトップ1は庇うように、川村と吉田の間に入る。


タンクトップ1「大丈夫かい?」

吉田「あ、はい…」

タンクトップ1「僕は間島真(まじままこと)!よろしく!」

吉田「ど、ども…よ、吉田康太です…(昨日の懸垂をしてた人だ…近くで見るとムキムキで大きい…)」

間島「吉田康太くん!いい名前だ!どうだい!吉田くん!僕と筋トレ仲間にならないか!?」

吉田「え?筋トレ?」

関西弁の人「アホ!なんで急に筋トレやねん!びっくりするやろ!あ、ウチは福島(ふくしま)しおりや!よろしゅうな!吉田くん!飴ちゃんあげるで!」


 福島は吉田に飴ちゃんを渡す。


吉田「あ、ありがとうございます(昨日のチラシを配ってた人…関西の人なのだろうか?)」


 吉田、渡されたアメを見る。


吉田「コンビーフ味?」

福島「せや!全ての食いもんを飴にするというコンセプトのグルメ堂のスーパーお食事シリーズ!グルメキャンディ!コンビーフ味!ウチのおすすめの1つやで!」

吉田「へ、へぇ」

川村「それ、マジで不味くて吐くから気を付けろ」

吉田「え?」

福島「はぁ!?美味いやろがい!?」

間島「いえ、流石にそれは福島さんの味覚がおかしいと思います」

福島「なんやと!?練習中に烏龍茶とコーラ飲む奴らに味覚をとやかく言われたないわ!」

川村「それ、味覚かんけねぇーだろ!」

間島「それ、味覚関係ないでしょ!」


 3人はまたもギャーギャーと言い合いを始めた。


吉田「…」

井上「…ごめんね騒がしくって」

吉田「あ、いえ、…(大丈夫なのかこのサークル…)」


 こうして吉田は演劇サークルと出会ったのだった。



■登場人物


吉田康太(よしだこうた)…大学2年生。身長は170cmないくらい。髪の長さは長すぎず短すぎず。外を歩いているとよく知らない人に道を聞かれる。


林翔平(はやししょうへい)…大学2年生。身長は170前半。髪は短めでツンツンしている。吉田とは幼馴染で小学校からの付き合いである。

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