私がサンタクロースを信じる理由(わけ)

@aniki4649

第1話 私がサンタクロースを信じる理由(わけ)

「そろそろ寝ようか。2人とも眠いでしょ。部屋に入りなさい」


「部屋には入るけど、今日はぼく寝ないよ! サンタさん来るまで頑張って起きてるんだ!」


「祐希(ゆうき)はまだ幼いな、サンタクロースなんて居るわけないじゃん! クリスマスプレゼントはママが毎年、僕たちが寝たあと置いてくれるんだよ!」


 2人の息子の会話を聞きながら私は微笑む。子供達の成長が微笑ましい。長男の友樹(ともき)は小学5年生、次男の祐希(ゆうき)は小学2年生だ。仲の良い兄弟で良かった。今日はクリスマスイブ、私は2人の息子にクリスマスプレゼントを用意している。友樹にも祐希にも欲しがっていたゲームソフトを買ってある。


「ママからも言ってよ、また祐希がそんな事言ってる。小学校2年生になるんだからさ もうサンタさんとか卒業して欲しいよ」


 長男の友樹が私に話しかける。


「そっかー、でもね友樹、実はママもまだサンタクロースはいるってホントに信じてるんだよ! だからママも卒業してないかもね」


「えー、大人なのに? 信じさせようと嘘ついているんでしょ、もうそう言うのはいいから」


(お! さすがお兄ちゃん、しっかりしたものだ)


「でもね、友樹。考え方って人それぞれなの、ママは本当に信じてるの。もう少し大きくなったら、そうね、友樹が結婚するときにその理由を教えてあげるね」


 そう私は今もサンタクロースを信じている。嘘ではない。子供の頃のある出来事がきっかけで……




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「お父さん帰ってこないね……私、そろそろ寝るね、お母さん、おやすみなさい」


「はい、凛子おやすみ」


 我が家は4人家族、タイル職人で昔気質(むかしかたぎ)な父、働き者で優しい母、弟は小学1年生、そして私、凛子は小学5年生だ。決して裕福ではない、東京の下町の、公営住宅に住んでいた。父は職人だがお酒は飲まない、なので子供達にはとても優しい。しかし……父はギャンブルが大好きであった。競馬や競艇、競輪など公営のギャンブルから、麻雀や裏カジノなど違法なギャンブルまで何でも手を出していた。麻雀や裏カジノは深夜も出来る……父が家に帰って来ないことは月に何度もあった。


 食べ物が満足に食べられない、そんな思いをしたことがなかったが、ギャンブルのせいで家計はかなり厳しかったであろう……今思えば決して良い環境とは言えない家庭だった。


 そんな我が家の中心は、母だ。母はとても優しくおおらかな性格で、母の存在が我が家を明るく照らしていた。今、こうして私も弟も所謂(いわゆる)幸せな家庭が持てているのは、母が私達姉弟を大きな愛を持って育ててくれたからだと思う。

 


 我が家は毎年クリスマスイブになると枕元に靴下を置く。サンタさんからプレゼントをもらう為だ。裕福ではないから、お願いしたものはまず貰えない、でも毎年お菓子が靴下の中に入っている、サンタクロースからのプレゼントとして。私は母に何度か聞いたことがあったが、決まって……


「サンタさんはちゃんといるのよ(笑)」


 と微笑むのみ。来年小学校6年生になる私は年明けには弟と別々の部屋になる。こうして弟と靴下を並べてサンタさんを待つのは今回で最後なのだ。


(よし今日こそプレゼントを置く現場を押さえよう!)


 私は意気込んでいた。実は去年も試みたが……寝たフリをしていたら途中で寝てしまい失敗してしまったのだ。


 でも今回は作戦を思いついた。暗くなってしまうと眠ってしまうので子供部屋の襖(ふすま)を少しだけ開けて明るくして頑張ろうという作戦である。


 我が家の間取りは3LDK、玄関を入ると12畳リビングダイニングがある。更にその奥が四畳半の子供部屋、リビングダイニングの右側に四畳半と六畳の和室の部屋がある。典型的な東京都の公営住宅の間取りだ。


(母さんまだかなー、早く現場を押さえたい! 母さんビックリするだろうな♪ あーもうすぐ0時だ)


 私は心のどこかでワクワクしながら待っていた。


(現場押さえたらなんて言おう♪ ヤッパリなっ、とかそんな感じかな♪)

  

 待っている間は暇だ、母さんの反応はどうなるのだろう、どんな言葉をかけよう……そんな事を色々考えながら来たる瞬間を待っていた。


 しかし0時を過ぎても母はクリスマスプレゼントを置きに来ない。


「ガチャっ」 


 玄関のドアが開く音がした。父が帰ってきたのだ。時刻は恐らく0時半を過ぎたくらいか……


 さすがの母もかなり怒っている声がする。


「あなた、こんな時間まで何をやってるのよ」


「あーごめんごめん、疲れたから飯」


「ふざけないで! 子供達もあなたを遅くまで起きて待ってたのよ」


 初めはそんな会話だったと思う。襖はほんの少ししか開いていない、声は聞こえるがハッキリとは聞こえない。そして……頑張って起きていたが流石に限外が近づいていて、私は眠りに落ちてしまった。


(バシャーン!) 


 お皿の割れる音で私は起きた。凄い音だ。すぐに父が皿を投げたのだと思った。


「あなたお給料こんな使っちゃって……どうすんのよっ」


「うるせぇ、オレの稼いだ金だ、どう使おうと勝手だろ」


「あんた、明日からの生活費どうするの、子供達も居るのよ」


「うるせえ……」


 かなり喧嘩をしている。実の所を言うと、この手の喧嘩は初めてではない、何度か遭遇したことがある。でも心配だ。今回は声のトーンが大きい、言い争う声が鮮明に聞こえる。


 もう一時間くらい、同じテンションで喧嘩をしていた。今日は給料日らしく、その給料の殆どをギャンブルで無くしてきて、それで言い争っている……収まる気配はない。


「お前、そんなに金が欲しいのか、ならここで死んでやるよ!」


 父が包丁を振り回してるのか……私は襖に近づく。


「あなた、それはやめて、お願いだから……」


「ふざけるな、ほら早く刺せ! 金が欲しいんだろ」


 私は心配になって襖の隙間からリビングの様子を覗いてみた……。辛うじてみえたリビングの光景……なんと父が母に無理矢理包丁を握らせている……そして包丁が父に向いている…………。


「あなた、本当にやめて、ごめんなさい……」


「ほらここを刺すんだよ! 刺せ!」


「本当にごめんなさい…………」


 そんな押し問答の末、最後には母が泣き崩れる……私はその様(さま)を目撃してしまったのだ。私の心は大きく傷ついた。家庭崩壊という不安。警察沙汰になるような……何か良くない結果になるのではないかという、どうしょうもない気持ち。胸の高鳴りが止まらない、喧嘩を止めに行かなければ、とは思うが……私には到底そんな勇気はない。そして一人布団の中で声を押し殺してむせび泣く……。


(私馬鹿みたい、サンタなんて絶対いない、ふざけるな、なんでこんな家庭に生まれて来たんだろう……)


 そんな想いが渦巻く。


 サンタを待っていた自分は愚かだ、悔しい、虚しい、嫌だ、様々な思いを押しつぶされそうになりながら……私は眠ってしまった。


 朝を迎えた。凄く泣いたので目が重い。恐らく眠ったのは3時過ぎだろう。布団から出たくない、掛け布団の中に潜っていて出られない、昨夜の恐怖、不安がまだ渦巻いている……母は無事なのか……。


 少しすると隣で寝ていた弟が起きた。


「あ、サンタさんきたー、ヤッター、お姉ちゃん起きてよ」


 私は飛び起きた。確かに私の分も置いてある。咄嗟(とっさ)に思う、包丁を振り回し、家庭崩壊寸前の状況で……。嬉しかった、嬉しくてまた泣いた。そこには 母の愛 というサンタさんが間違いなく存在していた。


 

 私はその出来事があってからサンタクロースの存在を本気で信じている、2児の母になった今でも、そしてこれからも。いつか息子達が結婚したら、この話をしてあげたい。

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