『不純な恋の透明度』
石燕の筆(影絵草子)
第1話 『恋のお戯れ』
この恋はけっして叶うことのない恋。
なぜならば、、、
本来ならば、学生であれば楽しい学園生活を送るのだが、私はどうしても引っ込み思案で、人と話すのはすこぶる苦手だった。
だからなんとなく周りとも浮いていて、流行りのミュージシャンもわからないし、好きな俳優やお笑い芸人もわからない。
周りの話についていけないいわゆるのけ者みたいだった。
それでも好きな人くらいはいる。
だけど、話しかけるなんてできない。
遠くから眺めるだけで心臓は高鳴ってしまって、体温が上がりそうになる。
私は、これが恋なのだとすぐにわかった。
しかしながら、わかったところで、何も変わらないのだ。
あなたとの距離が縮まるわけでもないし、
あなたに名前や顔を覚えてもらえるわけでもない。
私なんてそれこそ空気みたいなものだ。
存在感が無さすぎていつの間にか跡形もなく消えてしまうんじゃないかと思ったりした。
それでもあなたは、私の日常にささやかな幸せをくれる。
あなたは、誰に対しても優しくて心配になるほどお人好しだから、周りからの評判もすこぶる良い。
女の子の黄色い声援がいつもあなたの周りには聞こえている。
でも私は、そんな明るくて優しいあなたの孤独な一面を知っている。
時々寂しそうにため息をつくのを知っている。
時には、子供みたいに泣きじゃくったっていいはずなのにあなたは、必死に涙を心の手前で塞き止めて、決壊しないように努めている。
あなたの、手が好き。
あなたの手は、華奢な割に
大きい。
料理上手な手。
玉ねぎや大根や白菜なんかを細かく刻んで、
カレーを煮込む手。
あなたの、目が好き。
あなたの目は、凛々しいけど、
時々優しく笑う。
誰かが困っていれば、
すかさず気づいて、
見つめてあげるまあるい目。
あなたの眉毛が好き。
あなたの眉毛は、への字だけど、
時々真剣に眉間にシワを寄せて、
何かについて必死になって考える
賢くて力強い眉。
気づけば私は、いつもあなたを見てしまう。
だけど私は、あなたの何も知らない。
知ってることは、図鑑にあるようなことばかり。
もっと知りたいあなたがいる。
例えば、いつだったか。
あなたが話していたのを小耳にはさんだのだけど、
理想の家庭についてあなたは話していて、
お金はなくても、幸せになれるのだとあなたは言っていた。
子供はいなくても、幸せになれるのだと、
夢はなくても、幸せになれるのだと、
仕事がなくても、幸せになれるのだと、
あなたは言っていた。
よくはわからない。
ただ、あなたは政治家みたいに女の子たちに話して聞かせていた。
周りの女の子たちは、なんとなく納得したように頷いていたけど、本当にわかってたのか、それさえわからない。
白いノートに、どこ迄も線を引くように一方的な会話だけど、なぜかあなたの話は飽きずに聞いていられる。
嘘がないから、言葉は痛いし冷たいけれど、
あなたの言葉は、本当の言葉だと私には、わかる。
(本当の言葉ってなんだろう)
わからないけど、本当の言葉だ。
たとえば、世界がひとつの塊だとして、
それを何か他のもので例えようとすると、
嘘っぽくなる。
そういう逃げが彼にはないのだ。
まっすぐに心に体当たりしてくる。
けれど、どこか冷めた言葉だから、
その冷ややかさに恐ささえ感じることも度々ある。
けれど私は、そこに惚れたのだ。
そして季節がぐるりと一周すると、
春がどうもお久しぶりですなんて
清々しい顔をして現れる。
花咲じいさんみたいに桜をこれ見よがしに
街に咲かせるもんだから、
私は、春だと否応なしに気づくのだ。
春は、恋を、恋する気持ちを、
増長させる。
錯覚もまた、恋なのだと、
悪魔の顔で、私たちをそそのかす。
騙されてたまるかと思ったのもつかの間、
私は、難なく春の悪魔にそそのかされる。
晴れて私は、恋する乙女。純情可憐かは、
知らないけれど。
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