最強の秘密

書い人(かいと)/kait39

最強の秘密

「俺が最強だって? 笑わせんなよ」

 アルド・アンダールは気軽にそう答えた。

 黄金の髪に黒の目。二十代前半だが、顔立ちには厳しさが見える。

「この隊で一番強いのは貴方ですよね」と新入りの部下が聞いたのだった。

 血気盛んな傭兵団である。あわよくば、団長のアルドと腕試しでもしたかったのだろうか?

 若い、アルドとそう変わらない新入りの傭兵は肩透かしを食らった。

「腕力ならサイル、魔法力ならイスズ、魔法生物の知識ならヤイトに聞け。

 隊の指揮でようやく俺か、副団長のアールだ」

「ではなんで、アルド隊長は団長を?」

 疑問の声を上げた新入り。目には深い疑念があった。

「皆、団長のことが好きだからさぁー」

 横から割って入ったのは三番隊の隊長であるサイル。

 髭面の大男で、見かけの圧や迫力はアルドよりも上に見えた。少なくとも新入りの眼には。

「喧嘩せず、仲良くな」

 隙だらけの背中を見せて、アルドは野営のテントの中へと入っていった。

 場所は、四カ国が戦力を投じている激戦区である

 大陸の各国がギスギスした緊張状態で、足りない兵力を国内外から発注する傭兵隊に任せる始末。

 国としては、勝つのは傭兵を雇う資金力が大きいだろう。

 最も高い報酬で某国・正規軍の配下に収まったのがアルド率いる傭兵隊だ。

 アルドは交渉に長けており、正規軍より高報酬で正規軍の兵士を部下として雇い入れていた。

 正規軍とは異なり、戦争から生きて帰れば報酬を渡すという話になっている。

 通常の軍隊と違って、死んでも見舞金の類いはでないし、特進などの名誉もない。

 つまるところ金の話、金が話、である。

「その割には冷血には見えないな」

 心の声がそのまま出た新入りは、バツが悪そうに野営地の見張り番に付いた。


 翌朝の作戦会議で、アルドはこの戦争における問題点を洗い出していた。

「我々はただの一戦力として数えられている。

 位置取りからして、囮にされるわけでも無さそうだが、もっと上手く敵を食える、損害を与えられそうではある。

 また、付近の街で成体のドラゴンが出たそうだが、戦争が中断されることはない」

「野生ですかい」

 手に巨大な金属かいのような槍を持った、剛腕ごうわんのサイルがそう言う。

「軍用の火竜ワイバーンではない、本物のドラゴンだ」

 軍用の火竜は通常、卵から人の手で育てて手懐てなづけられる。

 操縦士は竜騎士りゅうきしと呼ばれ、灼熱の吐息による範囲攻撃や、その翼と飛翔魔法による電撃戦でんげきせんを得意として恐れられていた。

 他方、ドラゴンは正真正銘の竜。

 体長はワイバーンの四倍に相当する二〇メートルで、動く要塞に例えられる戦力を持っている。

 火竜と異なり、人に懐く習性は持たず、人の存在など無視して好きに暴れまわる凶暴な魔法生物・種族なのだった。

 ドラゴンによる人間への害は実に『竜害』と呼ばれ、災害と同じように扱われる。

「我が隊の裁量権は僅かです」

 副団長、アールはそう言う。

 知的な容貌に落ち着いた物腰だが、体術・魔法力共に稀有な才を持っていた。

 サイスなどを含めその苛烈かれつな力を知っている者は、皆恐れを抱いているものだ。

「緊急事態となれば裁量権は後付けで来る。勝てば官軍だ」

 副団長にも団長のアルドは動じない。

「相手の兵力を軽んじるつもりではないのですね?」

「緊急事態以外は、まずはお前の二番隊に全体の指揮をらせる」

「了解。ふむ……」

 アールは戦力図が書き込まれた地図を見て黙り込んだ。

 国家の軍隊全体としては小さいが、傭兵団で最も大きな裁量権は今、アールにあった。

(……良いのか?)

 新米は、あっさりと指揮を手放したアルドに疑問の目を向けざるを得なかった。

「混戦状態で最も素早い判断をができるのはアールを置いて他にいない」

 疑問を見抜いたように、そして全員に確認を取るようにそう言った。

「こちらの進軍のためには、川を迂回する必要がありますね」

「移動の必要はないかもしれない。前に雇われていた別の国からの話でな。

 勝手に敵の国の竜騎士団が川を飛び越えてくる可能性もある」

「厄介な……」

 アールの表情がやや崩れる。

「竜騎士団はそれほどまでに――」

 新米が訪ねようとすると

「厄介だ」

 即座にアールが答えた。

「竜騎士に選ばれるのは候補兵の中でおよそ一〇〇人に一人。

 単騎でも恐ろしいが、兵隊としての連携も当然行われる。

 国民的な英雄的部隊でもある。

――国威のためにもではあるが、簡単に負けるような戦いには投入されない」

「来れば、負けると?」

「決まっていないが、他の部隊の指揮能力次第では引き揚げだな。正規軍と違って逃げたところで事実上のとがめはない」

 アルドは笑みさえ浮かべて新米に応じる。

 アルドは最終決定権を手放したわけではない。

 "戦術"は副団長のアール。より全体を見越した"戦略"は団長のアルドが決めるということらしい。

 その後戦線の移動が正規軍から開始された。

 伝令の騎馬兵がやってきて、移動先を伝え、また帰って行った。

「移動開始だ。『我らに続け』、と」

「敵は川の向こう側から矢を放っていますが、個別の防御魔法で防衛できる程度。

 うちのように、練度さえあれば隊全体を防御できますね」

 魔女のイスズが魔力を練り、飛んできた矢を途中で焼き尽くす。

 遠距離武具は、防御魔法の発達とともに無意味になってきた。

 無意味な攻撃を続ける程度の部隊なのだ、と油断させる相手の作戦でもないだろう。

 それに素直に応じて騙される傭兵団でもなかった。

「遠くの部隊がもう川を渡っているな。味方だ。

 川の流れは緩やかだし浅い」

 馬にまたがったアルドがそう言う。

「先ほどから確認できています。一部隊単独で川を渡っていくつもりですかね。馬鹿げている」

 まだ傭兵団は別れてておらず、会話は新米にも聞き取れるほどだ。

「個別に撃破される恐れがあるな。だが進軍は停止しないし、遅らせもしない」

 傭兵団は戦線の末尾のほうだった。最前線の中の末尾。

 通常戦力だが、今となっては不幸にも、そして戦場の必然として、個別撃破を受けた際の予備兵力のようなものだろう。

 矢の雨が止んだ。

 敵の兵力が、明らかに最前線のさらに先端に移動しているのだ。

 目視でわかる程度の戦線だった。

「サイル、イスズに結界を解くように指示しろ。代わりに、遠距離砲撃魔法を準備させるように。とっておきの砲火だ」

「イエッサー!」

 サイルがどら声で応じた。

「私は、そろそろですかな」

 アールの表情が冷徹なものとなっていく。

「ああ、出番だ。見ろ、いやわかるか」

 空を飛ぶ兵隊がいた。

 赤い鱗に、長い首。口からは息の代わりに火が漏れ出る。

「竜騎士団!!」

 新入りがそう叫んだ。

「さて、慌てるな。

 私が指揮を執る。

 二番隊、我に続け!」

 アールが先陣を切って進む

 新入りも二番隊なので、慌てて馬を出動させる。

 どうなるのことか。

 指示通りに動くしかないだろうが。


「さて、平凡な俺は戦争を眺めさせてもらう。

 イスズ。どうだ?」

 馬に乗る女魔術師のイスズは、緊張状態の戦線にしてはゆっくりと答える。

「準備は完了。ただ、戦線は中途半端な長さです。最大の効果を挙げるための判断が必要です」

「アールの応答を待つさ」

 信号の炎の魔法が上がった。赤色。個別の交戦開始である。

 敵の竜騎士団の多くは最前線、その先端に向かっている。しかし、全体の偵察なのか、一部の竜騎士が数騎編隊で各地に斥候せっこうとして散っている。

 アールの部隊に向け、竜騎士の一人が笑みを浮かべて息吹を放つ。

 数十人程度の小部隊なら――つまりアールの部隊なら全滅するほどの火力だ。

 しかし、敵の笑みはすぐに消える。

 アールが防御結界魔法で、高熱を遮断していた。

 さらに他の兵士との連携で魔力を連結、砲撃魔法のたぐいを直撃させて、竜騎士の1人を撃ち落とし、火竜ごと殺したのだ。

『これはまずい』、そう言う声が聞こえたようだった。

「さて、まずいのはこちらもだ」

 川の向こうの敵部隊が荒らされていた。こちら側の攻撃ではない、第三者。

「ドラゴン。戦場にまで現れるとはな」

 アルドが笑みを浮かべて馬から降りる。

「イスズを除いた第一部隊、第三部隊は各自散開。アールの指示に従うように。馬は預けたぞ」

 ドラゴンにとっては、雄大な川の流れがあるとか、大規模な戦線があるとかは関係無かった。

 宙を舞う移動要塞にとっては、暴虐の限りは遊びでしかないようだ。

「遊びは終わりだ。ドラゴンが接近次第、任意に砲撃をして離脱しろ。

 あとはこちらがなんとかする」

 イスズの周辺の景色が、ぐらつく。

 あまりの魔力の集中による熱により、陽炎かげろうが登るほどだった。

 砲撃が放たれ、移動要塞たるドラゴンに直撃する。

 だが、事前に野生の勘で危険を察知したドラゴンは魔力を前面に集中。

 砲撃をほぼ無傷で受け止めたのだ。

 敵も味方も、竜から離れるようにアルドの傭兵団からも離れていく。

 竜が、馬すら持たぬアルドの前へと舞い降り、喰い殺そうと狙いを定める。

「俺はね、武術の腕が極端に立つわけでもない。魔力も平均的だ。

 頭脳もアールにチェスで負ける」


「だが、何故か全部をまとめるのだけは、そこそこ才能があるようでね」

 

 横殴りに、アールたち二番隊が放った砲撃魔法が竜の鱗を貫通する。

 防御を正面に集中したのがあだになったのだ。

 内臓を損傷して、軽く血を吐き出すドラゴンだった。

 怒りの牙の方向をアールたちに向け、長射程の灼熱を放とうとする。

 蜥蜴とかげのような片目が、高速で移動するアルドを捉えたが、遅い。

 大きく空けたあごの内部にアルドは入っていた!

 一噛みで砕かれる状況。

 だが、あまりにも予想外すぎたのか、ドラゴンは一瞬硬直する。

 その一瞬で十分だった。

 突き刺したのは、鉄の剣。ありふれた剣コモンソードという名前だけの、戦場に数多転がる、めいもない一振り。

「息吹を吐く前後では、防御結界が消える。

 ヤイトの話は本当だったな。さすが本物の魔法生物博士だ」

 脳天を突かれたドラゴンが狂って暴れまわり、顎を勢いよく閉じるが、アルドは既にその顎から脱出していた。

 ドラゴン自身の魔法の吐息。その魔力が、行き場を失っていた。

 そして有り余る動力が、内部で暴発する。

 ドラゴンの血と骨肉、内臓を撒き散して爆発、四散した。

「竜殺し、だと」

 竜騎士団の一人がそう言う。声には最大の不吉さがはらんでいた。

「不明な戦力を確認。残っている竜騎士団は全員撤退せよ!」 

 現場の竜騎士団の長は、全体に撤退信号を出して引き揚げていく。

 外野から見れば、ほぼ単独で竜を殺したようにしか見えなかったことだろう。

 竜殺しのアルド。

 そんなうわさが、畏怖と共に、数日の内に流れることになる。

 その翌日から、崩れた戦線の指揮権はアルドに全て委ねられた。

「これを見越していたですか?」

 新米の心からの疑念には、

「たまたまだよ」

 あくまでも笑顔を崩さず、アルド・アンダールはそう言った。


 世界最大の国家、『アンダール帝国』のアンダール一世。

 後にアルドは、そう呼ばれることとなる。

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