セリヌンティウスは激怒した

@luckyclover

第1話

 セリヌンティウスは激怒した。

「なるほど噂にたがわぬ暴君だ」

 初夏、満天の星である今宵。セリヌンティウスは王城に呼ばれた。

 国王ディオニス。町では暴君と噂されるとはいえ王は王。王命は絶対であり、それが深夜の召喚であろうが応じぬわけにはいかない。

 二度言おう。初夏、満天の星である。

 松明の油も貴重なこの時代、日が落ちれば町は闇に包まれる。ただでさえ夜に歌をうたう者もとんといなくなった町。闇の中でやることも無ければ人々は眠るだけ。

 セリヌンティウスもまた床に入り深い眠りにつこうとしていたまさにその時の召喚であった。無論、寝間着姿のまま参上するわけにもいかない。失礼のないような服を急いで見繕って着替えた。

 しかしこんな夜中に一介の石工を王城に呼びつけるなど、よほどの理由があるのだろう。寝ぼけまなこのセリヌンティウスには思い当たる節がない。

 だがその理由は何故か王城にいた友人メロスの口から語られた。2年ぶりの再会である。

 曰く、メロスは激怒した。

 妹の結婚式の花嫁衣装や祝宴の御馳走やらを買いにはるばる町にやって来た彼は、町の老爺から聞かされた王の乱心に怒り、王を殺そうと決意したのだ。

 警吏に捕縛され処刑を命じられたが、妹に結婚式を挙げさせるために3日の猶予を与えてくれるよう頼み込んだ。

 その人質としてセリヌンティウスを捧げ、メロスが3日後の日暮れまでに帰ってこなければセリヌンティウスを代わりに殺してくれと。


 セリヌンティウスは呆れ、ものも言いたくなかった。

『私その結婚式に呼ばれていない』

 メロスは妹の結婚式に呼ぶほどではない関係性である知人のセリヌンティウスを人質に出していた。自らの暴挙が招いた事態の人質に差し出していた。

 では結婚式に呼ぶには酷なほどメロスの故郷は辺境の地なのか?

 否。10里(約40km)。呼ぶに躊躇う距離ではありますまい。

 たしかに10里は遠い。だがセリヌンティウスは石工。石を買い、石を砕き、石を売る。日々の運搬で健脚を鍛え上げられぬわけがない。

 つまりメロスは2年ぶりに再会するセリヌンティウスを結婚式に呼んでいないことを把握したうえで、眠りにつこうとしていたセリヌンティウスを永遠の眠りにつかせるやもしれぬ舞台へ叩きこんだのだ。

 そもそも今はまだ葡萄の季節ですらない。結婚式シーズンではない。結婚式を行うならもっと先の話。結婚式が無いのであればセリヌンティウスを結婚式に呼ばなかったことも合点がいく。何故なら結婚式は無いのだから。

 だがそうであればメロスが町に訪れた理由が見当たらない。花嫁衣裳はともかく御馳走を買いにメロスは町に来たのだ。

 この時期は晴れていても突然大雨が降るほどの天候不順の時期。そのような時期に食物を長持ちさせる防腐処理技術はない。ならば腐った御馳走を式に出すだろうか? いや出すまい。

 だがメロスであれば不思議ではない。メロスというのは邪悪に人一倍敏感な男。だが自身の邪悪には人一倍鈍感な男。御馳走が腐る可能性など微塵も考えまい。先見の明など微塵も持ち合わせていない。

 その証拠に王の命を狙うは国家転覆の罪。一族根絶やしの大罪である。

 今回は運よく、王はそうなさらなかった。おそらくはメロスの妹の結婚式に処刑命令という最悪の祝電が届かぬよう配慮なされたのだろう。

 だがメロスは橋桁も木端微塵に跳ね飛ばすほどの濁流の中も泳ぎ切り、その足で山賊程度であれば素手で3人は殴り倒す怪物。

 誰も想像できまい。例えば貴方が。あるいは私が。夜も更けてきた頃に噂で聞いた王の所業が気に食わぬと。除かねばならぬと思ったとする。それを実行に移すことは可能か? いいや思いとどまるもなにも現実的な発想ではない。

 メロスにはある。強い自負心で自らの想いに一切の疑念を持たぬ。

 怪物の尺度には人間の考えなど通用しないのだ。

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