一話 帰還はまさに矢の如く(二)

「おぉ〜、十六夜! たっだいま〜っ!」


「え、あぁ、うん、おかえり……いやいや、違う、早くない? 君に帰って来てって話したの、昨日だよね?」


 呑気に挨拶をする宵霞に対して、十六夜も律儀に挨拶を返すが、すぐさま頭を振って彼女が居ることへの疑問を口にする。

 確かに呼んだのは十六夜だが、まさかその翌日に現れるとは夢にも思っていなかったのであろう。


「え? うん、社長に言ったら『しばらくレッスンしかないから別にいいわよ』ってすぐに休みくれたんだよねー。だから今日来たって感じ!」


「え、いや……そんなあっさり……」


 宵霞はケラケラと笑いながらあっけらかんと言い放った。彼女のその突飛すぎる行動力に、晴明の血が色濃く表れていることを悟った十六夜は、ただでさえ良くない顔色を困惑の色で染め上げる。


「どうしたんだい皆? ……おや、宵霞じゃないか。久しぶりだねぇ」


 そこへ二階で置いてけぼりを喰らい、暇になった様子の晴明がひょっこりと顔を出す。彼も十六夜同様、宵霞の姿を見つけて嬉しそうに破顔した。


「あ、やっほ〜おじぃ様! 久しぶり! ……って、おじぃ様ぁっ!?」


 宵霞も同じ様に笑顔で久しぶり、と手を振ったが、途端に晴明がこの場にいるはずのない人物であることを思い出し、大声で驚愕の声をあげた。


「……? うん、そうだよ?」


 当の本人は何故宵霞が驚いているのか分かっておらず、キョトンとしたまま首を傾げていた。


「え、ちょ、ちょっと待って! な、なんでおじぃ様がここに居るの!? アタシが現し世に行った後、同じように現し世行ったって、十六夜言ってたじゃん!?」


 宵霞はあたふたと手を動かしながら困惑の言葉を並べていく。あまりに突然のことだったのか理解が追いつかなかった様で、宵霞はぐるぐると目を回しながら十六夜に説明を求めた。


「あー、宵霞落ち着いて……宵霞を呼んだのはこのことを話したくてなんだ。えっと、どこから話したらいいかな……話すことが多すぎて……」


 十六夜は彼女を宥めつつもどう説明を始めていいか分からず、眉をひそめたまま困った様に頭をかいた。もちろんその目は死んでいる。


「あー……オッケーオッケー、とりあえず……事の発端から聞こうかな? どうして、おじぃ様が戻ってくることになったワケ?」


 このままでは話が平行線になってしまうことを咄嗟に理解した宵霞は、未だ混乱が残る頭で助け舟をだした。彼女は気配り上手なのである。


「……! うん、分かった。えぇとまずは……」


 十六夜はその言葉を聞くと、ハッとしたように頷いてから事の発端を話し始める。


 妖街道が滅びると言われたこと、それの真偽を確かめる為に晴明を呼び戻したこと、そしてその為に妖街道を現し世に近い場所まで押し上げたこと。十六夜は宵霞が居ない間に起こった全てを、事細かに淡々と告げていく。



「な、なるほどね〜……アタシが知らない間にそんな大変なことが……」


 全てを聴き終わった後、宵霞の顔に浮かんでいたのは驚愕と困惑、そして若干の呆れが混ぜこぜになった表情であった。彼女は緋月にそっと、なんて無茶を、と言いたげな視線を送ったが当の本人は気付いていなかった。


「言うのが遅くなってごめん。僕の方も色々やることが重なっちゃって……後は……うん、多分全部言ったはず……あ、あれ終わらせてないな……」


 十六夜はすっかり疲れ果てた様な表情のまま宵霞に謝った。彼は何か言い忘れたことは無いかとぶつぶつと呟くと、仕事が終わっていないことを思い出して表情を死なせた。


「いやぁ、僕としては楽しかったよ!」


「……っ、アンタは黙っててください。元はと言えば貴方のせいなんですから……」


 その直後、横から飛んできた空気を読まない祖父の言葉に青筋を浮かべていたが。


「とりあえず、妖街道が滅びるって言われて、おじぃ様を呼び戻したって感じだね……って、それかなりヤバくない!?」


 宵霞はすらすらと状況を整理しながら、現在置かれている状況がかなり厳しいことに気付いて切羽詰まった様な声を上げた。


「あぁそれは……この爺さんによればしばらくは平気らしいんだけど……今は少しでも情報が欲しいんだ。現し世のことでもいいから、何か変わったこととか知らないかな?」


 宵霞のその言葉を受けて、十六夜はまだ猶予があることを告げる。そうして藁にもすがる思いで宵霞に何か情報は無いかと問うた。


「現し世で? うーん、そうだなぁ……あっ、そう言えば! 最近また現し世で『コックリさん』が流行っててさぁ……」


 突如飛んできた質問に、宵霞は目を閉じてうーんと困った様に首を捻る。そして何か思い当たった様な顔になると、現し世でコックリさんが再び流行し始めていることを告げた。


「コックリさんって、……降霊術の?」


 捻り出された宵霞の言葉に聞き覚えがあった紅葉は静かに呟いた。


「こっくりさん……? 紅葉、知ってるの?」


 同時に、ぽかんとしたまま話を聞いていた緋月がコソコソと紅葉に話しかける。緋月には現し世の知識は全く無いのである。


「おう、確か紙と十円玉を使って狐とかの霊を呼び出して、質問に答えてもらうって遊びだったはずだぜ。ちょっと前になんかの本で読んだ」


 袖をちょいちょいと引かれた紅葉は、緋月と同じく声量を少し落とすと、いつか本から得た知識を緋月へと伝えた。基本的に妖街道にある書物は江戸時代のもので最後なのだが、時折本などの無機物は落ちてくることがあるのだ。彼女はそのうちの一冊を読んだらしい。


「へぇ〜! なんか楽しそうだね!」


「ふふ、但し呼び寄せられるのは低俗な霊のことが多いから、あんまりお勧めは出来ない危険な遊びだねぇ」


 狐という言葉に目を輝かせた緋月に、晴明はクスクスと笑いながら補足をつける。彼は何故か懐かしい物でも見るように目を細めていた。


「なんで貴方はそんな詳しいんですか……えぇっとそれで、それがどういう風に流行ってるの?」


 十六夜は過去に前科がありそうな祖父を思い切り睨み付けると、ため息をつきながら再び宵霞へと水を向けた。


「んっとねぇ〜、ちょっと待ってて。アタシ確か、SNSで流れてた動画保存したはずだから!」


 どうやら説明を放棄した様子の宵霞は、懐から携帯電話を出しながら言葉を連ねていく。

 緋月と紅葉、そして晴明は見慣れぬ携帯電話に興味を持って、目を輝かせながら宵霞の持つそれへと近寄って行った。


「え、えすえぬ……?」


「あっはは、掲示板みたいな感じの奴だよ! ……あっ、あった! これこれ!」


 そして宵霞は、一人眉をひそめて呟く十六夜をおかしそうに笑い飛ばしながら、手元の携帯電話をツイツイと操作して全員に画面が見える様にそれを見せた。


「……?」


 全員が不思議そうにその画面を覗き込む中、その奇妙な現象を捉えた動画は始まった。

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