徳川家康の場合


「皆、仕事だ!集まってくれ!」


がやがやがや。


「よし!集まったな!」

「師匠、一体どうしたんですか?全員集まれなど?」

「皆の協力が必要な仕事だ!喜べ!天下の将軍様からの直々に依頼だ!」

「それは素晴らしい事です。師匠、おめでとうございます!」

「「「「「「おめでとうございます!」」」」」」

「ありがとう、皆。早速、これを組み立てよう」


バラバラの粉々の破片の塊?原型が全くとどまっていない。


「「「「「「……」」」」」」


かわいそうな漆職人。

かわいそうな親子。

かわいそうな子弟。


それにしても、大阪城でバラバラに壊された私を復活させようとは……徳川家康という男、実に執念深い。狸オヤジと世間は言うが、蛇の間違いでは?



破片を漆で継ぎ合わせて修復するという途方もない作業が始まった。

自分の事ながらこんな命令を出されて断れずに仕事を開始する職人たちに同情する。

普通に考えて、城の焼け跡から私を見つけ出すだけでも大変な作業であろう。想像を絶するものだったに違いない。なのに、修復までしなければならないとは……いかん、涙が。


職人たちの執念の末、私は見事に復活した。


復活できた事が奇跡だ!


この事が話題となり、私は「奇跡の茶入れ」として有名になった。


一言いいたい。

奇跡を起こしたのは職人たちだ。

諦めなかった漆職人の親子だ。


彼らこそが名宝といえる逸材なのだろう。


嘗てのあるじが言っていた「生きた名宝」の意味を漸く理解した。




漆塗りで元の姿に戻った事を新しい天下人・徳川家康は大層満足した。

そうだろう、そうだろう。



「そちに褒美を取らそう」


金銀財宝を与えてやれ!

彼らには、それだけの価値がある!


「この茶入れを下賜する!」


あろうことか新しい天下人は、修繕した私を漆職人に褒美として与えた。


おい!

こら!

まてや!

何のために修繕したんだ!

バカ野郎!!!


私の抗議の声は誰にも聞こえない。

結局、私は藤重ふじしげ家の家宝となった。


まぁ、大切にされたのは間違いないが…なんだか釈然としない。








その後、紆余曲折の末に、現在は静嘉堂文庫せいかどうぶんこ美術館びじゅつかんに保管展示されている身だ。

私は割れても復活する奇跡の茶入れとして『九十九髪茄子つくもかみなす』と呼ばれるようになった。


生まれ故郷の大陸で「傾国にも等しい」と言われた身だが、国が変われば価値観も変わるという事を身をもって知った。

それと、恐らくこの国は他国と違って頂点に立つ人間は「傾国」には惑わされないだろうとも思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る