27.運命は変えられない


『勇者ミオンどもを滅ぼす、取っておきの手段がある。奴らは、チャイ大陸を目指すようだ。サーシャよ……これを持っていけ。うまく変装して勇者ミオンどもに近づき、これを勇者ミオンに飲ませるのだ。サーシャ、やれるか?』

『ええ。今度こそは。お父様、このタネは一体……?』

『これは【呪いの仙丹】。飲んだ者には、恐ろしい呪いがかかるのだ。飲んだ者に何が起こるか……飲んだ者の仲間が次々と死んでいき、最後は飲んだ本人が死ぬのだ。仲間を失う絶望の中、死んでいくがよい、勇者ミオンよ……ワハハハ……!』


 ————————


 サーシャは、商人ブライに変装し、“呪いの仙丹”を優志ミオンに飲ませることに成功した。


「これで、勇者ミオンも、その仲間たちも、いずれ近いうちにみんな死にます。ワタクシもお父様も、勇者ミオンたちに殺されることは、もうありません。運命は変わったのですわ。何度も夢で見せられたあの悲劇は、もう起こりません。後は、愛しのアルス様と結ばれるため……」

「無闇に運命を変えるな」


 商人ブライに変装したまま、散歩がてら真夜中のジャングルを歩いていたサーシャだが、突然何者かに声をかけられ、心臓が跳ね上がる。


「どなたですの!?」

「私の名は、かなえだ」


 叶と名乗ったのは、紺色の長い髪と同じく紺色の口髭、あご髭を蓄えた、初老の男性だ。黒帯が締められた、道着のような服を身につけている。

 

 こんな真夜中に、魔物だらけのジャングルを人が1人で歩いているとは思っていなかったので、思わず身構える。

 正体がバレるのはまずい。

 口調を、商人ブライのものに戻す。


「……お一人でこんな所を歩かれて、危ないですよ」

「それは、貴方も同じだろう」


 咄嗟に出た誤魔化しの言葉を否定され、サーシャは口をつぐんだ。

 すると叶は視線を、欠け始めた赤い月に向け、言葉を紡ぎ始める。


「運命は、本来宇宙にとって最善になるようになっている。一人一人の心の深いところでは、運命はすべての存在にとって“善くなる”ようになる事を知っている」

(いきなり何を言い出すんですの……?)


 変な人に絡まれてしまった。

 無視してさっさと立ち去ろうかと思うが、不意に向けられた叶の視線に気付く。その眼力に、思わず体の動きを止める。彼の話を聞かなければならない気にさせられたのだ。


「一見、不幸に見える事がある。だがそれは、大いなる“善”のために必要な事なのだ。それを心の表面だけで“不幸”だと捉え、運命を無理矢理変えようと抗うと、そこに歪みが生じる。するとどうなるか。その歪みを正すべく、運命も抵抗を始めるのだ。その過程では、痛み、苦しみ、戦い、悲劇が起こり、取り返しのつかない事も起き得るだろう。運命を受け入れる事を認めるまで、それは続く」


 運命に逆らってはいけない——。


(なら、ワタクシもお父様も勇者ミオンに殺され、アルス様がにっくきアイネと結婚してしまい、最後はアルス様がお父様の怨念に殺される——その運命も、大いなる“善”とやらのために必要だと言うんですの?)


 そんなのは、認めない——。


「……このままだとワタクシ、殺されてしまいます。ワタクシの想い人も他の者と結婚してしまい、最後は想い人も殺される。そんな運命を、故あってワタクシは何度も見せられております。受け入れるなんて、到底できませんわ。ですからワタクシは、運命を変えるべく必死に抵抗しているのです。抵抗してもダメだと言うのなら、一体どうしろと言うのですか!」


 口調を変えていたことも忘れ、サーシャは叶に食ってかかった。


「願うのだ」

「願う……ですか?」

「貴方が見せられた運命自体が、ものかも知れぬ。ならば、貴方の叶えたい形を“願い”、“祈る”のだ。祈りの力は、運命をあるべき形へと導く。但し、

「ちょっとよく分かりませんわね。ワタクシが今までやっていた事をやめて、ただ願うだけでいいという事ですの?」

「願い、祈るだけで良い。祈るとは、“意に乗る”、つまりは神様の意に乗る、という事だ。神様の意に乗れば、それだけで運命はあるべき形を取り戻し、願いは叶うのだ」


 だとしたら、今までの苦労は一体——?

 拍子抜けするような答えだった。


「でしたら、願って祈るだけで、何もしなくてもワタクシはアルス様と結婚できますの? ある意味では吉報ですわね」

「そうではない」

「はぁー!?」


 思わず乱暴な声を上げてしまう。

 そんなに都合の良いものではないと語るような眼で、叶はサーシャを見つめた。


「神様とは厳しいものだ。ただ何もせず受け入れよというわけではない。今やれる最善を尽くす事が大事だ。最善を尽くす行動を起こす事は、我々一人一人に委ねられている。そのための自由意志だ。試されているのだ。最善を尽くした時、物事は最善の方向へと変わり行く……。人事尽くして天命を待つ、これがだ」

「……フン。だったら、今までやってきた事がワタクシなりの最善ですわ。アルス様との結婚を願い続け、やれる事は全部やるつもりです。ワタクシなりに」

「神様は見ておられる。誰かを傷つけ悲しませるやり方は、最善とは言えぬ“抵抗”だ。。ゆめゆめ、忘れるな」


 最後にそう言い残した叶は、暗闇のジャングルの奥へと静かに去って行った。


「……意味が分かりませんわ。そもそもワタクシ、神なんて信じてませんし。ワタクシにとっての神は……アルス様、あなただけですわ! ああもう、せっかく作戦は成功しましたのに。何ですの、この煮え切らない感じは! それに、アルス様もどこへ行ってしまったのでしょう……モヤモヤしますわね!」


 地団駄を踏みながら、吐き捨てるように独り言ちる。

 出店を撤収してから、オトヨーク島やチャイ大陸の街をワープで行き来しつつアルス王子を捜していたが、愛する彼の姿は全く見当たらない。


 折角の夜の散歩も気分が晴れぬままに終わりそうだったので、父——魔王ゴディーヴァに作戦成功を報告すべく、魔王城へ帰ることにした。

 サーシャは紫色の光に包まれ、魔王城へとワープして行った。



 〜STAGE5.仲間との別離! チャイ大陸にて己を鍛えよ、勇者ミオン!〜—— Cleared!


 Next Stage——

 〜STAGE6.もう1人の飛田とびた優志まさし!? 迷い込んだ並行世界パラレルワールドから脱出せよ!〜


————


※ お読みいただき、ありがとうございます。STAGE5.楽しんでいただけましたでしょうか。

 

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【次章予告】


優志まさしが迷い込んだ“並行世界パラレルワールド”——もう1つの現実世界、もう1つの夢の世界グランアース、もう1つのねずみの世界、もう1つの地底の猫の国——。


・ついに魔王ゴディーヴァが優志まさしの前に現れる! 直接対決の行く末は——。


・順次、仲間が死ぬという呪いのかかった仙丹を飲んでしまった優志まさし。その恐るべき呪いは、発動してしまうのか——。


 

 次章の更新は、1月8日を予定しております。お待たせすることになり、申し訳ありません。引き続き応援していただけると嬉しいです。

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