41.魔族として


 魔王城、魔王の間——。



「お父……様……。申し訳ありませ……ん……」


 全身を紫色の血に染め、身体中の骨が折れ、それでも命からがら魔王城に帰ってきた、魔王軍幹部サーシャ。

 玉座の前に辿り着いたところで、バタリと床に倒れ伏した。皮膚の感覚は麻痺している。床の冷たさすら感じない。


「良い。今は傷を治せ」


 魔王ゴディーヴァは憐れむ目で、宙に浮かぶ玉座から見下ろしていた。その目から緑色の光が放たれ、サーシャを包み込む。

 沁み渡る心地良さ。傷が塞がり、骨が繋がり、身体が楽になってくる。


「お父様……ありがとうございます」

「勇者ミオンどもを滅ぼす、取っておきの手段がある。奴らは【チャイ大陸】を目指すようだ。サーシャよ……」


 娘にだけは寛大な魔王は、浮遊する玉座を着地させると、そっと立ち上がった。

 両手にあるのは、透明の小さな壺。


「これを持っていけ」


 その壺には、小さな黒いタネが1粒だけ、入っていた。


「うまく変装して勇者ミオンどもに近づき、これを勇者ミオンに飲ませるのだ。サーシャ、やれるか?」

「ええ。今度こそは。お父様、このタネは一体……?」

「これは【呪いの仙丹】。飲んだ者には、恐ろしい呪いがかかるのだ。飲んだ者に何が起こるか……飲んだ者の仲間が次々と死んでいき、最後は飲んだ本人が死ぬのだ」


 魔王ゴディーヴァは、黄色い目をギラリと光らせた。


「仲間を失う絶望の中、死んでいくがよい、勇者ミオンよ……ワハハハ……!」


 サーシャは仙丹の入った透明の壺を渡されるが、手が震えて、持つことすらできない。

 魔王ゴディーヴァに回復してもらったとはいえ、体調が本調子に戻るにはまだまだ時間がかかりそうである。


「お父様、ワタクシは一刻も早く……勇者ミオンを……」

「焦るでない。壺は部屋に置いておく。今はゆっくり休め。まだ時間はたっぷりとある」

「ありがとうございます……」


 よろめき、足を引き摺りながら、扉へと向かう。まだ若干息苦しい。

 

「サーシャ。必ず成功させろ。次は無いぞ」


 扉から出ようとした時、魔将フランツが横から槍を突き出し、行手を阻んだ。

 無言で頷くと、スッと槍は収められる。

 これほどの失態を犯したにも拘らず、魔将フランツは以前のように責め立ててはこない。きっと魔王ゴディーヴァから、色々と言われているのだろう。


 ゆっくりと閉じられた魔王の間の扉。ガタンと閉まる音が、廊下に響いた。


「そもそも、ワタクシはなぜ……」


 サーシャの前世、卜道うらみち美幸みゆきは、ウォークイン——つまり、ある程度年齢を重ねたサーシャに卜道の魂が入り込んだ——する形で、転生したのである。

 ウォークインとはらある程度年齢を重ねた肉体に、別の魂が入り込む形で転生すること。

 転生した卜道は、元々のサーシャとしての魂と一体化したのだが、元々のサーシャとしての記憶は失われてしまった。

 

 どうにかして、サーシャとしての記憶を思い出したい。

 魔族の生き残りの責任感——。

 世界を魔族の物にする。そんなことを、本当にワタクシは望んでいるのか——。

 いいえ。ワタクシは、愛しのアルス様と結婚さえ出来ればいいのです。

 でもお父様には、逆らえません。

 お父様のお許しを得るため、今は素直に従うことにしましょう——。


 勇者ミオン、今度こそ完全に葬って差し上げますわ……。



 魔王城の小さな窓から漏れたサーシャの高笑いが、轟く雷の音に混ざり合った。



 〜STAGE4.生命の巨塔を完全修復せよ〜—— Cleared!


 Next Stage——

 〜STAGE5.仲間との別離! チャイ大陸にて己を鍛えよ、勇者ミオン!〜


————


※ お読みいただき、ありがとうございます。STAGE4.、楽しんでいただけましたでしょうか。

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【次章予告】


 海を渡り、【チャイ大陸】に到着した優志勇者ミオンに、試練が——!


 仲間と離れ離れになり、たった1人で未知なる世界を旅をすることになった優志ミオンは、ある紫髪の老人と出会い、「強くなるには、甘い話に乗るな」と忠告される。

 彼は敵か、味方か。


 魔王軍の妨害に負けず、優志ミオンは修行の旅を完遂できるのだろうか——?

 


 次章の更新は、11月半ばを予定しております。お待たせすることになり、申し訳ありません。引き続き応援していただけると嬉しいです。

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