生活習慣病治療中のおっさんは異世界で勇者となり、魔王を倒す旅に出る

戸田 猫丸

プロローグ.冒険の幕開けは、腹部の激痛と共に


「勇者様、ようこそコハータ村へ。どうか世界平和を脅かす魔王を倒し、世界をお救い下さい」

「勇者様……ですか……? この私が……?」


 飛田とびた 優志まさし

 37歳独身。身長175センチメートル、体重48キログラムの超痩せ型。音楽を愛する男だ。

 居酒屋チェーン店で働きつつ、作曲の依頼を受け、生業なりわいとしている。


 正確には、自身の夢であったプロの作曲家になることはできたが、それだけでは食っていけず、居酒屋チェーン店も兼業する、といった感じである。

 居酒屋チェーン店ではほぼ毎日残業であるため、いつも日付が変わる時間に帰宅しては10分も待たずに眠りに落ちてしまう。


 ある日、ひどく疲れて着替えもせずに眠った夜のことだった——。


 飛田は全く知らぬ間に、気付けば何処とも知れぬログハウス調の小屋の中におり、木の床の上に座り込んでいた。

 そこで、ボロボロのローブを着た、誰とも分からぬ年老いた男に話しかけられていたのだ。


「勇者様……、まずやるべきは、破壊された“生命せいめい巨塔きょとう”の修復です。“生命の巨塔”は我々コハータ村の民が、健康に生きるためのいしずえ……」

「ちょっと待って下さい、何の話でしょうか⁉︎ そもそもここは一体……?」


 自分の身に何が起こったかが全く分からない飛田。

 ここは何処なのか。勇者様って何なのだ。勇者だと言われても、着ている服はいつものワイシャツにネクタイ、そしてスーツの上下……。剣や盾など、持ってなんかいないではないか。


「勇者様、我々は……ぐはぁっ!?」

「お、……おじいさん、どうされましたか!?」

「腰が……痛くて立てぬ……。こ、これも、“生命の巨塔”が魔王軍に破壊されたゆえ……」


 老人は息も絶え絶えだった。何とか助けようと飛田は立ち上がり、小屋の中を見渡す。

 木材の匂いが鼻をつく部屋の中。電灯はなく、代わりにランプがテーブルの上に置かれている。

 木製の階段の方を見ると、20代ほどの茶色いロングヘアの女性が飛田の目に入った。老人の娘さんだろうか。彼女も苦しげな表情を見せながら階段に座り込み、お腹をさすっている。


 飛田自身も、全身の倦怠感と脇腹の痛みを自覚していた。いや、これは以前から自覚している症状なのだが。


「……ぐ!?」


 その痛みが、突如増悪していく。再び座り込む飛田。


 “生命の巨塔”が破壊されたから、村の人々が病気になった——?


 痛みに耐えつつ、それがどういうことかを飛田は考え始める。だが腹部の痛みはますます増大していき、思考回路を停止させざるを得なかった。


「勇者様、どうか……“生命の巨塔”を……!」


 顔から冷や汗が滴る。

 痛みはついに限界を超えてしまい、飛田の意識は遠のいていった。


 飛田が迷い込んだ世界は、一体何処なのか——?

 何故、彼が勇者なのか——?

 そして、老人が言う魔王の正体とは——。



 飛田はのちに、決意するのだった。

 

「まずは自分の病気を完治させ、健康になります! そして元気いっぱいの心と体で、世界を恐怖に陥れる魔王を……必ず倒します!!」

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