生活習慣病を治療中のおっさん、スイーツな魔王を倒しに行く

戸田 猫丸

第0話.冒険の幕開けは、胸部の激痛と共に


「勇者様、ようこそ【コハータ村】へ。どうか、世界平和を脅かす【魔王カカオン】を倒し、世界をお救い下さい」

「勇者様……? この私が……?」


 飛田とびた 優志まさし

 39歳男、独身。身長175センチメートル、体重58キログラム。

 幼い頃から、音楽が大好きな男だ。20代の頃はロックバンドでの活動に明け暮れたが、結局売れないままバンドは解散。音楽の道は諦め、現在は飲食系のチェーン店の店長として、毎日夜遅くまで働いている。

 女性との出会いもなく、合間を見て婚活に励むも、振られてばかり。気付けば、40代手前を迎えていた。体力も容姿も劣化する一方。


 年収も同年代と比べ、多い方ではない。にもかかわらずほぼ毎日、残業だ。いつも日付が変わってから帰宅しては、さっとシャワーを浴びて、すぐに眠りに落ちてしまう。


 ある日、酷いクレーマーの対応に追われ、ひどく疲れた状態で眠った夜のことだった——。

 

 

 飛田は、気付けば何処とも知れぬログハウス調の小屋の中におり、木の床の上で寝た状態になっていたのだ。


「……どこなんでしょう、ここは……」

「勇者様……、まずやるべきは、破壊された【生命せいめい巨塔きょとう】の修復です。“生命の巨塔”は我々【コハータ村】の民が、健康に生きるためのいしずえ……」

「ちょっと待って下さい、何の話でしょうか? そもそもここは一体……?」

 

 何が起きたかも分からぬまま、ボロボロのローブを着た誰とも分からぬ年老いた男に、飛田は話しかけられていた。


 勇者様って何なのだ。

 飛田が昔遊んだゲームには、確かに主人公として勇者がいた。剣や盾などを装備し、数多の魔物と戦い、魔王を討伐する。そんなゲームが大いに流行し、飛田もまた時間を忘れてプレイしていたのだった。


 そんな勇者が、まさか自分自身——?

 着ている服はワイシャツにネクタイ、そしてスーツの上下。本物の武器など、触った事もない。勇者の要素など微塵もない。

 これはきっと夢だ。

 思った瞬間だった。


「勇者様、我々は……ぐはぁっ!?」


 年老いた男が突然、顔を歪めて自身の腰を押さえる。

 

「お、……おじいさん、どうされましたか!?」

「腰が……痛くて立てぬ……。こ、これも、“生命の巨塔”が魔王軍に破壊されたゆえ……」


 男は、息も絶え絶えだった。何とか助けようと飛田は立ち上がり、どうにか男を椅子に座らせた。


 落ち着いたところで、飛田は小屋の中を見渡す。


 木材の匂いが鼻をつく部屋の中。電灯はなく、代わりにランプがテーブルの上に置かれている。

 木製の階段の方を見ると、20代ほどの茶色いロングヘアの女性が目に入った。老人の娘さんだろうか。ボロボロになった絹のローブを身につけた彼女もまた、苦しげな表情を見せながら階段に座り込み、お腹をさすっている。


 そして飛田自身も——。

 全身の倦怠感と、胸の痛みがある事に気付く。そして。


「……ぐ!?」


 胸の痛みが、突如増悪していく。

 飛田は、たまらず床に倒れ伏した。


「勇者様、どうか……“生命の巨塔”を……!」


 年老いた男の声が遠退く。

 顔から冷や汗が滴る。

 心臓を鷲掴みにされるような痛み。ついに我慢の限界を超え、飛田は意識を失った。


 飛田が迷い込んだ世界は、一体何処なのか——?

 何故、彼が勇者なのか——?

 そして、年老いた男が言う“魔王カカオン”とは一体何者なのか——。



 飛田はのちに、決意するのだった。

 

「まずは自分の病気を完治させ、健康になります! そして元気いっぱいの心と体で、世界を恐怖に陥れる魔王を……必ず倒します!!」

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