シトザキ、てめえ、このやろう
ゴオルド
第1話 シトザキという男、パートをいびる
皆さんはプロ野球選手の
彼はルインズという野球チームで投手として活躍している選手である。決して二枚目ではないが、お茶目な人気者だ。
さて、私の職場にシトザキという男がいる。
この男、顔が差戸崎氏にうり二つで、しかし差戸崎氏のように野球ができるわけでもなければ、人気もない。差戸崎の「さ」しすせその「さ」の下という意味でシトザキと陰で呼ばれていた。
シトザキは職場の全女性から嫌われていた。なぜかというと、仕事ができないのにその自覚がない。そのうえ性格が悪い。すくいようがない。
私とシトザキが勤める倉崎商店は、冠婚葬祭用のギフトの販売をやっている。私はパート女性、シトザキは男性社員だ。
うちは包装作業も自社で行っており、郊外の川沿いに建つ小さな倉庫のような職場では、毎日10人ほどのパートたちがさまざまなものを包装している。取引先の葬儀場から「葬儀の予約が入ったので、香典返し用のお茶セットを300個」などと注文が入れば、パートの女性たちがその日のうちにお茶を包み、それを配送係が葬儀場に届けるというぐあいである。お茶のほかには珈琲、パンフレットにタオルに食器、バウムクーヘンに写真立て、山海の珍味なんかをラッピングペーパーで包むこともあった。
社員であるシトザキは、包装と商品の仕入れと在庫管理を任されたパートたちを嫌な気持ちにさせるのが主な仕事内容である。それ以外には、葬儀場に結婚式用のバームクーヘンを間違えて届けたり、ころんで茶葉を路上にぶちまけたりしている。その尻ぬぐいをパート女性にやらせて、謝りもしない。むしろサポートが遅いと文句すら言う。それで給料は私たちの3倍近くあるというのだから嫌われるのも当然だろう。
あるとき、あまりに仕事ができないものだから、課長はシトザキに駐車場の草むしりを命じたのだが、シトザキはむしろパート女性に自慢するほどだった。
「俺ほどの男だと、何でも屋として重宝されるから、どこからも引っ張りだこなんだ」
そして、長年パートのまま低賃金でこき使われている私たち女性に向かって、
「おばさんってずっと同じ仕事で楽でいいね。俺は今度門扉にペンキ塗りするんだ。できる男は大変なんだよね」などと寝言を言い、また別の日には、パート女性の1人が入院することになって仕事を休んだ話を持ち出して、「パートがいないと職場がまわらないのに、手術なんかのために休むなんてあまりにも自分勝手だ。これだからパートは責任感がなくて困る」と偉そうに言って回るのであった。
シトザキが実名でやっているFacebookには「職場の山田さんが子宮を取る手術をするらしい。子宮を取るだけなら翌日から働けるはずなのに、1週間も休むってワガママを言うから困る」と書き込み、それがパート女性たちに知られ、大ひんしゅくをかったのであるが、本人は「俺は間違ったことは言っていないのにパートのババアたちからいじめられている」とむしろ被害者ぶるのであった。女性が子宮を摘出したことを実名でネットに書くのはデリカシーに欠けると諭されれば「ババアを女扱いしろっていうのか」と謎のキレ方をし、「ババアのヒステリー、ほんとキツイ笑」と書き込むのであった。Facebookをやめるよう上司である課長から注意されても聞く耳を持たない。課長もなんだかんだ言っても、シトザキが可愛いようで、強く咎めることはなかった。女の私にはわからないが、シトザキは男が庇いたくなるような何かがあるのだろう。
シトザキは独身だった。それは別に問題ないと私は思うが、シトザキ自身は独身者を見下すところがあった。自分のことを棚に上げているのが不思議だが、シトザキに言わせれば「女で30歳以上、男で50歳以上の独身はまともじゃない」ということらしい。ちなみにシトザキは47歳で、私と同い年である。あと3年でシトザキはまともじゃない人間になるらしい。私から見たら、3年待つまでもなく、既にまともじゃないと思うのだが。
果たしてシトザキはいつからこうなのか。子供時代は可愛ところも少しはあったに違いないのに。シトザキの母親はどんな気持ちだろう。実家暮らしだそうだが、母からしてみたらこんな男でも可愛いのだろう。それがわかるからこそ、なお切ない。ああ、どうかうちの息子がシトザキみたいになりませんように。でもシトザキみたいになっちゃったとしても、きっと見捨てることはできない。せめてしっかり叱ってやろうと思うのだった。
そんな話をパート同士でしていたら、いつの間にか「シトザキ化する」というワードが生まれた。夫や息子が「ババア」とか言い出したり、全然できていないのに「俺はちゃんとやれている」などと言うと、「昨日、うちの夫がシトザキ化しちゃって腹が立ったわ」などと愚痴るときに使われるのである。余計な説明が要らないので便利な言葉であった。
こんなシトザキであったが、課長をはじめとする一部の男性社員からは好かれていた。支持されているといってもいい。女から嫌われる男は、男にはモテるのかもしれない。
ああ、もしも男たちがもうちょっとシトザキを叱っていたら、あんな事件は起こらなかったし、誰も不幸にならなかったのにと思う。
<つづく>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます