第21話 食い逃げは許さない

「えっ」と私もおじさんも驚いて固まって反応できなかった。


 先ほどまでの和かな雰囲気もどこへやら、すずさんは目をぎゅっと吊り上げたと思うと


「食い逃げーーー!!」


 と腹の底からだしたような大きな声で叫ぶと宿のカウンターにポイッと置いていた丸いお盆を手に取ると、男たちを追いかけるように駆け出した。


 それを見て呆気に取られているおじさん。


 それを見て我に返り、慌ててすずさんを追いかけようと座っていたキッチンの奥から飛び出す。

 すずさんはただの食い逃げを追いかけているつもりだろうけど、男たちは武器も持っているし、人を平気で売り飛ばそうとするような奴らだからすずさんに危害が加えられてしまうかもしれない。

 未だにポカンとしたままのおじさんに「店番をお願いします!!」と大きな声で言うと、おじさんは肩をビクン!と揺らしてこちらを見ると何も言わず、ただ首をコクコクと上下に振るだけだった。


 万が一、と思いコンロの脇に置いてあった小さめのフライパンを持ってすずさんの後を追いかけた。


 お店を出てすずさんたちはどの方向へ走っていったのかとキョロキョロと周りを見渡すと、道を挟んだ向かいにある宿に和風雑貨販売を併設している大正時代を思わせるレトロな佇まいの店舗から、店長と思われるおばあさんが出てきた。


「あ、お嬢さん!さっき、すずさんのとんでもない声が聞こえたけど」

「すずさん、どこに向かったかわかりますか!?」


 おばあさんの話を遮って、すずさん達の行方をきく。

 おばあさんは、私の剣幕に少し驚いたような顔をして一瞬止まってしまったが、すぐにある方向の道を指差した。


「あ、あっちに大きな声を出しながら走っていったよ!」

「ありがとうございます!」


 私はおばあさんが指した方向に向かって全速力で走った。

 私の剣幕に驚いたのはおばあさんだけではなかったようで、濃いグレーっぽい色をした小さな鳥がパタパタとどこかへ飛んでいってしまった。

 男たちはマイダの国の中心部から離れていくように逃げたようだ。

 この辺りはただでさえ人気が少ないのに、中心部からさらに離れてしまうと余計に人の気配がなくなってしまう。


 すずさんを探しながら、男たちのことを黙っていたことを後悔していた。

 話していたらすずさんは後先考えずに追いかけたりしていなかったかもしれない。

 すずさんにもしものことがあったら……後悔の気持ちが体中に広がって足が重く感じて前に進めなくなりそうになる。


 泣きそうになる気持ちを奮い立たせて、ひたすらすずさんを探す。



 男たちは怪我の影響もあってかそれほど遠くまで逃げられなかったようで、宿屋が集まっている地区の外れあたりですずさんに追いつかれていた。

 男たちは建物の外壁と隣の建物の塀に逃げ道を阻まれてしまったようだ。

 幸い、すずさんに怪我はないようで少し安心した。


「やっと追いついたよ!特盛分はおまけしてやるから二人で1800モネ!払ってちょうだい!」

「チッ……しつけぇ女だな……」


 黒い短髪の男がすずさんを威嚇するように大きな声を出す。


「てめぇ、痛い目見ねえとわかんねえのか!?おい!」

「なんだい、脅そうっていうのかい!」

「クソが、ぶっ殺すぞ!」


 頭に血が上っている男に対して、茶色い長髪の男が手を伸ばして制止をかける。


「落ち着け。面倒だが、少し静かにしてもらおう」


 長髪の方がそう言ってすずさんにゆっくりと近づいていく。


「だから、お代だけ出してくれりゃいいんだから、さっさとおくれよ!」


 すずさんは黒髪の男に対応するときよりも少し怖じ気づいた感じになりながらも、声を張って代金の支払いを要求する。

 そんなすずさんの様子を気にする素振りも見せず、茶髪の男は両腕をストレッチするように伸ばしたりしながらすずさんへ近づいてくる。

 すずさんはぐっと口を真一文字に結んでおり、男たちの脅しには屈しない態度で堂々と立っている。


 茶髪の男は躊躇せずにすずさんに危害を加えそうな気がする……!


 私は慌てて「すずさん!」と大きな声を出しながらすずさんの元へ走り寄った。

 すずさんをかばうようにして男たちとの間に立ち、持っていた小さなフライパンを盾のように構える。


「なんだ、こいつ……。っておまえ、あの時の女かぁ!おい!あの時のクソ野郎は一緒じゃないのか!?」


 黒髪の男が私を見て、いやらしくニタニタと笑いながら大声を出した。

 あまりの大声に驚いたのか、小さな鳥が慌てて飛んでいくのが視界の端に入った。

 茶髪の男も私を認めると、口角をニヤアと吊り上げて笑った。


「確かに。あの時は随分と世話になったなあ。あぁ……思い出したら傷が疼くな。今日はアイツはいないのか?」


 茶髪の男は伸ばしていた手を、園生くんのナイフでつけられた傷口に持っていくとゆっくりとなでる。


「おまえとあのクソ野郎にはたっぷりとお礼してやらないと、と思ってたんだ。良かったよ、会えて」


 ゆっくりと傷口をなでていた手を腰に下げていた剣に掛け、ゆっくりと鞘から引き抜く。

 引き抜いた剣を構えて、茶髪の男が笑ったままこちらを舐め回すように見る。


「やっぱり傷つけられた腕から同じようにお礼したほうがいいかなあ。顔は最後にとっといてやるからな」

「おいおい!俺もこいつには手酷くやられたんだ!俺にもやらせてくれよ!?」


 黒髪の男がそう言うと、私があの時噛み付いた手を大げさに撫でて「俺の可愛い手になんてことしてくれたんだか」と嫌味たらしく言っている。

 そう言っている間にも、茶髪の男が私にターゲットを変えて剣で斬りつけようと近づいてくる。

 こんな小さなフライパンでは到底防げそうにない。


 まずい!すずさんの宿から離れてしまっているここでは園生くんが助けに来てくれることも期待できない!


 小さなフライパンを震える手で構えながら、考えを巡らせていると上から何か落ちてきた。

 よく見ると、それは落ちてきたのではなく空から急降下してきた鳥だった。

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