第10話 これって偶然?

 後輩のトラブルは3時間ほどで無事に解決した。

 PCが自動で定期的にバックアップをするように設定されていたので、データを探し出し復帰作業と消えるまで入力していたという箇所までやって今日はお開きにした。

 腹が減っては戦は出来ぬ、というわけじゃないけど状況を把握するため職場のデスクで後輩とパンをつまみながら話していると「そういえば……」と出てくる現象は何なんだろう。


 まだ、作業自体は残っているけど別に今日中に仕上げないとまずいものでもないし、明日朝から取りかかれば十分余裕をもって終わるくらいの作業量だ。


「先輩、本当にありがとうございました!何か、お礼をさせてください!」

「え、別にいいよ〜」

「で、でも……あの、先輩の貴重な休日を……」


 休日を潰してしまったのはお互い様なのだけどね。

 2人で会社を出てゆっくりと駅まで向かう。後輩はなぜか私の左腕を両手でぎゅっと掴みながら歩いている。

 大したことをしていないしお礼なんて気にしなくてもいいのだけど、このままだとお礼するまで開放してくれそうにない。

 だから、ずっと左腕をつかんでいるのだろうか?


 他愛のないことを話しつつ、どうしようかと周りを見回すと最近オープンしたのか、見たことのない店を見つけた。

 白い外壁に淡いピンクの屋根が特徴的な、可愛らしい印象を与える店だ。入り口はガラス張りになっていて、中を覗くと焼き菓子メインの洋菓子店のようだ。

 入り口近くにはブラックボードが設置してあり、やはり可愛らしい字で今月のおすすめと新作メニューの案内が書かれていた。


 どこかで見たことのあるような外観のお店だけど、チェーン店なのかな?


 店の前に立っているだけで、店内からバターと焼き立てのお菓子と思われる甘い匂いが漂い、それにつられて脳が甘いものを欲する命令を出してきた。


「先輩、このお店気になっちゃう感じですか?ぜひ、ぜひぜひ!買っていきましょう!私が買いますから何でも言ってください!」


「えぇ〜悪いよ〜」と言いつつ、下手に高級菓子なんてお礼されるよりこういうちょっとしたものの方が気持ちの負担も大きくないので甘えてしまうことにした。


 改めて、店内に入る前にブラックボードに書かれている商品をチェックする。

 なになに、新作はパイナップルを使ったしっとりとしたソフトクッキー?へぇ。パイナップルケーキとはまた違う感じなのかな?

 そういえば、マイダの国でも新作としてパイナップルと夏みかんのムースを食べたことをふと思い出す。


 ――あ!


 そうだ、どこかで見た外観なのはマイダの国で手伝った店の外観ととても似ていたからだ。

 こんな偶然があるのだろうか。

 びっくりして、思わず入り口のドアに手をかける。

 そのままドアを開けて中に入ると、カウンターにいた40代くらいの女性店員さんがにこっと微笑みながら声をかけてくれる。


「いらっしゃいませ。何か気になる商品がございましたらお申し付けくださいね」


 違った。


 お店の外観やメニューが似ていたから、もしかして坂内さん夫婦のお店かもしれないと思ったのだ。

 園生くんのときと同じように現実世界でも会えるのかもしれないと期待したのだが、そう簡単にはいかないみたい。


 店内の大きなショーケースにはパウンドケーキやマフィン、フィナンシェが数多く並べられていた。隣にある小さめのショーケースにチーズケーキといちごのショートケーキが一ホール分だけ飾られていた。

 私は後輩にフィナンシェがメインのプチ焼き菓子セットを買ってもらい、自分でパイナップルクッキーを買った。


「こちらのお店は最近オープンしたんですか?」

「そうなんです。元々ここはケーキ屋さんだったんですけど、設備もそのままに空き家になっていたので、一部リフォームしてテイクアウトの焼菓子メインの洋菓子店としてオープンしました」

「へぇ……元ケーキ屋さんだったんですね……」


 店員さんの説明に反応するも『元ケーキ屋』という単語が頭にこびりついて離れない。

 元ケーキ屋……店の外観どころかお店の業種まで同じだったなんて。

 もしかしたら、坂内さん夫婦は元々ここで商売をしていたのかもしれない。何か事情があって、お店を畳んでしまったか引っ越してしまったようだが、お互い知らないうちに会っていたのかもしれない。


 園生くんといい、坂内さん夫婦といい、ずいぶんと狭い範囲でニアミスを起こしていると驚いてしまう。

 今度、マイダの国で坂内さん夫婦に会った時に今はどこに住んでいるのか聞いてみよう。

 そして、そちらのお店でカップケーキを買わせてもらおう。


 そんなことを考えながら、お店をあとにする。


 後輩は私と店員さんとのやりとりを私の隣で聞いてから、いまいち表情が冴えない。

 仕事のミスを引きずって暗い顔をしているのかと思ったけど、何か思い出そうとしているような、眉間にシワを寄せて何かを考え込むような顔をしている。

 その表情が気になり、店を出てから声をかける。


「どうしたの?さっき買い物してる途中から難しい顔してたけど……」


 後輩は目線を下げたまま、口を小さくもごもごと動かしている。先程の店で、自分用に買っていたマフィンの入った袋を胸元でぎゅっと抱きしめた。


「さっきは思い出せなかったんですけど、あのお店の前にやっていたケーキ屋さんって買いに行ったことがあったと思って」

「え!そうなんだ、どんな人が経営してたの?」


 まさか、こんな身近に前のケーキ屋を知っている人がいるとは!

 嬉しくて、思わず食い気味に聞いてしまう。

 そんな私とは反対に後輩の表情は固く、言葉を選ぶように一言一言ゆっくりと話す。


「確か……前のケーキ屋さんは夫婦でやっていて……それで……ある時、パッといなくなっちゃったらしいです。夜逃げとか言われてたんですけど、お金はそのまま残っていたとか。……何より、次の日のケーキの仕込みがされてたとかで……当時は神隠し説とかも出て話題にのぼったりしたんですよね……」


 後輩は自分の体を抱きしめるように更にぎゅっと縮こまると、マフィンの袋を見ながら

「さっきの店員さんはそういう噂は知ってるんですかね〜」

 と怖がっていた。


 もう少し、ケーキ屋を営んでいた夫婦について聞きたかったけど、駅に着いてしまい家が反対方向の後輩とはここでお別れとなる。


 買ってもらったお礼をし、後輩と別れて電車へと乗り込む。


 休日の電車は遊びに出かけた人をたくさん乗せて、平日とは違う賑やかさを見せる。

 そんな車内のドア付近に立ち、窓からまだ幾分か高い位置にある太陽とその光を反射してキラキラと輝くビルをぼんやり眺めながら、後輩の言葉を頭の中で反芻はんすうしていた。


 いなくなってしまったという夫婦は坂内さんたちのことを指しているのではないか。

 そうだとしたら、なぜこちらの世界に戻ってこないのだろうか。


 答えはでないまま、下車する駅についた。


 いつも夜遅くに覗くコンビニとは違い、昼間は活気が溢れ、店員たちもキビキビと働いている。

 モヤモヤしたものを胸に抱え、うつむき加減に並木道を歩いていると眠気を誘うような暖かい南風が後ろから追いかけてきた。

 風に乱された髪を右手で抑えようと顔を上げた時、見知った後ろ姿が小さな児童公園のベンチに座っているのを見つけた。

 今抱えているモヤモヤを消してくれるかもしれない人物。

 私は進行方向を家から公園に変更し、小走りにベンチへ向かいながら後ろ姿に声をかける。


「園生くん!」

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