配信1『見習いメイドうさぎは大バズりの夢を見るか』(2)

「――加々宮エリンと申します。本日も一人前のメイド目指して精進して参りたいと思います。……うーん、やっぱり丁寧丁寧に行き過ぎて硬いかな? 語尾とか付ける?」

 配信前にマイクをオフにしたまま声出しの練習中。そして自分のキャラも見失い中。

「例えばぴょんとか? お帰りなさいませでございますぴょん!! ……馬鹿メイドか!? というか語尾特徴的なメイドってふざけてるよね、舐め過ぎ。奉仕とは丁寧から始まる」

 そもそも悩んでいる箇所が間違っている。もうダメだ。

「今日は……新規のリスナーも大事にしていきたいから『加々宮エリンの裏話』って感じで、加々宮エリンっていうキャラのルーツを主に話していく雑談配信にしようかな」


 そして配信の最後にスパチャが解禁されたことを発表する。

 最初に発表すると卑しいと思われてしまうからね、世知辛いね。

「今日の配信が勝負……!! ここで私がスパチャで生きられるかが決まる……!!」

 一時期は企業に応募することも考えた。だが、それでは

 勿論有名への足掛かりが少ないというのは個人の欠点だが、それでも夢は大きく見る。

「そういう人間なの、私は!! そういう卑しい部分を隠してでもVとして成功を!!」

 借金返済という手段にVを選んだのは、何も労働するのが嫌とかそれだけではない。

 夢、希望、その他諸々。それらをこの手で掴みたくて。

「何よりも私は!! この決意だけは曲げないから!!」

 誰も聞いていないこの状況だからこそ大きな声で自分に言い聞かせるように宣言する。

 かつてはリスナーとして楽しんでいた、そんな危うくもロマンのある界隈に。

「よし!! 今日も頑張って『加々宮エリン』としてやっていくよ!!」

 彼のアドバイスは的確だったが、きっと私には合わないだろう。

 何よりも自分で考え抜いたキャラをやっぱり捨てたくない。

 新垣亜理紗改め、加々宮エリンとして。今日も今日とてVの世界に乗り出していく。

 まだ配信活動が出来ていることを幸せに思いながら、マイクの電源をオンにした。



 意を決した顔で彼女は配信開始のボタンをゆっくりとクリックした。

・始まるぞ、帰宅の準備は出来たか?

 既に待機していたリスナー達はここぞとばかりにコメントを。

 相変わらず加々宮エリンのマイクになっている三樹春人です。どっこいこれが現実……。

 現実の自分はきっとスマホで配信画面を開きながら布団に潜っていることだろう。

「――お帰りなさいみゃ……失礼しました。お帰りなさいませ、ご主人様!! 鏡の国からやって参りました見習いメイド、加々宮エリンと申します。よろしくお願いいたします」

(普段はこういう風に噛んだりしない人だから……逆に練習したのかな。推せる)

・ただエリ、エリンちゃん!!

・初手噛んでるの本当に愛しい。ただエリ〜

「皆様もおかエリ~、です。未だに慣れませんね、このような軽い挨拶は」

・照れてるの可愛すぎるだろ

・この挨拶いいよなぁ、何回でも言える。ただエリ

 キャラ作りは完璧。当の本人には緊張の色など全く見えない。


「本日は、私、加々宮エリンが……何故鏡の国から現世に来たのかをお話しいたします」

・エリンちゃんのルーツ!! 鏡の国についても聞きたいな

 ルーツの話!! それは俺も気になっていたところだった。

「まず、鏡の国で私はメイド養成学校に通っておりました。メイドを目指したきっかけは、私自身が素晴らしいメイド様に育てられた、という部分が大きいように思われます」

・メイド養成学校という、異世界だからこそのロマン

・いい人(?)に育てられたんだね……

「ただ、学校の成績は常に落第寸前で……何度退学の危機に陥ったか。加えて私は鏡の国では一般的な兎の獣人でしたので、成績不振も相まって典型的な落ちこぼれでしたね」

・今頑張ってるから!! それが重要だよ、エリンちゃん!!

 いい設定過ぎる。応援したくなる要素満載だ。

 そして学校時代の話を長くなり過ぎない程度にした後、大きく息を吐いて続けた。

「……しかし、ギリギリの成績で間もなく卒業というところで事件が起きたのです」

・ざわ……さわ……

・事件……だと……?

「起きた、というよりは起こしたが正しいのですが。思い出すのもおぞましい……」

 演技ではあるものの、リアルでも思い当たる節があるのか顔を歪ませる彼女。

「その、なんとか卒業出来そうだという喜びで校内を走り回っていたらですね。その衝動で学校にあった超高価な壺を割ってしまい……。あまりにも多額の借金を抱えた結果、鏡の国よりも人が多い現世に出稼ぎに来させられたというのが真相です。はい……」

(なるほど、借金を抱えてるっていう部分はそこに落とし込むのか……。上手い!!)

・世知辛くて、異世界も大して変わらんのやなって……

「そして現世に追放された私は、バーチャルの配信を通して互いに助け合える最高の主従関係を捜している……というのが現状です。言うか言うまいか迷っていたのですが……」

・話してくれて嬉しいよ!! 収益化待ってる!!

 うん。リスナーは自分の推しの話を聞けるだけでも満たされるのだ。

「皆様、本当にありがとうございます……!! エリンは、とても幸せ者――」

 と、彼女が安堵の表情を浮かべた瞬間に配信にも聞こえる音量で何かが大きく鳴った。

・ん? インターホンの音?

・俺達にも聞こえてるってことはエリンちゃんのとこか

「――!? も、申し訳ありませんが少しだけお暇を頂きます!! 少々お待ちを!!」

・いってら〜待ってる〜


 酷く慌てた様子ですぐにミュートにして、バタバタと玄関の方に向かって行く。

 亜理紗さんの家は広くないので、マイクである俺には来訪者との会話が聞こえてきた。

「――げぇ!? ちょ、ちょ、家まで来るのは聞いてませんってぇ!?」

(……ん? 何だこの慌てようは……? 届け物とかじゃないのかな……)

 焦り方が何かおかしい。誰が来たのか確かめる為に更に耳を澄ませてみると。

「え、ここまでするのは稀? 流石に返済の滞納が過ぎるので一度直接会ってお話を……そうですよねぇ!? それはそうなんですが、今はちょっとまずいと言いますかぁ……」

(まさか……借金返済の催促か!? このタイミングで来るのは事故不可避だぞ!!)

 そもそも催促に来るなんておかしな状況。そしてタイミングは幸か不幸か配信中。

 ここで俺の頭に一つの考えがよぎってしまう。今俺はマイクになっているということは。

(ミュート設定弄ったりとか……出来るが!? 会話を配信に乗せたらバズるんじゃ……)

 俺がミュートを解除することによって借金取りとの会話を配信に乗せる。

 そんなことしていいのだろうか。頭の中で思考が取っ散らかってしまう。

「今日は一度お帰り頂けると助かると言いますか……。本当に都合が悪くて……!!」

(!! やばい、グダグダ考えてたら終わる可能性がある!! ど、どうしよう……)

 この千載一遇のチャンス。ともすれば何かを変えるきっかけになるかもしれない一手。

 選択を迫られて更に頭が混乱する。もうすぐにでも決めなければならなかった。

(あぁぁぁぁぁぁ、迷う!! ここでミュートを解除したら全部終わっちゃう可能性すらあるんだぞ!? 今後もずっと俺は加々宮エリンの配信を見たい!! でもそれ以上に、大きな成功を掴んでステップアップした姿も……。クソッ、いったれ!! ミュート解除だ!!)

 一縷の希望があるのならばやるべき。そんな亜理紗さんの信条を前に聞いた。

 敢えて言うなら、全てを賭けたオールorナッシングだ!! 本当にごめんなさい!!

・ん? ミュート忘れてないか?

・名前とか配信に入ったらまずいんじゃないの流石に

・なんか焦り方も変だったな……大丈夫か?

・鏡の国からの使者でしょ

(本当にやばかったら戻す……!! お願いだから取り返しのつかない大事故になるのだけは勘弁してくれよ……!! マジで大事故ったら亜理紗さんに会わせる顔が無い!!)

 コメ欄はざわつき始めているが、俺は違う理由で心がざわついていた。

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