配信1『見習いメイドうさぎは大バズりの夢を見るか』(1)

「――やばい……!! 電車内でエリンちゃんのアーカイブ見てたら乗り過ごした……!!」

 とある日の事。少しばかりポカミスをやらかして街を疾走中。

 昨日の配信を電車内で見ていたら最寄り駅を通り過ぎて二つ先の駅まで行っていた。

「ちょっと早めに下校しといて良かった、なんとか間に合った……」

 とにかく今日は夕方からコンビニバイトのシフトが入っている。

 全力で走り、店に到着後すぐさま裏へと向かうと誰かの声が。

「……どうして働かないとお金が入ってこないんだろう? この世は本当に不条理」

 そこでは一人の女性がスマホと睨めっこしていながら何かを呟いていた。

「実際どっちの方が効率いいのかな……。労働と配信、やっぱ両立は厳しいよねぇ……」

 どうやら俺が入ってきたことに気付いていないらしい。

 綺麗な茶髪をショートカットにしているその女性は一目見て分かる程の美人だった。

「……あの、何か悩んでるんですか亜理紗さん」

「何奴!? ……なんだ、春人君か。おはよう、今日出勤だったっけ?」


「おはようございます。人足りないって、店長から昨日連絡来て」

 驚きを見せたのは同じ時期からバイトを始めた新垣あらがき亜理紗さん、二十二歳。

「学生なのに大変だねぇ。ほら、お姉さんがよしよししてあげるからこっち来な」

「い、いいですよ。それより亜理紗さんの方こそ元気無さそうですけど」

 軽いノリで手招きをしてくる亜理紗さんを制して、気になっていたことを聞く。

「な、なかなか鋭いじゃん、春人君。そうそう、お姉さんは今とってもしんどいのよ」

 亜理紗さんは大きく溜息を吐きながら困ったように笑う。

 その悩みは十中八九配信に関することだろう。

「それより春人君は最近楽しいこととかないの? そろそろ彼女とか出来た~?」

 そしてはぐらかすかのように亜理紗さんは話題を変えてくる。

「出来ないですよ、彼女なんて。最近は……家でVTuber見てるのが楽しいです」

「いいじゃん!! 私も好きだよVTuber。推しとかいるでしょ、楽しいよね推し活」

 そう聞いてくるのも分かっていたのでここは少しだけ踏み込んでみることにした。

「その、最近デビューした個人勢の『加々宮エリン』っていう子なんですけど……」

「うぇひ!? へ、へぇー、企業勢じゃなくて個人勢とはまた珍しいね……」

 知り合いの少年が自分の推しならこういう反応にもなるだろう。

「その、私はよく知らないんだけど……その子のどういうところが好きなの?」

(畳みかけるように素直に聞いてきた!! 本当に欲に忠実な人なんだな、この人……)

「メイドのキャラなんですけど、丁寧で一生懸命なところが推せるんですよね」

「ふ、ふーん。そんなにいいんだ……。こ、今度私も見てみようかな~」

 こちらも素直な感想を伝えると露骨に嬉しそうになる。

 やばい、どっちも推せる。むしろこっちの方が推してるまである。

「でも……もう少し色々な側面も見てみたいとも思うんですよね。メイドとしてのエリンちゃんも勿論いいんですけど、そうじゃない時はどんな感じなんだろうって」

「え、でもさ……。それって、所謂中の人の部分が少し出てきちゃうような……」

「今のVってそこまで完璧じゃないですよ。そこのギャップが好きって人もいますし」

 亜理紗さん自身の素が面白いということは俺は良く知っている。

 だから何かしらが起きて素が出せる状況にならないものかと考えるが。

 俺の足りない頭では何にも思いつかない。というか俺が考えても仕方がないだろう。

 一方亜理紗さんの方は、柔らかな笑顔をこちらに向けてきた。

「そっかそっか。うん、ありがとう春人君。色々教えてくれてちょっと元気出たよ」

「少しでも力になれたなら良かったです。そろそろ行きましょうか」

「そうだね~。私は後少し、春人君はちょっと長いけど頑張って働こう!!」

「ちょ、頭撫でられるのは流石に恥ずかしいですよ亜理紗さん!!」

 嬉しそうに俺の頭を雑に撫でて、亜理紗さんはさっさと先に行ってしまう。

「……素を出してみる、か。本当の私は加々宮エリンとは程遠いんだよ、春人君」

 裏から出ていく直前に亜理紗さんがボソッと呟いた言葉。それを俺は聞き逃さない。

 変に悩みを与えてしまったか、と俺は自分の発言を反省していた。



「――加々宮エリンと申します。本日も一人前のメイド目指して精進して参りたいと思います。……うーん、やっぱり丁寧丁寧に行き過ぎて硬いかな? 語尾とか付ける?」

 配信前にマイクをオフにしたまま声出しの練習中。そして自分のキャラも見失い中。

「例えばぴょんとか? お帰りなさいませでございますぴょん!! ……馬鹿メイドか!? というか語尾特徴的なメイドってふざけてるよね、舐め過ぎ。奉仕とは丁寧から始まる」

 そもそも悩んでいる箇所が間違っている。もうダメだ。

「今日は……新規のリスナーも大事にしていきたいから『加々宮エリンの裏話』って感じで、加々宮エリンっていうキャラのルーツを主に話していく雑談配信にしようかな」


 そして配信の最後にスパチャが解禁されたことを発表する。

 最初に発表すると卑しいと思われてしまうからね、世知辛いね。

「今日の配信が勝負……!! ここで私がスパチャで生きられるかが決まる……!!」

 一時期は企業に応募することも考えた。だが、それでは

 勿論有名への足掛かりが少ないというのは個人の欠点だが、それでも夢は大きく見る。

「そういう人間なの、私は!! そういう卑しい部分を隠してでもVとして成功を!!」

 借金返済という手段にVを選んだのは、何も労働するのが嫌とかそれだけではない。

 夢、希望、その他諸々。それらをこの手で掴みたくて。

「何よりも私は!! この決意だけは曲げないから!!」

 誰も聞いていないこの状況だからこそ大きな声で自分に言い聞かせるように宣言する。

 かつてはリスナーとして楽しんでいた、そんな危うくもロマンのある界隈に。

「よし!! 今日も頑張って『加々宮エリン』としてやっていくよ!!」

 彼のアドバイスは的確だったが、きっと私には合わないだろう。

 何よりも自分で考え抜いたキャラをやっぱり捨てたくない。

 新垣亜理紗改め、加々宮エリンとして。今日も今日とてVの世界に乗り出していく。

 まだ配信活動が出来ていることを幸せに思いながら、マイクの電源をオンにした。


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