第85話 お~怖い怖い。聖剣士さま~
暮れなずむオードール。
大通りに並ぶ出店も店じまいを始めている。
代わりにランタンに明かりが灯るのは、夜の界隈だ。
日中は観光客相手の商品が軒を連ねているのだが、日が暮れると今度はオードールの住人が疲れを癒しに夜の街に出てくる。
ランタンに浮かび上がる極彩色の石畳も特徴的だ。
赤と緑、
黄色と紫、
青と橙、
対比色の石畳も、土壁のレンガも、どうしてオードールの住人は耐えられるのだろうか?
日中でも目に毒な色彩だったけれど、ランタンに浮かび上がるそれらは、まるで魔女が窯で茹でる薬草の汁のように、これじゃあ観光客の幾人は吐き気がするだろう。
そんなことお構いなしに、夜のオードールは賑わう。
聖剣士リヴァイアとシルヴィ、そして同僚の第7騎士団長――フラヤ・マイラ・フレデリールの3人は、大通りにある今日予定だった『マイティーナ・レインズの宿屋』にチェックイン。
と簡単に書いてしまっては、ちと問題があるかもしれない……。
宿屋にチェックインさせるのも一苦労だったフラヤ、チェックインしてからも天然肌の女騎士を……納得させるのにリヴァイアは一苦労したのだった。
どういうことかというと――
*
「だから、フラヤは少し黙れ!」
宿屋の一階の宿泊者の共同スペース、休憩所の椅子に腰かけている3人――
その3人のうち、リヴァイアが赤面しながら立ち上がって大声を叫んだ。
「……すまぬ」
しかし、すぐに周囲を見渡すリヴァイア。
頭に血が上った刹那、……他にもこの宿屋に宿泊する客が休憩所に座っていることを思い出したのだった。
このマイティーナ・レインズの宿屋は、大通りに面していることからも結構名の知れた宿屋である。
客室も多い。
だから、宿泊客も当然のこと多かった。
休憩所には、多くの客が座って談笑を軽食を食べていたのを止めて、皆が一斉に大声を上げたリヴァイアに視線を集中させている。
「……」
ことの事態に気がついたリヴァイア、大人げなかったと反省する。
しょんぼりと自分の椅子に腰かけて、
「……だから、我のことを聖剣士……と大声で、しかも大通りで叫んでどうする?」
小声で向かいに座るフラヤに冷たい視線を浴びせた。
「そっか? ……ああ、そう言ってたな」
もぐもぐと……軽食のドラゴンフルーツにフォークを刺し、ナイフで一口サイズに切り刻みながらフラヤが思い出す。
「たしか大渓谷の大橋の前くらい……だったっけ」
美味しそうにドラゴンフルーツを頬張りながら、フラヤが頷いた。
ちなみに、このドラゴンフルーツは南国の果実ではない……。
正真正銘、本物の小型ドラゴンの卵を茹でて、それにフルーツを添えたサロニアム大陸の各地で食べられているポピュラーな食材である。
「言ってたことは、覚えているんだな? フラヤ」
どうも、この者と一緒にいるとペースが乱される。
リヴァイアは第7騎士団長のフラヤとは馬が合わなかった。
この能天気なお気楽な行動が、気に入らないのだ……。
「まあ、そんなに怖い顔をするな、リヴァイアよ……。まあ、なん……だなぁ……んまあ」
「いいから、食べ終えてから話をしろって。フラヤ、女騎士だろう」
もぐもぐと口の中にドラゴンフルーツを頬張りながら喋ってくるフラヤに、リヴァイアが自分の手元にあるフキンを取り、フラヤの唇についている汁を拭った。
「ん? ああ……ありがとうリヴァイア」
リヴァイアに口に付いた汁を拭き取られ、フラヤはその口を緩ませて微笑む。
「……たく、フラヤはお気楽な性格で羨ましいぞ」
その彼女の笑顔を見ていると、憎めない。
リヴァイアもフォークを手に取ると、ドラゴンフルーツを口の中に入れた。
「どうだ? あたしがチョイスしたドラゴンフルーツは……美味しいだろ? んだろ」
「……ああ、そうだな」
もぐもぐとリヴァイアも舌鼓みしてから、思わずほほを緩ませる。
「南国のドラゴンフルーツだぞ! サロニアムのは港町アルテクロスの輸入品が主だけれど、あの味ははっきり言って」
「チープ……だと? フラヤ」
「ああ、そうだ。んでもって、こちら南国のドラゴンフルーツは……どうだリヴァイア?」
もう一口、リヴァイアはフォークで刺し、口元に持ってきて、しばらくもぐもぐと……味を高める。
「……そうだな、高級食材のドラゴンフルーツだぞ」
「だ……だろう!」
同僚リヴァイアにもお墨付きをもらえたことに、フラヤは満足する。
「これ高いんだから! リヴァイア」
「……サロニアム軍からありがたく頂戴した給金で払うことになるけど、感謝だぞ」
サロニアム王の命により、オードールに遠征しているリヴァイア達だ。
当然のこと、その旅費も宿泊費も食費もサロニアムの軍から支給されることになる。
その支給されるものの中には、
調略費用――
まるでスパイ活動や情報収集といった外交機密費のようなことにも、使うことが許されている軍費だった。
*
「それにしても、どうしてサロニアム王はフラヤを我に同行させたのだろうな。よりにもよって、まったく危なっかしい女騎士を」
ドラゴンフルーツを完食して、フキンで口元を奇麗にするリヴァイアが思わず本音を呟いた。
「あははっ……。リヴァイア、そうわざとボヤくでないって」
自分のことを危なっかしいと言っている目の前の同僚リヴァイアに、フラヤは動じない。
「わざと……言いたい気分だぞ。ったくな」
「それ、もしかしてサロニアム王にか? リヴァイアが片手間も忘れずに傍使いとして見守ってきた、あの次期王子への愚痴なのか?」
「違うぞ。フラヤ……お前にだ」
「ああ、違う。嘘だ。次期王子――サロニアム王への愚痴だな。はい、決定!」
「……言うな」
宿屋の窓の向こう、ランタンに光る極彩色の土壁に視線を逃がしたリヴァイアだ――
「フレデリール殿、サロニアム王への言葉を謹んでください」
二人の間に着席しているシルヴィが、フラヤを見る。
対して、リヴァイアはそっぽを向いたまま窓の外を見続けた。
「いいじゃないか? シルヴィ! 固いこと言うなって」
フラヤがシルヴィに身体を寄せる。
「ここはオードールだしさ! サロニアムは遥か大渓谷を越えたところにあるんだから、聞こえやしないって」
「き……聞こえやしないって、もしかしたら何かの魔法力で私達のことを監視しているかもしれないのですから」
「監視? サロニアムが……聖剣士を使いに送った先のオードールを? リヴァイアはサロニアムをオメガオーディンから救った英雄の聖剣士なんだぞ!」
フラヤがシルヴィの顎を触る。
「や……フレデリール殿。やめてください」
「あ! ああ……もしかして、あたしがシルヴィを誘っているかと、もしかして勘違いなされている?」
「やめんか、フラヤ!」
後ろでイチャイチャとされたもんだから、たまらずリヴァイアが振り向く。
「お前は天然以上に痴女か? もう少しは騎士団長としてのプライドを持て!」
呆れて、シルヴィの顎に当てていたフラヤの手を払った。
「お~怖い怖い。聖剣士さま~」
「だから、我を揶揄うなって」
だめだこりゃ……。
大きく溜息をつくと、リヴァイアはまた窓の外に身体を向けた。
「……そりゃ、リヴァイア。あたしがこの旅に同行したのは、あたしがゾゴルフレア生まれだからだし、サロニアム大陸の南国の土地勘もあるし、オードールにもよく訪れたし……」
「それは、我にもわかっている」
リヴァイアは、窓に映るフラヤの顔を覗き見て呟いた。
「んもう! わかってるんなら聞かないでよね」
自分が意地悪され揶揄われたことに、フラヤはおかんむり……。
「わかってる? んなら……」
リヴァイアは、クルリと振り向き対面に座るフラヤの顔を真剣に見た。
「……な、なんだ?」
「わかっているんなら、お前もサロニアムの軍令をわかっているのか?」
「そうですよ、軍令に従わなければ我々はです。フレデリール殿」
シルヴィも真顔に真剣な表情を、隣に座るフラヤに向けた。
続く
この物語はフィクションです。
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