衣を愛する恋人よ【一話読み切り】

紫泉 翠

君は何処へ

 俺は今まで服装なんて、どうでもいい事の一つだと感じていた。しかしながら、とある少女に会ってその考えが変わった。その少女ー紘巻 衣愛ひろまき いあは今どこにいるのか、分からない。ある日突然、俺の前から姿を消してしまったからである。今俺は、とあるアパレルメーカーに勤めながら彼女を探している。


 彼女と初めて会ったのはいつだっただろうか。

 憶えているうちで一番古いのは、俺が小学校に入る少し前だったと思う。

 今から約17年ほど前の話である。

 その時はまだ、わんぱく盛りでいつも泥んこになって母親を怒らせていた。

 服を大事にする、なんていう概念は頭の中に存在すらしていなかった。

 まぁ、まだ子供なので大目に見ていただきたいが…。


 そんなわんぱくモノであった俺の運命が動いたのは、その年の春休みだったと思う。その日は近くに在った母方の祖父母の家に親戚一同が介して食事をする予定であった。今も行っている毎年恒例のうちの春の催し物である。

 しかし、そのことをすっかり忘れていた俺は昼間っから夕方出発するほんの数分前まで幼馴染の高貴こうきーコウちゃんと裕也ゆうやーユウ、と一緒にいつも通りヒーローごっこをしてドロッドロッになってそのまま祖父母宅に行き、祖父の逆鱗に触れてふてくされた俺は近くの公園に泣きながら飛び出していった。


 そこで彼女と出会ったのだ。

 まぁ、簡単に言ったら俺の単なる一目惚れだった。しかし、一目惚れあるあるのトキメキみたいなものは存在していない。ただ単に彼女と話して気が楽になったというだけである。特段凄いことはない。しかし、それが俺の心を、ものすごく突き動かしたのである。なので、俺は彼女を今でも探しているのだ。


「うぅ…。何で、何で、コウちゃんとユウと遊んでいただけで怒られないといけないんだよ俺には訳分かんねぇ!」という感じで、俺は全く服の大切さなんて言うものをこれっぽっちも理解していなかった。


「ねぇ…、君泣いてるけど大丈夫?」横から凛としたような、だけどどこか懐かしいようなそんな声が聞こえてきた。


『家族の人がだれか心配して見に来たのだろうか』と少し頭の中で考えたが、こんな声の持ち主は、家族の中にはいないはずだった。

 恐る恐る隣のブランコを見ると、俺と同い年ほどの髪をポニーテイルにしていた少女が優しく微笑んでいた。

 その笑顔は、今思えば小学生ほどの子供がするような笑顔ではなかったように思えた。まるでここで、何年間も多くの人を見て過ごして来たかのようであった。


「.........君誰?」当時、俺が言えたのはそれだけだった。

「今は気にしないでいいよ。いつか分かるから。早く家に帰りなよ。」

「わかった。」そう言ってブランコから立ち上がり家の方向に歩き出そうとした。


 なぜ彼女の言葉に素直に答えたのだろうか。今もそれが気にかかっている。

 なぜか知らないが、従わねばならないと直感的にそう感じたのであった。


「うん、いい子だね。そうだ。もっといい子になるために、良いこと教えてあげようか?」

「うん、何?」

「暫く、本を読んでみたらどうかな?」

「本...?」

「そう、本をよんだら、皆に賢いって言われるよ。」

「ホント!?」

「勿論!お姉さんは嘘をつきませんよ。」なんかと笑っていた。


 その言葉に俺は嬉しくなって、そのまま、俺は勢いよく家に向かって走っていった。

 その時、母が毎日のように言っていたことを思い出した。


『お世話になった人には必ずお礼をしなさい。』


 そうだ、俺さっきのお姉さんにお礼をいって無い…。

 


 先ほどの少女の姿は跡形もなく消えていた。

 俺が座っていたブランコはいまだに揺れているのに、彼女が座っていた椅子は揺れておらず、

 少し寒気を覚え、急いで家に帰った。



 その後、彼女の言う通り読書をしてみた。今までは体を動かす方が断然好きであったが、もっと魅力的なことを目指してみたくなったからである。

 それは『誰からもうらやましがられる人になる』ということであった。それを追い求めて読書を趣味とした。結果として、俺は難関の国立大学の一員となることに成功した。その学校は誰もがうらやむ学校であった。その時初めてあの少女に会えたことに感謝した。


 そこで問題だったのは、あの一件以降彼女に会うことが無くなったということであった。はじめは近所の年上の少女であると考え、いつかまた会えると考えていた。

 しかし一向に会えずじまいで、もしかして俺はあの時泣きすぎで幻を見たのではないかとさえ思ったことも何度かあった。


 しかし、彼女の助言がなければ今ここに俺の居場所はなかったであろう。あれからもヒーローごっこなんかをしていれば、今ほどの知識はなくどこぞの下級の学校に通い、破滅的な生活に身を通していたであろうことは目に見えていた。なので、会えるのであれば会ってあの時の礼を言いたいと思っていた。

 そういう時に、運命というものは良く動くものだ。なぜかは知らない。しかし、それによって救われる人も多くいるのである。それがまさしく俺であった。


「おーい、悠仁はると!こっちこっちー。」と少し離れた場所から俺のことを呼んでいるのは高貴と裕也だ。二人も俺が遊びに参加しなくなってから、勉強に目覚め同じ大学に入ることができた。

 呼んでいたのは、ムードメーカである高貴。その隣に立っている眼鏡が似合う青年が裕也。

「よう、二人は確か経済学部だったよな?」

「うん。悠仁は.........えっと?」高貴は言いよどむ

「総合人間学部、だったよな。」裕也が助け舟を出す。

「そうだった。でもなんでそんなところなんだ?」

「えーっと、それは…。」

 時間的拘束が少なそうで、人を探すのに適していそうだから選んだなんて、言えるわけがないであろうが…。


「おー、華のお嬢様が来たぞ。」

「さすが。この国を代表する一大企業の娘さんよね。」

 なんて周りがうるさくなってきた。

 そんな声の的になっているのは、紘巻財閥の娘:紘巻 麗ひろまき うらら

 容姿端麗、文武両道、文句なしの一流人である。

 まぁ、彼女の家の力はすごいけどそこはあんまりここでは触れない予定で…


 はぁ?ちょっと待て。あの子ー麗さんの後ろに控えている子、昔会った子に似てないか?というか彼女そのものじゃないか⁉

「ということで、学校の説明は以上でいいかしら。衣愛いあ?」

「そうですね。大方分かりました。大切な時間をありがとうございます、姉さま。」


 うん?

 ちょい待て。あの子、衣愛ていう名前なのか?それで、麗を姉さまと呼んだぞ?

 どうなってるんだ、これ?ガチで姉妹だったりとか?


「んー、あの茶髪の子に一目ぼれ?優等生がらしくないねぇ。」

「五月蠅い…。」

「ヘイヘイヘーイ。でもなぁ…。どっかで見たことあるんだけど。そうだ!裕也知ってるだろ?」

「うん?...衣愛…かな?」

「やっぱ知ってた!親戚の子だよね?」

「おう、親父の妹の…。ってあれ?」

「どうかした?」

 暫く裕也は止まった。

「ううん、何でもない。この学校の生徒ではないけど、同い年だ。俺や麗の従妹。麗は親父の兄の子供。」

「ふーん?」なんかおかしい。最後の言葉は何となく言わされてる感があって…。なんか意識が別の所に行ってる気がする。


 一旦そのことは置いておこう。昔のお礼言わないと…。

「あっ!裕也だー。奇遇だね。会えると、思ってなかったのに!」

 件の少女ー衣愛が話しかけてきた。

「おう…。」

「そちらの方は?」

「イケメンはつらいよな…。俺は、高貴!宜しく。」

「僕は……」答えるべきなのか?なぜかそう感じた。

「悠仁君でしょ?」と衣愛が先に言ってしまった。

「そう、だけど……。」なんでわかった?裕也が言ってたのか?

「ねぇ、良かったら付き合ってくれませんか?」

 はぁい…。きらきら同士がくっつく日が来ました。

「高貴。良かったな。」

「きみに、だよ?」

「えっ?俺?」

「そう一目惚れ!駄目ですか?」

「あの、いや……えっと…。」その顔は反則です。泣き顔の女性に嫌だなんか言えるわけないでしょうが。

「いいですよ。俺でよければ…。」


 そこから大学の間、彼女と付き合うことになった。

 思わぬ形で再会し、おまけに付き合うことになってしまったが、彼女といるのは楽しくて好きだった。彼女は服をこよなく愛していた。

 デートはいつも服の買い出しで、俺はその荷物持ちであった。

 しかし、彼女には不思議な点がいくつかあった。

 彼女は実家に俺を一度もつれていかなかった。4年も付き合って一度もなかった。

 それに彼女は裕也と麗以外の家族の話はしなかった。というかしたくないようであった。

 それに、あの最初にあった日の事も話したがらなかったし、裕也や麗とも積極的に会おうとはしなかった。

「何で、いろんな事俺に話してくれないの?」いつかそんなことを聞いたことがある。

「うーん、女の人って秘密がある方が魅力的なんだよ?メイクも服も本当の自分を隠すためなんだからね。それをいろいろ使うことで様々な人になれるから私服が好きなんだ。」とノリノリで言っていた。

 確かに彼女に対する謎は、彼女をさらに際立たせる魅力となっていた。


 俺の中には何かつかみどころがない不安があった。

 それは、いつか俺の目の前から彼女が消えていなくなってしまうのではないかということであった。


 その不安は現実に起きてしまった。

 社会人となり、初めてのデートをしようと約束していた日、

 彼女は跡形もなく消えてしまったのだった。

 俺は驚き、いたるところを探した。

 彼女が行きそうなところを仕事の合間を縫って探し回った。

 そして、いつの間にか二年もたっていた。

 それでも彼女の居場所を知る手掛かりはなかった。


 そんなある日、偶然道端で裕也と再会した。

「ねぇ、衣愛がどこにいるのか知ってる?」喫茶店に場所を移して最初に言ったのはその言葉だった。

「衣愛?お前、あいつのこと知ってたか?」俺には裕也が何も知らないという雰囲気で話していることに戸惑いを感じた。

「知ってるも何も!一応俺、彼女と付き合ってたんですけど?」

「衣愛とお前が?冗談でも言うなよ。」

「ホントだ!あの子が告白したときお前もいただろうが!」

「いつ?」

「大学の初日だよ!麗先輩とも会ったけど!」そう言ったとき、裕也の顔色が変わった。

「一年の時か?だからか…。ずっとわからなかったけど、やっとわかった。」

「何がだ。」俺はなんでもいいから情報をつかみたくて躍起になっていた。

「そうかっかするな。。」


 はっ!?

 どういうことだ?衣愛はもういない?意味わかんねぇぞ…。

「というか、大学に入った時でも生きてないんだけどね。」

「どういうことだ?」

「衣愛はもうとっくの昔に死んでるの。」

 裕也曰く彼女はもともと病弱で家から出ることが少なかったという。

 それは、彼女の継母が彼女を毛嫌いしたからであった。

 彼女の家は再婚で父方に子供を譲っていた。

 つまり彼女は家に監禁されていたということになる。


 しかし年に一度だけ例外があった。

 それは、会社が行っているパーティーの日だ。

 毎年その日は接待に忙しく、彼女にかまっている人の数が減り、脱走の機会が増えたのだった。

 そして、俺が彼女に会った日はそのパーティーの日だったようだ。

 しかし彼女は公園で発見されたのではなく道中の川で溺死として発見された。

 俺が見たのは、彼女の魂だったようだ。


 そのことを知った後、誰にも言わなかった。というか言えなかった。

 彼女への恋心は誰にも言えない俺の秘密だ。





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