第27話

 ある日唐突に琴音の同級生として現れた転校生、伊海の自信満々な問いに対し、何の話か分からずに訊き返した村井。伊海の反応は嘲笑だった。


「名演ですね。何年も二人を騙し通してきたことはありますよ」

「……騙すって何? お兄さん、何の話か分かる?」

「分からん。何だこいつ?」


 あまりに自信あり気に話して来るので琴音も少し疑念を抱いたようだが、村井の方に心当たりはない。村井が訝しんでいると彼は更に主張を続けた。


「はっ! もうネタは上がってるんですよ! 琴音ちゃん、この人と初めて出会った時、不自然じゃなかった? まるで狙いすましたかのようなタイミングで……」

「……気絶してたから分かんない。御伽林さんが無理矢理起こしてきたけど、その時のお兄さんは……まぁ、正直……三億円払うの嫌だなぁって顔としか……」


 「後、名前で呼ばないで」と付け足した琴音。村井は事件の時、思っていたよりも顔に出ていたらしいと今更ながら知ったが、後の祭りだ。今からでも少しくらい機嫌を取った方がいいかな? とも考えたが、止めておいた。しかし、伊海は何故か声高に琴音の発言を否定する。


「嘘だね! 琴音ちゃんの両親が殺された直後に駆け付けて誘拐される直前で……」

「……お兄さんが来たのは攫われた二日後だし、来た理由は諸角って人がお兄さんに依頼を出したからって言ってたけど」


 過去に諸角という人物が村井の知人であり、自分たちの味方であると言ってこちらの油断を誘って来た際に言っていたことを琴音は覚えていた。花音と一緒にいて発言は本当だが下心しかないことで戦いになったことは相手が強かったこともあり、簡単に忘れられることでもなかった。


 だが、その話を琴音が説明するよりも前に伊海は頭を抱えて考え込み始める。


「何で諸角が頼むんだ? あいつはこの事件の後に金払って手続きさせる時になって初めて自分で行けばよかったって後悔するはずじゃ……そもそも、その時に数千万の借金をするはずじゃないのか? それを三億円って……何だ? 誰に払ってるんだ? 二人揃って学校に来てるからオリジナルじゃないのは間違いない。【カイ】の世界のはずなんだが……」

「……何か色々と裏事情知ってそうだな。ちょっと吐いてもらうぞ」


 伊海から繰り出される謎の単語の羅列に村井は食いついた。どれも引っ掛かる単語ばかりだったのだ。そんな村井に対し、伊海は睨むような視線を返す。


「それはこっちのセリフだよ。あんた、誰だ? 【昏き幽王の眠る町】の話を知ってこの世界に来たんじゃないのか?」

「……前にナイ神父にも似たようなことを言われたな。お前、ナイ神父と繋がってるのか?」


 村井の問いかけを伊海は鼻で笑って否定する。


「誰があんな性悪と。ニャルラトホテプと繋がれるのはTRPGのルーニーか、ラノベ主人公ぐらいなものでしょ。現実にいると思ってんすか? それよりナイ神父からも同じことを聞かれたって……あんた、本当に広井ひろい 月人ないとか?」


 しれっとナイ神父の正体を明かす辺り、何も知らない部外者ということではないのだろう。だが、何やら勘違いをしているらしい。村井は険しい顔をして答える。


「俺は村井だ。井しか合ってない」

「……ならあんたホントに誰なんだよ。一色姉妹と何の関係があるんだ?」

「こっちからも質問だ。お前は何の知識を基に喋っているんだ?」

「先に質問したのは俺の方だ。俺の質問に答えろよ」


 かなり本格的に苛ついた村井。琴音の言う通り、尋問にすればよかったかなと少し考えたが、息を吐いて気を落ち着かせるとまずは相手の要望に応えることにする。


「カルト教団をぶちのめして身柄を引き取った後見人だ。俺は答えたぞ? 今度は俺の番だ。お前は何を知ってるんだ?」

「……言うのは構わない。ただ、琴音ちゃんは席を外した方がいいと思うよ」

「もう一回名前で呼んだら蹴るよ?」

「どーぞ。琴音ちゃんみたいにかわいい子に蹴られるなら本もっ」


 続く言葉を伊海は発せられなかった。琴音が異能こそ使っていないが、割と本気で伊海の脛にトゥキックを入れたのだ。


「名前で呼ばないで」

「な……琴音ちゃんがこんな酷いことするなんて、あんた一体どんな育て方……」


 冷たく突き放す琴音に伊海は驚愕しつつも村井を睨んで文句をつけた。だが村井はどこ吹く風だ。


「基本的に放任主義で自由に成長してもらった。俺は特に育ててはないな」

「ううん。お兄さんのお蔭で私は大きくなれたんだよ。ありがとう」

「何かいい話風に言ってるが、今の状況だと暴力は俺に教えて貰ったみたいな感じになるからな?」

「……えへ?」


 あざとい表情で誤魔化す琴音。しかし、村井には見せないようにしているが、割と本気で機嫌が悪いようだ。伊海を見る目は笑っていなかった。


「で、話を戻すが……お前は何を知ってるんだ?」

「……いいよ。琴音がそういう態度を取るなら俺にも考えがある。優しくしていればつけ上がりやがって……小説の中のキャラクターの癖に」

「何言っているんだ? シミュレーテッド・リアリティの本でも読んだのか?」


 伊海の悪態に対し、村井の返しは早かった。だがしかし、あまりに早い返しは逆に不自然さを伴うことになる。伊海はそれにつけ込んできた。


「その慌て様、やっぱり知ってるじゃないですか。認めたらどうです? 自分は琴音と花音にちやほやされるためにこの世界に来たって」

「俺は食屍鬼の儀式で無理矢理にこの世界に連れて来られたんだがな……ファミレスで話すことではないから割愛するが」

「え、お兄さん別世界の人なの?」

「かなり記憶の欠落が見られるが一応、平行世界の未来人だった。多分、そろそろ俺が来た時代に追いつくけどな」


 琴音の言葉に答えながらも自分のことはどうでもいいと村井は言って伊海に問う。


「それより、その口ぶりだとお前は琴音と花音のことを知ってこの世界に来た異世界人ってことでいいのか?」

「……そうですね。もっと言うなら、本来のあんたが来るはずだった世界よりも更に高次元の世界。【昏き幽王の眠る町】を読んだ主人公の広井月人がニャルラトホテプと契約して原作をハッピーエンドに導く【昏き幽王の眠る町-カイ-】の小説が書籍化されてコミカライズまで行った世界から来た……あんたより高次元の存在だよ」

「……高次元の存在、ねぇ? そうは見えんが」

「もしかしたらあんたは更に別の世界から来てるから同次元かもしれないが、少なくとも琴音がいる小説の世界よりは高次元だろ?」


 伊海は琴音を見下しながらそう告げる。琴音は自分の存在が創作物のキャラクターであると強い口調で断定されて不安そうに村井の袖を引いた。村井はそれに気付いて彼女を見ると軽く笑って安心させると伊海に告げる。


「……本物の高位の存在から聞いた話になるが、仮に小説の世界と思っていても実際は観測された遠い世界、本当に存在する異世界である可能性は大いにあるらしい。

 特に、琴音や花音はその高位の存在に認められた存在だ。その存在はれっきとしたもの。作られたモノなんかじゃない、本物だ。お前が異世界の人間だろうが何だろうが、見下すのはおかしい」

「なんすかその本物の高位の存在って」


 伊海の言動を否定する村井だが、伊海は村井の言葉そのものよりもその中の一部が気になったようだ。話をはぐらかしている様子もなく尋ねてきた伊海に村井は何でも知っているかのような素振りを見せながら重大なことを知らないと分かって少し勝ち誇るように笑いながら答えた。


「会えばわかる。格が違うってな」

「そんなキャラいたっけな……? 昏き幽王か、ニャルラトホテプか? いや、でも昏き幽王はまだ復活してないし、ニャルラトホテプの方は本編中にはナイ神父の状態でしか出て来ないはず……」


 独り言を呟きながら少し考え込む伊海。思考の海に潜ろうとし始めた伊海を村井は先に呼び止めた。


「まぁ、お前が知っているか知らないのかは知らんが、琴音を不安にさせたのは事実だ。謝ってもらおうか」

「ん? あぁ……琴音ちゃん、ちょっと苛ついて言葉が悪くなった。ごめんね?」

「……何でまだ名前で呼ぶの? 私、嫌って言ってるんだけど」

「え? でも本じゃ……」


(こいつ何もわかってないな……)


 口先だけで謝っており、何もわかっていないことがありありと伝わって来る伊海の態度に村井は溜息を吐いた。

 その後も自分の何が悪いのかを理解しないままに自分の信じる物の言う通りに言葉を投げつけて来る伊海。その言葉と態度に琴音の不満が溜まる中、村井は情報を引き出すことに努めるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る