第24話

 冬休みが明け、成人の日も終わった一月のなんでもない冬の朝。


「行ってきます」

「気をつけてな」


 一色姉妹は村井に見送られて登校する。二人が家の門を出たところで村井は家の扉を閉めて家の中に戻って行く。それを名残惜しそうに見てから花音はさっさと学校に行こうとしていた琴音と一緒に歩き始めた。


「はぁ……憂鬱。早く帰りたいなぁ」

「今出たばっかりでしょ」


 歩きながら溜息と共に吐き出された花音の嘆きに琴音は苦笑した。琴音からすれば学校や放課後に友達と遊ぶ時間は家で何もしない時間より楽しいのだが、花音にとっては違うらしい。琴音は姉として少し心配になって来た。


「花音、学校そんなに嫌なの?」

「んー? おにーさんを放っておくのが嫌。私の知らないところで勝手におにーさんは何か変なことをしそうだし」


 口を開けば「おにーさん」だ。お姉ちゃんである琴音は少し嫉妬してしまう。


「おにーさん、おにーさんって……花音は本当に村井さんのことが好きなんだねぇ? お姉ちゃんが嫉妬しちゃうよ?」

「えー? あ、ホントだ。ごめんね? お姉ちゃんは放っといてもちゃんと私のこと見ててくれると思ってちょっと雑になってたかも」


 花音の瞳に強めの異能が宿り、琴音の本心を見透かした。それをそのまま口にする辺り、気心の知れた仲だからこそ出来るやり取りだろう。

 琴音は花音が自分のことを本心から信頼してくれているという実感を強めに感じて満足気になる。ただ、花音の言い分に少し引っ掛かりを覚えた。


「お兄さんも花音のこと見ててくれてるじゃん」

「んー……まぁ、おにーさんも私を見てはいるけど……ちゃんと見てないよ。ちゃんと見ててあれなら私もちょっと考えるよ」

「えー? 何それ。どういうこと?」

「そのままだよ。おにーさん、表面上は私のことを見てるけど、実際は見てない……うーん、ちょっと違うかな。何か、信じてない? 私の言動が本心から来る行動とは思ってない? 何かそんな感じ」


 自分で言いながら修正し、落ち着く形に持って行って頷く花音。それを受けて琴音は首を傾げた。


「何で? 私が言うのもなんだけど、花音ってお兄さんのこと大好きじゃん」

「うん。でも、おにーさんはあんまり信じてない。多分、前の失敗を引き摺ってるんだろうね」


 以前の告白の際に村井から返って来た返事を思い出して花音は姉に答える。


「気になるからちょっと探ろうかとも思ったけど、異能を使って視ようとした時点で怒られた。私はすっごい気になるって言ったんだけど、触れて欲しくないって。これで嫌われたら本末転倒だからそれ以降やってないけど凄い気になるよね」

「お兄さんが嫌ならやめた方がいいと思うけど」


 村井が自分たちの好意を斜に構えて見ている理由が心底気になっているらしい花音に対し、琴音はやんわりと否定に入った。それを受けて花音は不満そうに続ける。


「ちゃんと止めてるよ。じっくり心を溶かしていく方向にしたから。もうなし崩し的に同居し続けて既成事実作ることにした」

「きっ、既成事実って……」

「事実婚。何か、同居した状態で、私のお金を共有し続けておくでしょ? その後に軽く結婚してるみたいなものだよね? 的な感じで同意してもらえば後は流れで」


 ちょっとおませなことを考えて顔を赤らめる琴音に対し、花音は淡々とした表情でおませというより何か怖いことを言った。我に返った琴音は微妙な顔になる。


「う、うーん……? 花音はそれでいいの?」

「うん。何かある?」

「……もっとさ、告白とか、付き合ったりとか、デートとか、プロポーズとか、色々あると思うけど」

「まぁ、あったらあったでいいけど。なくてもいいよ」


 恋に恋する乙女のようなことを言う琴音に対し、花音は冷めて擦れたお局のようなことを言う。それどころか琴音に冷や水を浴びせるかのように続けた。


「そもそもだよ? 告白は私、何回かしてるの見てるでしょ? で、付き合うとかもあるかもしれないけど、今の時点でそれ飛び越して同居してるし。デートだって別にいっつも買い物一緒だし……」

「でっ、でも! 関係が変われば絶対今よりドキドキするよ!」

「私、おにーさ……じゃなくて、恋人に求めるのは安らぎと安心感だから」

「むー! 何かダメだよ! 花音は可愛いんだからもっといい恋しないと!」

「ふふん。お姉ちゃんはまだ恋に恋してるだけだよ。私はもう愛を感じるところまで行ってるからね。今日だって……」


 勝ち誇った顔で宣う花音。続けて何かを言いかけた彼女だが、思い出したかのように止まった。流石にそこで止められると琴音も気になって問いかける。


「今日だって?」

「内緒。ただ、おにーさんはねぇ。表面上しか私たちのこと見てないけど、それでも大事にしてくれてるんだよねぇ。だから堕ちるところまで堕としたらどこまで愛してくれるか見たいなぁ……」


 自分の知らない妹の怖い笑みを見せられて琴音は少し固まった。その空気を祓うかのように花音は可愛らしい笑みを浮かべてみせる。


「なーんてね。私はおにーさんが私のこと大事にしてくれてるから大事にしたいって思ってるだけだよ」

「そ、そっか。なら、いいんだけど……」

「大丈夫。お姉ちゃんなら半分あげてもいいよ」

「あ、ありがとう?」


 朝の通学路にはあまり相応しくない会話をしながら移動していた二人。彼女たちは二人でその後も他愛のない話をしていたが、不意に妙な気配に気づく。


「花音……」

「何か見てきてるね。どうしよっか? ホームルームまで少し余裕はあるけど」


 問題発生に対し、警戒する琴音に対し、花音は少し前から気付いていたようで軽めの声で応じる。花音の言葉は言外に応戦する余裕はあるというものだ。しかし、琴音は難しい顔になる。


「んー……何か変な気配だけど、生きてる人のだよね? 流石に学校にまでは入って来ないんじゃないかな? 花音的にはどんな感じに見える?」

「……何かいやーな感じ。ただ、一応普通の人の常識はあると思うよ? どうする? 読んでみる?」


 花音は軽い調子で相手の心の表層を読むことを提案する。しかし、琴音は少し首を傾げたがすぐに横に振った。


「嫌な感じなんでしょ? じゃあ読まなくていいよ。嫌なもの見て花音が嫌な気分になるのは私が嫌だし」

「ん。分かった。じゃあ放っておくとして……」


 再び登校に意識を向ける花音だが、登校するという行為に対し、そもそも登校するから朝から嫌な気分にさせられると文句を言い出した。そんな彼女に琴音は苦笑して宥めながら学校に向かう。


「花音、皆見てるよ。ちゃんとして」

「はーい……あー、おにーさんが先生ならやる気出るのに。同級生なら尚可。隣の席だったら言うことなし」

「花音、メっ! 聞こえないようにでもそういうこといつも言ってたら無意識に口にしちゃうかもしれないでしょ。流されたら炎上しちゃうよ? 色んな人に迷惑かかるからダメだよ」


 姉にしか聞こえないように小さくぼやく花音を軽く叱る琴音。花音は琴音のことをきょとんとした顔で見ていたが、我に返ると再び琴音にだけ聞こえるように呟いた。


「……今のお姉ちゃん可愛かった。いつもの二割増しくらい。動画で流したらバズると思うよ」

「もー話逸らしちゃダメ」

「今のも可愛い。かわいい」


 朝からいちゃいちゃしながら登校する一色姉妹を見て目の保養やら心の栄養にする学生たち。二人はあまり周囲を気にしていないような態度で校舎に入って行ったが、誰も見ていないのを確認すると真面目な顔になった。


「……入って来たね」

「うん……多分、職員室に行ってる」


 二人の間で交わされるやり取りは既知の情報を織り込んだものだ。即ち、通学路で感知した妙な気配を持つ人物のこと。その人物が花音たちが遊んでいる間に横を通り抜けて学内に入ったのだ。


「大丈夫かな?」

「少し見た感じだと普通の男子だったけど……他の人からの視線とはなんか違う。何か、よく分からない確信を持って私たちのことを見てた」

「……怖いね」


 琴音の呟きに花音は頷いた。そして提案する。


「うん。今すぐ帰っておにーさん「それはダメ」……ケチ」

「花音はお兄さんと一緒にいたいだけでしょ。少しは自立しなさい」

「……まぁ、今すぐ帰るかどうかは置いといて、何かあったらすぐ帰っておにーさんに相談するよ?」

「それはまぁそうだけど……」


 異論はない。何もなければいいのだが、そう思いながら琴音は花音と別れて教室に向かうのだった。



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