第22話
都内某所にて、一人の少女が夢に向かって励んでいた。
彼女は物心ついた頃からアイドルに憧れていた。キラキラ輝いているステージの上で歌って踊ってステージに負けないくらい輝いていたアイドル達を見て彼女もいつかそんな世界に立ってみたいと思って努力を重ねた。
幸い彼女は人並み以上の容姿をしていた。歌だってカラオケで九十点以上の高得点を出すのは当たり前。少し体力はなかったが、夢に向かって諦めない根性だけは誰にも負けないつもりだった。
そんな諦めない努力が功を奏し、オーディションに受かって事務所に所属し二年が経過しようとしていた頃に彼女のユニットはメジャーデビューしようとしていた。
「七条さん、ちょっといいかしら?」
「はい!」
ユニットでの合同レッスンの後、トレーナーが夢見る少女に声をかけていた。最近は彼女たちがデビュー直前ということもあって少しぴりついていたトレーナーだが、今日は一際機嫌が悪そうだ。
しかし、少女は臆することなく元気に返事をする。元気と根性が彼女の取り柄だ。それをトレーナーの機嫌が悪いからと言って曲げるつもりはなかった。
「疲れてるところ悪いわね……ちょっと相談したいことがあるの。いいかしら?」
「なんでしょう?」
「……単刀直入に言うわ。あなたたちのために準備されていたデビュー戦、割り込みで別の子の舞台になりそうよ」
「え……?」
少女の声が動揺で揺れた。同時に、ユニットのメンバーにも緊張が走る。特に彼女のユニット最年長である有川は表情を強張らせていた。有川は既に下積み期間が四年に渡っている。同じく、クールを売りにしている佐伯という少女も表情には出さないように努めているが眉間にしわが寄っていた。彼女たちの動揺する姿を見て険しい顔をしながらトレーナーは続ける。
「こういうのは本来、私から言うべきではないのだけど……あなたたちの頑張りは私が一番よく知ってるから先に教えておきたくて。プロデューサーとマネージャーから後で連絡はあると思うから詳しくはそこで聞いて反論してちょうだい」
彼女たちのトレーナーも納得出来ていないのだろう。少女たちに事務所の人間への反論を考える時間を与えたのがその証拠だ。皆が少女たちの努力を認めてくれているという事実を強く実感した。
そんな時だった。
がやがやとした大勢の人たちが話す声が聞こえ始めたかと思うと、その声は四人のいる部屋に近付いてきているのが分かるほどに大きくなってきた。
「騒がしいわね。何かしら?」
トレーナーの機嫌が更に悪くなり、彼女がレッスン場の扉を開けて外の様子を確認しようとする……その前に扉が開いた。
「あ、はるかさん。すみませんこんな時間に」
「泉プロデューサー……これは? この子たちに話をしに来たにしては人が多過ぎるんじゃないかしら?」
「それが、その……新人の子がちょっと色々見学したいと言ってまして」
「……彼女が例の子?」
にこにこしながら冴えない男と歩いている少女が……
「ッッッ!」
少女? いや、違う。美少女だ。しかもとんでもない。美女、美少女には見慣れているはずのトレーナーが内心でそんな訂正を入れてしまうほどの美貌を持った少女がそこに居た。神々が寵愛するために創り出した愛玩人形と言われても信じてしまうであろう神秘的な魅力をその身に纏った少女は場を圧倒しながら冴えない男と共にこのレッスン場に入って来た。
「ここがレッスン場みたい。おにーさん、ちょっと踊ってみたい」
「でしたらどうぞ。はるかさん、ちょっとこちらのスペースお借りしますね?」
「……はい」
プロダクションの部長までこの場に同席してその美少女のために動いている。流石のベテラントレーナーも重役相手には強く言えない。少女はにこにこしながら新品のシューズに履き替えると鏡を背にして立った。
「おにーさん、リクエストは?」
「え、俺? あー飯田さん、何か見てみたいのあります?」
「いいのかい? じゃあ、やはり再生数800万を突破したあの曲かな!」
冴えない男は美少女からのトスを部長にパスした。それを聞いて女性マネージャーがいそいそと機材を繋いでかなり有名なバーチャルシンガーの曲が流れ始める。
同時に滑らかに動き始める美少女の姿。その姿に七条は心当たりがあった。
「これって……YourTuberのみうちゃん!?」
同じ歌って踊る存在として、気になっていたYourTuberが目の前にいる事に気付く七条だが、それよりも目の前の圧巻のパフォーマンスに言葉を失っていた。
(嘘、生歌であれだけ踊ってるのに声がブレてない……私たち、あれだけ練習しても出来てないのに……)
まさに出来が違うと言わんばかりのライブパフォーマンス。七条たちは見入ることしか出来ない。いや、七条たちだけではなかった。ぽっと出の乱入者を敵視していたトレーナーでさえ彼女の即席ライブに目を瞠ってしてしまう。
(全部どこかで見たような動きで独創性はそんなにない。けど、それを自分のモノにしている。これだけの完成度なのに、この子はまだ伸びると一目見て分かる……!)
時間にして数分の出来事。その間に我を取り戻して七条たちの方を見たトレーナーは彼女たちが敵対心を抱くどころか尊敬の眼差しを向けていることに気付いて苦い顔になっていた。しかし、周りの大人たちは件のYourTuberを褒め称えるだけだ。七条たちですら年齢相応の女子学生のようにはしゃいでいる。
(ダメだ……勝負を挑もうという気概さえ削がれている……)
トップアイドルを目指すと言って自分のしごきについて来た候補生たち。彼女たちではこのYourTuberの実力にはまだ及ばないかもしれない。しかし、このままの流れで行けば実力をつける前に確実にこのYourTuberの影に隠れて消えて行くだろう。
彼女たちの努力を知る者として、大舞台に一度も立つことなく量産型のアイドルとして使い捨てられるのは我慢ならない。トレーナーはもう一度七条たちを見る。彼女たちが目指していた夢はこんなところで折れるものではないはず。それを確かめようとする彼女に七条たちのプロデューサーである泉が声をかけて来た。
「はるかさん。こちらのみうちゃんのバックに3Cはどうですかね?」
「……正直、おすすめは出来ないわ。現時点でもレベルが違い過ぎる。後ろに出ても悪目立ちするだけでしょうね」
苦々しく、吐き捨てるようにトレーナーは泉にそう告げる。しかし、泉はそんな事は分かり切っていると言わんばかりに頷いてから言った。
「でしょうね。でも、バックに徹すればついて行かせることは出来ますよね?」
「あの子たちはトップ目指して頑張ってたのよ? ただのバックだけならまだしも、後輩のパフォーマンスの引き立て役としてなんて……見世物で終わらせる気?」
トレーナーの鋭い視線がプロデューサーに向けられる。だが、彼は一歩も引くことなく言い返した。
「アイドルなんて見られてなんぼでしょう? 今、売れるには話題性が必要なんですよ。みうちゃんとの共演はあの子たちの箔にもなる。あの子たちのためにも……」
「そんなの」
建前に過ぎない。トレーナーがそう言い切ることはなかった。その前に3C、七条たちのユニットから声が上がったのだ。
「私、出られるなら出たいです」
「有川さん……」
ユニット最年長、十八歳の有川がまず声を上げた。それを受けて何とも言えない顔になるトレーナー。だが、有川は強い意志の宿る目をして告げる。
「この子は売れる。間違いないです。この子がダメなら私たちが出る芽はない。ならみっともなくても、ただの引き立て役だとしても、このチャンスを逃したくない」
「そうですね……学ぶところは多そうです。私も、バックに入れるなら入れてもらいたいです」
「佐伯さんまで……」
3Cで残るのは七条だけだ。しかし、七条は既に件のYourTuberにサインを貰おうとしているくらいに惚れてしまっている。トレーナーは複雑な顔で頷いた。
「……私はただの雇われトレーナーです。プロデューサーやアイドル本人がやりたいことを叶えるのが仕事になります。だから、覚悟しておいてください。あれについていくのなら、これまで以上に厳しいレッスンをこなしてもらいます」
「はい!」
「りあむ、ちょっと真面目な話してるから戻って来なさい」
「え? あ、はい」
何となく締まらない形で3Cは再び努力を始める。それを見て泉は内心で安堵していた。
(よかった。これでバラエティやライブのMC枠が確保出来た。まぁドサ回りは旧3Cにやらせてみうちゃんには華々しい世界で活躍してもらわないとな……)
様々な思惑が蠢く中、当のみうこと花音は少しだけ思うところがあったが、これも自分と姉、そして村井のためだと割り切って目を逸らすことにするのだった。
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