第17話

 花音が動画を初投稿して十日ほど経過した日の昼のこと。


「んふふ」


 ご機嫌な様子の花音がソファで寛いでいる村井に自身のスマホを見せてきた。そこにはニマニマ動画の表示と、幾つかの動画のサムネイルが並んでいた。そのサムネの中には先週、花音が初めて大衆に見せるために歌って踊った姿が切り取られた画像もある。その花音の決めポーズ画像の隣にある数字を指差して花音は村井に言った。


「おにーさん、20万再生突破したよ」

「ホント凄いなお前……」

「えへへ」


 感嘆の声を漏らして花音に向き直った村井に対し、花音ははにかむように笑った。その姿は可愛らしいという言葉以外で表現するのが難しいくらいに可愛らしかった。

 そんな彼女だが、スマホの画面を消してポケットに収納すると村井に更に接近して前屈みになると目線を合わせて尋ねる。


「それで、20万再生突破のお祝いは……?」

「……ついこの前10万突破でお祝いしただろ」

「でも、20万だよ? 週間ランキングにも乗ったんだよ?」

「頭撫でてやるからそれで我慢しろ」


 村井は花音のおねだりに素っ気なくそう答えて彼女の頭を適当に撫で回す。その手の下で花音は明らかに不満ですという顔を作って抗議した。


「おにーさん、雑だよ。誤魔化すならもっとちゃんとして」


 ただ、口ではそう言いつつも口の端は笑みを隠しきれていない。将来が心配になるレベルのちょろさに村井は大丈夫かこいつと思ってしまった。そんな村井の感情推移を花音は見逃さない。


「おにーさん? ちょろいと思ったでしょ。誤魔化されてあげないよ?」

「わかったわかった。夕飯外食で手を打ってくれ。いつものオムライス専門店だ」

「仕方ないなぁ」


 互いに仕方ないなと言いながら許し合う。それで一応、今回の話については終わりのようで花音は村井のすぐ隣に座った。


「じゃあ次の動画なんだけど。どうしよう? 今のところニマニマ動画の方が再生数多いけど、私、パフォーマンスの上からコメントで色々書かれるの思ってたより嫌な気持ちになった」


 花音から切り出されたのはニマニマ動画に対する不満だった。村井にとってはそれはそういうものであるという認識だったので気にしていなかった。動画をそのサイトで世に出した以上色々揶揄されるのは仕方のないことだと思って放置していたのだ。

 だが、頑張って歌った花音からすれば無理矢理歌詞を空耳に合わせられたりするのは非常に嫌だったらしい。


(一応、コメントなしにも出来るは出来るが……花音が言いたいのはそういうことではないだろうしなぁ……)


 YourTubeでもコメント欄はあるが、ニマニマ動画のコメントほど動画の邪魔にはならない。村井は気にしていないその差異が花音にとっては重要なのだろう。


(まぁ、俺にはどうしようもない問題だな)


 村井はそうまとめると率直な意見を口にする。


「その機能が嫌ならもうYourTubeに移行しろとしか言えないな。コメント非表示にすればいいとかそう言う話じゃないんだろ?」

「うん。でもおにーさんはニマニマ動画の方ばっかり見てるから……」


(身近なサンプルが悪かったな……)


 いじらしい花音の言葉の意味を深く考えずに村井は単純に考える。そしてまた安直な意見を口にした。


「検索機能がね……ま、まぁそんなことはどうでもいいんだ。どうだっていい。人気ミュージシャンになるんだろ? 思ってたより通用したんだからさっさとYourTubeに専念した方がいい。活動の主軸がニマニマ動画だと思われると後で面倒だ」

「どうして?」


 村井が見ている方で有名になって村井にもっと見て欲しいと考えていた花音。それを否定するかのような村井の発言にどうしても花音から疑問が漏れる。そんな花音の疑問に村井は少し悩んで答えた。


「ニマニマ動画のユーザーは帰属意識が強い傾向にあるんだ。YourTubeへの踏み台にされたと感じるといい気はしないだろうからな」


 俺みたいに、とは言わずに一般論として語る村井。事実ではあると思っての発言のため、花音は特に何も気づかずに疑問をぶつける。


「ふーん……ならどうしておにーさんは最初にニマニマ動画に投稿するように言ったの? そんな理由があるなら先にYourTubeに投稿してた方がいい気がするけど」

「……前にも言った通り、YourTubeだと投稿して最初の方は発見し辛い。後は細々とした理由だから気にしなくていい」

「ふーん……」


(まぁ、全部後付けでそんなに深く考えてなくてニマニマ動画の方だと広告ポイントをたくさん持っていたから有利になりそうだと思って適当に推した……とは言い辛いなぁ)


 全く後ろめたいことはしていないが、何となく後ろめたさを感じてしまって村井は誤魔化してしまう。バーチャルシンガーに魂の一部を売り渡している村井はニマニマ動画で色々と活動して無駄に広告ポイントを持っていた。ただ、今回の村井はそれらの活動で得られる無料の広告ポイントに加えて初めて課金して大量の広告ポイントを手にし、そして初めてバーチャルシンガー以外に突っ込んでいた。


(花音が頑張ってやったのが宣伝が上手かったからとか言われると何か微妙な感じになるだろうし、何より重度のユーザーと思われるとちょっとアレだしな……)


 因みに花音には上記の理由に加えて、万が一にも村井のアカウントがバレる事態にならないように広告したことを言っていない。花音の動画投稿者としてのアカウントは村井が管理しているが、花音が見せてほしいと言ってきた場合を考えてのことだ。


(一応ポイント使って広告主名を変えているが、それでも本アカは隠し通す……!)


 そんな裏事情がある中で、村井は色々と考えたのだが花音としては何か微妙な反応しか視えなかったので面白くなかった。彼女的には村井が花音の動画を自分の好きなサイトで見たいとかそんな理由の方が嬉しかったのだ。


「おにーさんは乙女心分かってないね」

「何だ急に……」


 色んな駆け引きの結果、花音は村井を批判して溜息を吐いた。村井はそんな花音の批判については思うところがあるようで否定もせずに躱しておく。


「そんなことより次の動画だろ? YourTubeに投稿するとして、内容はどうするんだ? 個人的には俺が歌えない可愛いのがいいんだが」

「おにーさんがそう言うなら仕方ないなぁ……」

「いいのか? じゃあこれ」

「これ? いいよ。でも、次は格好いいの歌うからね?」


 村井のリクエストに花音はにこにこしながら応じる。カバーする歌は前回と同じくバーチャルシンガーの歌で普段の村井はバーチャルシンガーの方を聞くのだろうが、花音は村井にリクエストしてもらえるだけで嬉しかった。何せ、花音が説得する前の村井は言葉にこそ出さなかったが、検索の邪魔になるという理由でちょっと嫌そうな感じに思っていたのだ。一瞬でもそう思ったのを花音は見逃さなかった。その前評判をひっくり返せたことがまずは何より嬉しかった。


(でも、まだまだ。おにーさんには私たちの方が大事になってもらわないと)


 しかし、花音はそこで止まらない。村井には自分たちの魅力に溺れてもらう。自分たちを外に出したくないと村井が考えるようにしたいと花音は思っている。


 村井が花音たちを引き取って既に十か月以上が過ぎていた。その間に自分でも自覚しているくらいに花音は村井に依存し始めている。それは経済的な面だけではなく、精神的な面でもそうだった。だからこそ、花音は村井にも自分に溺れてほしかった。


(おにーさん。前に比べれば私たちのことちゃんと見てくれてるけど、まだまだそれだけじゃ足りないよ? もっともっと私たちのこと好きにしてみせるからね……?)


 どこか視線に熱を込めて花音は村井のことをそっと見る。彼は花音に歌ってもらう予定のバーチャルシンガーの歌の動画を見ていた。


(今はまだ、そっちが本命でいいよ。でも、すぐに追い抜くから……)


 静かな嫉妬の炎を燃やしながら花音はライバルの歌を聞いて自分の歌にはどう使うかを考え始めるのだった。



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